第66話 私が考える理想世界

「それが、何で混沌神官の手下になることに繋がるのよ?」


 ……我ながら、自分の動揺を隠すため、何とか言い返したい。

 そんな感情から出ただけの、苦し紛れの一言だったように感じた。


 だって、話が飛んでるな。

 そう感じたから。言ってしまってからだけど。


 でも。


「……それだけ理不尽な目に遭って、悪として処断されたのに、何で「混沌神官という悪人の手下になってるの?」と。そう言いたいのかな?」


 向こうの私はそんな私の言葉をせせら笑わずに、真面目に繋がるように補足してきた。

 彼女としても、語りたかったんだろうね。


 自分の事を。


「答えはカンタン。前の世界での私の行いを償いたいから、かな?」


「……はぁ?」


 これは本気だった。

 本気で、理解できなかった。


 嫌みでも何でもない。


 本気で、理解できないと思い、そう言ってしまった。


 だけど。


 それを彼女は予想してたのかな。

 私のそんな反応に、怒りを膨らませたりしなかった。


 こう、続けたんだ。


「……もし日本が、フリーダの支配する国だったら、私たちの血縁上の祖父は殺処分されてるわ。おばあちゃんを騙して犯す前にね」


 彼女は、なんだか陶酔してるような目をした。

 それが自分の理想だ。

 そう、目で言っていた。


「そもそも、前の世界の「全ての人間に人権がある」って考え方がおかしいのよ」


 声には夢見るようで……それでいて怒りに震える。

 そんなものがあった。


「だから……ああいう「悪党と分かってるのに、法の網から逃れてるから処断できない」クズが蔓延るのよ」


 だから……彼女はさらに続けた。


「人権は、一握りのフリーダが認めた人間だけが持てばいい。それ以外の出来損ないは、フリーダの認めた人間の言うことに逆らうな。黙って言うことを聞けばいいの」


 彼女は、どうみても、本気で言ってた。

 これが、彼女の本心なんだろう。


「もし、日本がフリーダによって管理された国だったら、血縁上の祖父のようなゴミクズは、見つけ次第駆除されて、消えてるのよ。そうすれば……」


 おばあちゃんはちゃんとした男性と結ばれて、パパは両親揃ってる普通の男性になってた。

 そうなっていれば、ママとの結婚で悩むことも無く、ママがおじいちゃんおばあちゃんと念のため縁を切ることも無かった。


 ……私にも、おじいちゃんおばあちゃんが居たはずだったのよ!


 ……最後の方は怨嗟のように聞こえた。

 自分の不幸の全ての元凶は、その「血縁上の祖父」

 そいつさえ生まれていなければ、もしくは、成長途中で死んでいれば自分たちは不幸にならずに済んだ。


 そう、信じてるようだった。


「……それがどうして、前の世界での罪を償うことに繋がるの?」


 彼女の主張。

 それが、どうして前の世界での大量殺人を償うことに繋がるのか……?

 それが分からなかった。


 だから、私は訊いたんだ。

 純粋にそう思ったから。


 別に激しい嫌悪感を覚えたからとか、黙らせてやろうとか。

 そういう意図は無かったんだ。


 そしたら。


「……分からないの?」


 私を見て彼女は、笑みすら浮かべてこう続けたんだ。


 私が狂って30人以上殺してしまったそもそもの原因は、おばあちゃんがクズに犯されたから。

 クズさえいなければ、私も狂うことが無かったからあんなこと起きてない。


 やってしまった以上、2度と同じことが起きないようにする責任がある。

 でなきゃ、あの人たちは殺され損よ。


 ……前の世界に戻ることは出来ない。

 だったら、こちらの世界でそういう世界を作るしかない!


 フリーダが作ろうとしてるのはまさにそういう世界!

 フリーダが認めた一握りの人間が全てを監督する、法なんてものを排除した世界!

 フリーダが認めた人間が「要らない」と思った人間は即刻排除される理想の国!


 フリーダは私を認めてくれた!

 フリーダの手助けをすれば、私が作りたい世界が実現するのよ!


 ……狂ってる。

 大真面目にそんなことを主張する目の前の彼女を見て、私はただ、そう思った。


 前の世界の自分の記憶のあるなしで、私はこうも変わってしまうの……!?


 フリーダの意思が法……?

 フリーダが気に入らない人間は即座に殺される……?


 そんなの……そんなの……!


「そんなの……人治国家じゃない! それも、紀元前よりも前、いつの時代の人治国家よ!?」


 ゴール王国はまだ貴族が政治を動かしてる社会だから、近代国家とはいえないと思うけど、それでも曲がりなりにも法律があって、国の構成員が一応全てそれに従っている。

 彼女の言う理想の世界って、そんな法律すらをも完全に撤廃した世界。


 フリーダが認めた人間が法律で、その人間は何をしても許される。


 そんな世界が理想の世界であるはずが……


「人治国家の何が悪いの?」


 だけど。

 彼女はそれを真顔で、小首を傾げながらそう言って来た。


 信じられなかった。私がこんなことを言うなんて……


「人治国家なら、柔軟に処断できるから、より効率よくクズを殺処分できるのよ。良いことじゃない?」


「……そのためだったら、フリーダの目を気にして、怯えて暮らすしかないような社会が理想だっていうの……?」


「そうよ」


「そんな馬鹿な!?」


「馬鹿じゃ無いわよ。それに……」


 前の世界でも、私たちの家族を破滅に追いやった奴らの行いって、合法だったのかしらね?

 違うはずよね?


 事実と違う出鱈目を吐き散らして、他人の生活を破壊するのは立派に違法よ。


 でも、止まらなかった……


 だから、パパとママは死んだのよ。


 どうせ、いざとなれば法律を無視した、人治状態に流れるんだったらさあ……


 最初から人治国家であった方が、むしろ筋が通ってると思わないかなぁ?


 そこまで言い切った彼女は、にやあ、と笑った。

 狂信者の笑みだった。


「……あなた、狂ってる! 狂ってるよ!」


「反論できないからって、人を狂人呼ばわりとはご挨拶ね、私……ああ、クミって呼んだ方が良いかな? どうも、私の考えを理解できないみたいだし」


 そんなの、私とは呼べないかもしれないって思えて来た。

 だからあなたのことはクミって呼ぶね。


 ……で、私はトミって名乗ってる。今はね。


 もう二度と、私の事を私って呼ばないでね。虫唾が走るから。裏切り者のオバカさん。

 ……勝手に新しい家族とよろしくやってれば? 恥知らずにも前の世界の事をすっかり忘れ去って、ね?


 一方的な決別宣言。

 彼女は……トミはそう吐き捨てるようにそう言って。

 身を翻し、背中を向けて。


 突如。


 衣服を含めた全身の色を、真っ赤に染めて、溶けるように崩れた。


 それを、絶句して私は見守る。


 溶けた後には、真っ赤な色の蛇が居て……


「じゃあね。ああ……別にあなたが気に入らないからって、あなたの家族には手を出さないから。……それは、私の正義に反するし」


 鎌首をあげて、振り返ってそう言い残し、チロチロと舌を出しながら、スルスルと草むらに消えていく。


 ……変身した。人から、蛇に。

 いや、これは直感だけど……


 今まで話していた彼女……トミは本物じゃ無かったんだ。

 おそらく、分身……


 これが、彼女の異能の力なんだ……


 彼女が消えた草むらを見つめて。

 私は、途方に暮れていた……。




 後日、蕎麦屋のカムラにて。


「メシア様、この人から悪しき呪いを取り除いてください」


 ……センナさんが、祈る形で両手を胸の前で組み、目を閉じて秩序の神メシアに対して祈る形の呪文を唱える。

 センナさん、丸坊主土下座をした影響で、よりメシア様に愛されるようになったらしく。

 なんと『解呪の奇跡』を使用可能になってた。


 ……すごいレベルアップ。1日の使用回数も大幅上昇したみたいだし。

 神官の資格取得するときに、本格的な魔力操作の修行をつけてもらうことで。

 もう、いっぱしの神官様だね。


 センナさんの祈る姿の目の前に、荒縄でぐるぐる巻きに拘束されて、猿轡を噛まされた、メイド服姿の白髪赤目の美人さん……セイリアさん。

 最初は暴れてたんだけど……センナさんの祈りが終わると、みるみる大人しくなっていった。


「……これで呪いは解けたと思います。手ごたえありましたし。……もう、いいですよ」


「セイリア姉さん!」


 祈るポーズを解きながら言うセンナさん。

 それを聞き、弾かれたように飛び出し、セイリアさんの拘束を解いていくのはセイレスさん。


 あの後、呪いの件をオータムさんの屋敷に戻って、セイリアさんを引き渡すと同時に報告したら。


「私、『解呪の奇跡』は使えないわよ。弱ったわね……」


 そう、言われて。

 最後の希望として「神官としての位階があがったよ~」ってこの間再会したときに言ってたセンナさんに聞いたんだ。

 センナさん『解呪の奇跡』使える? って。


 そしたら「使えるよ」って返答が返ってきて。

 助かった、って正直思ったよ。


 で、お願いした。

 わざわざ、急遽お店の開店時間を遅らせてもらって。

 お客の居ない店内で、セイリアさんの呪いを解除してもらったんだ。


「……セイレス?」


 拘束を解かれたセイリアさんは、今までエゴのままに暴れ回っていたことが嘘のように大人しくなってた。

 ポカンとしてた。

 そんなセイリアさんを抱きしめながら、セイレスさんは


「セイリア姉さん! 今はそれで構わないから! 私だって似たようなものだったし! だから、一緒に暮らして、少しずつ取り戻していきましょう! オータム様も「もうひとりくらいメイドを雇うのはわけないわ」って仰ってくれましたし!」


 幸せな結末。

 セイレスさん、すごく嬉しそう。


 あんなセイレスさんを見たのははじめてかもしれない。


 良かった。


 良かったとは思う。


 ……けど。


 私の心には、あの日からずっと引っかかるものがあった。




 その日の晩だ。


 私は、寝る前に、夫婦の寝室でサトルさんに言ったんだ。

 夫婦の布団に入る前に。


「……サトルさん、よく聞いてください。いきなりですけど」


「……え?」


 さあ寝ようか、という段階になってこの言葉。

 かなりリラックスしてたと思う。

 でも。

 サトルさん、私の声音に何か感じたのか、スッと聞く態勢に入ってくれた。


 正直、心苦しい。

 いや、それどころじゃない。


 でも、言わなきゃ駄目だと思う。

 サトルさんに言わないで、偽るのはどうしても……


 畳の前に夫婦で顔を突き合わせて正座しながら。

 私は、意を決した。


 絶対に言わなきゃならないことを言う事を。


「離婚して欲しいです」


 ……言った瞬間、私は泣きたい気持ちになった。

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