8章 メシアの瞳

第69話 サドガ島にて

★★★(ゴミヤ)



 サドガ島の朝は早い。


「オラッ! とっとと起きるのよこの豚ッ!」


 朝は、俺専属の看守になった、元仲間の金髪女とツインテール女……ブタメスとクサレマに、自分の靴下を食わされるところからはじまる。

 この2人は、シャバでは仲間だったのに、こっちに来てから早々に島の社会不適合者たちに媚を売り、あっち側に転向した。


 元仲間たちは、革で出来た黒下着みたいな服を身に着け、俺を汚い寝床から叩き起こして、靴下を食わせながら鞭を振るう。

 俺の背中は鞭の痕でいっぱいだ。


 畜生。女は得だなぁ。

 どうせ、島の社会不適合者たちにも女を使って擦り寄ったんだろう。


 と、俺が靴下を食いながらもごもごしていると。


「靴下の味はどう!?」


 ビシィッ!


 口いっぱいに自分の靴下を詰め込む俺の背中に、金髪ショート女……ブタメスの鞭が飛ぶ。


「むぐう!」


 俺は靴下を食ったまま悲鳴を上げた。

 毎朝の事なのに、少しも慣れることが無い。

 身体が勝手に悲鳴をあげてしまう。


 悔しかった。


「ここは生活の不安も無いし、ストレス解消用の玩具もあるし、最高よね。もっとはやくにこうなるべきだったのかも」


 うっとりと、俺に鞭を振るいながらツインテール女……クサレマが言った。

 こいつはもうすっかり、ここの生活に馴染んでいるようだ。


 畜生。畜生。


 女は得だよなぁ。


 こういうときに、身体を売るって選択肢あるし。


 俺も女に生まれたかったよ!




 地獄の靴下アワーが終わると、本格的な朝飯の時間があるのだが。

 朝飯は、サドガ島の囚人一同が食堂に集められ、一列に並ばされてこう唱和することが決まりだ。


「私たちみたいなもんにー」


「私たちみたいなもんにー」


「朝ごはんを食べさせていただいてー」


「いただいてー」


「ゴール王国の一般市民の皆さん、ありがとうございますー」


「ございますー」


 言わされるたび、俺は屈辱で泣きそうになったが、言っていないところが見つかると、朝食を取り上げられる。

 だから、毎朝言っていた。


 そんな俺を、クスクス笑いながら見守るクサレマとブタメス。

 畜生! 畜生!


 朝食のメニューは「芋1個」「メザシ1匹」「菜っ葉しか具が無い薄いみそ汁」

 いつもこれ。


 でも、こんなでも食べないと生きていけないから。

 そのためだけに、俺は今日も唱和する。


「ありがとうございますー」




 屈辱の朝食が終わると、労働の時間だ。


 今日は日が暮れるまで穴を掘る。


 そして明日は今日掘った穴を埋めるのだ。


 ……全く意味のない仕事。


「まともな仕事をしたければ、真面目にこの仕事おしっ!」


 ブタメスが俺がぶつくさ文句を言ってるのを目ざとく見つけ、俺に鞭をくれてくる。


「ギャー!」


「お前はそれくらいしか仕事ができないからここに居るの!」


「文句を言える立場じゃないの! 分かった!?」


 俺に鞭をくれながら、ブタメスとクサレマが嗤いながら言って来た。

 畜生!




 午前中の仕事が終わると、昼飯抜きで運動の時間。

 鬼ごっこだ。


 黒づくめの全身タイツの鬼に捕まると、鬼の身体に書かれている刑罰が実行される。


 蹴られたり。棒で殴られたり。金玉を打たれて悶絶したり。


 労働で疲れているのにキツ過ぎる。


 半泣きで逃げ回る俺を、笑いながらブタメスとクサレマが見ている。

 畜生!




 運動が終わった後、また仕事に戻って穴を掘る。

 どうせ明日埋めるだけの穴を。


 でも、文句を言うとまた鞭でシバかれるので黙って俺は掘っている。

 悔しい。


 シャベルを持つ手が、震える。




 日が暮れると、夕食。


 メニューは朝と同じく、芋と、メザシと、菜っ葉。

 当然だが全然足りない。


 ここに来てからだいぶ体重が落ちた。

 このままでは死んでしまう。


 ……周りを見る。


 朝は同じだったけど。

 夕食は違うんだ。


 何がって?


 差別が、あるんだな。


 他には、麦飯を貰ってる奴も居る。

 肉の欠片を貰ってる奴も居る。


 俺だけだ。


 俺だけが、芋メザシ菜っ葉の絶望コンボ。(イメナコンボ定食)


 原因は「仕事に対する取り組み方」と言われてるけど、そんなわけはない。


 絶対、ブタメスとクサレマの嫌がらせだ!


 俺に原因があるわけがない!


 畜生! 畜生! 畜生! 



 ――ああ、もう死んでやがらぁ。菜っ葉ばかり食ってやがったからなぁ。



 そんなことを言われて、死体を打ち捨てられるのが俺の未来なのか?


 何で、俺がこんな目に?


 オータムや、ムジードに並ぶ冒険者になって、贅沢に暮らすはずが……。

 故郷の奴らに……「度胸も根気も無いくせに、文句が多く、いざとなればすぐ暴力に訴えるクズ」と言った奴らに……見せつけてやるはずが……。


「よぉ」


 そんなときだ。

 俺の隣の席に、俺と同じ囚人服の男……クズオさんがやってきた。


 クズオさん。


 30才過ぎの男で、伸ばしっぱなしの髪と、髭が特徴的。

 彼も元冒険者で、7年前からここに居るらしい。


「クズオさん!」


 俺の顔は明るくなった。

 クズオさんだけは、俺の苦しみを分かってくれる。


 俺の唯一の味方なんだ!


 さっき、イメナコンボ定食は俺だけだと言ったけど。


 正確に言うと、違う。


 クズオさんもそうだから。


 でも、だからこそ、クズオさんは信頼できる人なんだ。


 俺と同じ苦しみを味わった人だから。


 クズオさんはパーティを追放されてここに居るらしい。

 ある日、パーティリーダーに言われたそうだ。


「赤毛の神官戦士ムジードを引き抜いてこい」


 魔法が使える冒険者というのは、それだけで価値があるのに。

 ムジードがすごいのは、それが神の奇跡の使い手だということ。


 皆、彼と組みたがった。


 でも彼は、腐れ縁の学者冒険者とのコンビを何より大切にしてて。

 学者冒険者も、別に今のままでいいからと、他と組もうとしない。


 好待遇を約束しても、梨の礫。

 どうしようもなかった。


 そこでクズオさんは一計を案じた。


 その学者冒険者を、事故に見せかけて殺害したのだ。

 彼は本を何より大事にしていて、冒険の報酬で本を買い漁っていたんだが。


 家に忍び込み、寝てるところに本棚が倒れてきて頭を直撃して死亡、という風に装った。


 でも、それがバレちゃって。


 パーティリーダーは「俺は知らん! あいつが勝手にやったことだ! あんなやつ追放だ!」って言うし。


 クズオさんは必死に弁解して、パーティリーダーに命令されたのかもしれない、という立場を認めてもらって、なんとか死罪だけは逃れた。


 でも、破滅したのだ。

 サドガ島に終生遠島になってしまったから。


 それもこれも、ムジードが引き抜きに応じてくれず、断ったから。

 俺には彼の苦しみが分かった。


 多分、世の中には2種類の人間が居て。

 ひとつは、生まれつき運が良いやつ。

 貴族だとか、王族だとか、オータムだとか、ムジードだとか。

 俺を破滅させた、あの眼鏡女だとか。


 半面、俺たちのような持たざる者は、底辺で喘ぐしかない。

 不公平だ!


 クズオさんも、ムジードがダダをこねなければここに来ることも無かった!

 俺だって、あの眼鏡女が生まれ持っただけの無駄に性能がいい頭に、俺たちのささやかな幸せを破壊された!


 理不尽だ!


 俺の胸に湧く、怒りの衝動の種。

 しかし、この場で解放するわけにもいかないから、抑え込む。


 そんな俺に。


「今日も大変そうだな」


 俺のメニューを見て、クズオさんはそう言って来た。


「ええ。まぁ、これで耐えるしか無いですからね」


 へへ、と笑いながら、ちらり、とクズオさんのメニューを確認した。

 どうせクズオさんもイメナコンボ定食だろうな、と思いながら。


 すると。


 俺は驚愕した。


 陶器の器に盛られた、肉の欠片、白飯、根菜たっぷりの味噌汁。


 ニシココンボ定食!?


 ここサドガ島で、最高級の夕食じゃ無いか!?


「肉、白飯、根菜……ニシコ、ニシココンボ定食……!」


「どうだ? すげえだろ?」


 クズオさんはドヤ顔だった。


「……そんな……どうして?」


 俺がそう、裏切られた、という悲しみを込めて言うと。

 クズオさんは、それを笑い飛ばす様に。


「安心しろ。これにはからくりがある」


 そう言って来た。

 俺はお前を裏切っていない、という風に。


 クズオさん……?


 クズオさんは身を乗り出して、俺に顔を近づけて来た。


 そして、言ったんだ。


「……一緒に島を出ないか?」

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