第74話 そいつを食べるなんてとんでもない!

「……そんな。まだ恋もしていないのに」


 アイアさんがよよよ、と海から上がって来たノラ軍団の口上に怯える女子を装っていた。

 砂浜に崩れ落ち、すっかり拉致される己の運命を悟って我が身を嘆いている美女のフリ。

 全く、お笑いだよね。


 アイアさんにとって、ノラタコ、ノラクラゲなんてものの数じゃないのに。


 最強の海のノラ「ノライカ」だったら流石にそんな余裕持てないけど。


 ノライカは、マーラの奇跡を最高レベルで行使し、知能は高く、その身体は巨大。

 体長は20メートルを超え、海で遭遇したら男性は死を、女性は苗床を覚悟しなければならない。

 その姿は、書物で読んだ限りでは、超巨大なアンモナイト。

 そんな感じらしい。


 身体がデカイせいで、海から上がってこれないので、海に入らなければ襲われないのが救いだけど。

 海上で遭遇してしまったら、その後の人生は諦めなければならない。

 そんな恐ろしい魔物なんだ。


 それと比べて、ノラタコ、ノラクラゲ……。

 余裕だよねぇ。


 魔法を使えず、腕っぷしと岩を吐くくらいしか能力が無いノラタコじゃ、アイアさんは止められない。


 しかもあの岩って、確か尿道結石みたいなもんらしい。

 連発できるもんじゃないんだよね。


 ノラのやつら、いやらしい目を私たちに向けているけど。

 その望みは、叶わないよ! 残念だったね!


「全ての女の子の敵! ノラ系モンスター! 少しは恥を知りなさい!」


 私も乗っておく。

 でないと、アイアさんの狙い通りに動かないからね。


 ああやって、無力な女の子を装って、ノラたちを無警戒に接近させる。

 その狙いを。


 私もそれに乗っかって、まるで「もう運命は変えられないけど、心までは折れてない」と主張する女を装った。


 私は私で、すでに「操鉄の術」の呪文を唱えて、魔法を発動させていた。


 ヒヒイロカネは磁石に反応しないけど、私の杖は内部に鉄の鎖を仕込んでるから。

 そこに反応させて、術で引き寄せが可能。


 しばらく奴ら、獲物を前にして舌なめずりでもしてたのかな?


 連中だけで何だか盛り上がって、数秒後。


 一斉に、襲い掛かって来た。

 ホ●ミホ●ミ言いながら。


 はいはい。来た来た。


 同時に魔法の効果で、私の手の中に砂浜に埋めておいた杖を引き寄せる。


 ゴバッ、と砂浜から金属製の杖が飛び出し、それが私の手に握られる。


 迫ってくるノラクラゲたちを前にして、私は杖を構え。


「爪先ッ!」


 私に伸ばされた触手の先端を杖で打ち据えた。

 それが決まると同時に。


「顎ッ!」


 その結果を見ないで、別のノラクラゲの顔の顎部分を一撃。


「脇―ッ!」


 間を置かずに、更に別のノラクラゲの触手の付け根を打ち据え。


 ピキィ! ピキキッ! ガチッ!


 3体のノラクラゲが凍り付いて、氷像に成り果てた。

 瞬く間に3体の仲間を倒されたことに気づき、ノラクラゲたちの間に動揺が広がる。


 何々? これから自分たちの性の宴が始まるんじゃ無かったの?


 そんなことを思ってるのかな?


 残念だったね!


「何なんだお前らタコー!?」


 ノラタコのやつも、目論見が外れて動揺が隠せないみたい。

 このノラ軍団のボスなのに。


 あ、アイアさんもノラクラゲを倒しまくってる。

 愛用の巨大戦斧「ビクティ二世」を振り回して、次々とノラクラゲを屠ってる。

 斬撃に巻き込まれると、即死必至。

 一瞬で粉々。

 その水ようかんみたいな身体を爆発させて、触手の欠片をビーチの肥やしにしてる。


 ノラクラゲたち、アイアさんのあのダイナマイトボディに欲望をぶつけようと思ってたみたいだけど。

 その代償が命だなんて。


 高い代償だったね!


 あなたたち、牝のティラノサウルスを手籠めにしようとしてたんだよ?

 無謀もいいところだったねー?


 泡喰って逃げ惑ってるみたいだけどさ。

 アイアさん、足はやーい。


 ビーチの上を駆けまわって、片っ端から倒してる。

 ハイレグ水着姿で、でっかい戦斧を引っ提げて、ノラクラゲを追いまくり。


 走る姿も綺麗!

 靡く長い髪や、躍動する脚に見惚れる!

 戦ってるアイアさんはとても素敵!


 あっという間にアイアさんの周りのノラクラゲが全滅し、残ったノラタコにアイアさんは目標を定めたようだった。


 ダダダダッと、砂浜を駆け抜け、向かってく。


 これは会話で気を引いて、サポートしなきゃね。


「ビーチに新婚旅行に来た人妻よ!」


 どうもこの世界には新婚旅行という概念が無いみたいだし。

 いきなりこういうことを言えば、相手に「なんだそりゃ?」って思考が生まれて、気が散るはず。


 無論、こんな会話の罠を仕掛けている間も、私は手を止めない。

 大体ノラクラゲは、戦闘能力ほとんど無いし。


 せいぜい、女の子にまとわりついて行動不能にし、いやらしいことをしまくるくらいしか出来ない連中。


 私の場合は触れただけで相手を凍らせることが出来るから、こいつらに私をどうこうするのは土台無理。

 まあ、油断はしちゃいけないけど、そういうことに思考を割いてアイアさんの手助けをすることに、躊躇いは無かった。


「お前人妻なのかタコー!?」


 あら、そっちに食いついた?

 でも、まぁいいか。


 結果は一緒だし。


 私はノラタコに答えてあげた。


「私は、だけどね!」


 あ、アイアさんジャンプした。

 すごい。3~4メートルは跳んでる。

 ビクティ二世を振り上げて、真っ向唐竹割の体勢。

 弓なりに反ってるアイアさんの身体のラインが見事の一言。


 これはもう、決まるね。


 ここに来て、やっとノラタコがアイアさんの姿が見えないことに気づいたみたいだけど、もう遅い。

 アイアさんの姿は、もうノラタコが回避不能な位置にまで来てた。


 苦し紛れに、ボンッ、ってノラタコのやつ、アイアさんに岩を吐いたみたいだけど。


 それごと、振り下ろしたビクティ二世の大上段で真っ二つ。


 ッダン!


 って感じで、分厚い刃がノラタコの頭のテッペンから、地面までを斬り下ろして。


 数瞬後に、ノラタコの身体が、左右に倒れて開きになった。




「終わったね! すごい!」


 タタタタ、と。

 センナさんが駆け寄ってくる。


「センナさんの方に行く前に終わって良かった」


「アイアさんが頑張ってくれたからですよ」


 本当に、ガンダさんの手を煩わせないで済んで良かった。

 それだけは本当に心配してたんだよね。


 護衛の対象を増やしてしまって、申し訳ないって思ってたし。

 私の我儘で。


「見事だったよ。クミさん。凛々しかった」


 サトルさんもやってきてくれて、そんなことを言ってくれる。

 嬉しい。


「アイアよ。立派になったものだ」


「恐れ入ります。叔父様」


 隣でガンダさんがアイアさんを褒めていた。

 やっぱり姪っ子が一人前になってる姿を見るのは嬉しいのかな?


 なんだか微笑ましい。


「さて……」


 そんな感じで、労いや賞賛が一通り済んだときだった。


「……このノラタコの死骸、どうする?」


 アイアさんがそんなことを言い出した。

 目の前の、頭から真っ二つになったノラタコの死骸を見つめながら。


「私、たこ焼き大好きです! 何人分のたこ焼き作れますかね?」


 真っ先に手を上げたのはセンナさん。


 ちょっと待った。


 ……まさか、こいつを食べるの?


「私は刺身が好きなんだけど」


 醤油と山葵は手に入るかな? とアイアさん。


 ちょっと、ちょっと!


「ちょっと待った!」


 慌てて私は乱入した。

 冗談じゃ無いから。


 だって……


「まさか、こいつを食べる気ですか!?」


「だってタコだよ? 美味しいのに勿体ないよ」


「殺した生き物はなるべくいただくのが人としての在り方じゃないかな?」


 2人はしれっと口々にそう言った。

 事の重大性が分かってない!


 2人の頭の中は、山盛りのたこ焼きと、タコの刺身のことでいっぱいなのが表情で分かってしまう。


 目を覚まして!


 だから私は言ったんだ。

 強い口調で。


「そんなもの食べて、妊娠したらどうするんですか!?」


「!?」


 この私の一言。

 迷いなく言った。


 2人は驚愕する。


「ノラタコを食べたって文献読んだこと無いんですよね、私! なので、食べた場合にどうなるかの情報が私の中に無いんです!」


 ノラ系モンスターは、人間の女の子を妊娠させることに情熱を燃やすモンスター。

 そんなものの死骸を食べたら、どうなるか分かったものでは無いと思う。


 もしかしたら、自分を食べた女の子を、最後の力で妊娠させることだって……!


 あるかもしれないよ!?


 元の世界だったらありえないけど、ここは異世界だから!


 私にその可能性を指摘されたアイアさんとセンナさん、真っ青になって震え上がっている。


 ダメ押しだ。


 私は2人のお腹に


「そのお腹に! そのお腹に!」


 ビシッ! ビシッ! と指を突きつけつつ


「タコの赤ちゃんが入ったらどうするつもりですか!?」


 最悪の未来予想を語る。

 ノラタコを食べた数時間後に悪阻に襲われ、1か月後に大きなおなかを抱えてわんわん泣いてる2人の姿を。


 2人とも、タコの赤ちゃんを妊娠した自分を想像したのか、抱き合って真っ青になっていた。

 アイアさんの豊かなおっぱいに、センナさんの顔が埋まっているけど、センナさんはそんなことを意識する余裕もないほど怖がっている。


「じゃ、じゃあ……」


「ええ」


 センナさんの言葉に、私は頷いて、言った。


「焼却処分です」


 男性にも食べさせられない。

 ひょっとしたら、男性の精子が呪われて、以後その男性から生まれる子供が全部タコになるとか。

 ありえるかもしれないし。


 だって異世界だから!


 そっちの方がよりやばい。

 私は想像した。


 サトルさんとの間に、愛の結晶を授かって、生まれてくる日を楽しみにしてたら。

 出産の日、生みの苦しみに耐えてやっと生み出したと思ったら、それはタコ。


 ひ、ひいいいいいい!!


 しかも、その次も、そのまた次の妊娠も、全部タコとか。

 絶望を通り越して、地獄絵図!


 そんなの絶対嫌!


 焼くしか無いよ!


 そうして。


 私たちは、ムッシュムラ村の人にお願いして、薪を貰い。


 ノラタコとノラクラゲの死骸を集めて、焼却処分した。

 焼くときになんだか香ばしい良い匂いがしたけど、これはきっと罠だ。


 引っかかってはいけないよ!


 私は厳しい表情を浮かべながら、焼けていくノラ系モンスターの死骸を見つめていた……。

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