第28話 雨降って地固まる、だけど……

★★★(クミ)



「な、な、な……何してんの!」


 私は思わず叫んでいた。

 床に土下座姿勢で蹲る、つるっぱげセンナさんのその姿に。

 スキンヘッドセンナさんはその毛のない頭をこちらに向けたまま


 周囲に髪は落ちてない。

 多分、私たちが夫婦の愛を確かめている間に、センナさんは奥に引っ込んで、髪を切り、剃刀を入れて来たんだろう。

 

 なんてことを……!


「私はあなたを信じ切ることが出来なかった。これは、そのケジメなの。気にしなくていいよ!」


 ……センナさん、秩序の神・メシア様に愛された人だったよね。

 そういや聖典には書いてあったっけ。


『ただ土下座をする。これはただの暴力になりうる可能性がある』


『何故なら、何も支払う必要が無いからだ。目にも見えず形も無い、己の自尊心以外は』


『本当にすまないと思っている。これは土下座するしかない。そう思うのならば、なんらかのプラスアルファが必要なのだ』


 聖典の何ページだったか忘れたけど、メシア様が罪人を諭すシーン。


 彼は酷い裏切りを繰り返し、そのたびに土下座してきたけど、あるとき、誰も耳を貸さなくなった。

 そんな彼が、どうすればいいでしょう、と神に問う。


 ……そして神の言葉を受けた彼は、焼けた鉄板を用意し、そこで土下座することでようやく人々の許しを得る……。


 そこでそんなことを書いていた気が。


 ……向こうの世界でも、やたら借金する人や、他人との約束を守らない人に限って、簡単に土下座して、許すことを強要するパターン、多かったけど。


 センナさん、真面目過ぎる……


「大丈夫! 大丈夫だから!」


 私はセンナさんに駆け寄って、顔を上げさせた。

 その涙に濡れた顔を見つつ、私は微笑み、言った。


「私、何も怒って無いし!」


「だってしょうがないよ! そんなそっくりな別人が現れたら、私だって騙されるに決まってるし!」


「だからセンナさんは悪くない! 悪くないから!」


 全部本心で、本当のこと。


 センナさんはどこから見ても私にしか見えなくて、そいつ本人も「私」と認める正体不明の誰かに遭遇した。

 だったら、そいつは私本人だと考えるのが自然で、見分けがつかないほど似てる別の誰かだと考える方がおかしい。


 ……それは誰なんだろう、という思い。焦燥感?それとも危機感?

 そんなあまり歓迎したくない感情が顔を出してくる。


 私は自分の異能が実は2つあることを知っている。

 今、自覚している「冷却する力」の異能とは別に、もうひとつ。

 それが何かは分からないんだけど。


 ……それと無関係じゃない。


 何故か、それをほぼ確信していた。

 そのそっくりの誰か、おそらくそこに関係している、と。

 どう関係しているのかは全く分からなかったけど。


「……でも、あなたに与えた苦しみを考えたら……」


 センナさんが辛そうに下唇を噛み、なおも辛そうにする。

 その真面目さに、私も胸を締め付けられる思いだ。


「気にしなくていいってば!」


 だから、笑顔で言ったんだ。


「怪我の功名だよ! センナさんの誤解のおかげで、私、旦那さんの信頼を実感できたよ!」


 彼を手で示しながら。

 突然示されて、彼はちょっと動揺して……いや、テレていた。


「あの人がどれくらい私を信じてくれているのか理解できて、私のした選択が間違いじゃないことが実感できた!」


「私、前よりずっと旦那さんを好きになれて、より完璧な夫婦に近づけた気がするよ!」


「これ、全部センナさんのおかげなんだよ!?」


 分かってもらうために、強い調子で捲くし立てた。

 全く嘘は言ってない。まぎれも無い本心だ。


 疑われたときは辛かったけど、今は幸せそのものなんだから。


「……許して……くれるの?」


「もちろん!」


 センナさんの言葉に、私は即答した。



★★★(クミ?)(時間は少し遡る……)



 激怒しながら、おかっぱの女の子が去っていく。

 その後ろ姿を見ながら、私はちょっとやり過ぎたと思ったけど、もう遅いな。


 あの子、完全に誤解してたよね。

 いきなり非難されてイラっと来たから、ついやっちゃった。


 ……何かトラブルが起きるかもしれないけど、頑張ってね。


 きっとその絆がホンモノだったら、やり過ごせると思うし。

 ガンバレ。私にそっくりな別の人。


 ……そのとき、私は頭の隅に何か引っかかるものを感じたけど、それが何なのか言葉にできなかった。

 そのときは。


「……どうした? らしくないじゃないか」


 目の前の赤い髪の彼が、テーブルに肘をつき、両手の指を組んで、その上に顎を乗せながら。

 私を見つめて、そう言ってくる。


 Sっけ入った王子様、って感じ。


 目の前の彼、整った顔なんだよね。

 顔は。


 ……多分、普通の女の子はうっとりするんだろうな、と思うけど。

 私は慣れたものだし、色々あるから、そんなことは思わない。


「だって面倒くさくなったんだもの」


 私が嫌そうに言うと


「でもキミはそういうとき、歪みを取り去りたがる人だったはずだけど?」


 彼は悪戯っぽくフフッと笑いながらそう返した。


「……買いかぶり過ぎだよ。フリーダ」


 彼の名はフリーダ。

 こっちの世界に来たときに、最初に出会ったひとだ。

 ずっと、お世話になってる。


 とても、頼れる人。


「……まぁ、好きにしたらいいさ。心に浮かんだことを全て実行に移す。それがヒトの正しい在り方なんだから」


 ニコッ、と微笑む。

 多分、キラースマイル。


 普通の女の子だったらオチるだろう。

 でも私は(以下略)


 そんなときだった。


「おい、アンちゃん」


 ……いつの間にか、私たちがお茶をしていたカフェの席に、5人の凶悪な人相の男たちが寄ってきていて。

 彼に絡んでいた。


 ……たまにあるんだよね。

 彼、見た目は良いから。


 それを「気に入らない」って思ったごろつきみたいな男たちに絡まれるの。

 で、その場合……


「わりにかわいい女連れてるじゃねえか。俺ら、女が居ないから貸してくれねぇかな?」


 ……私を見やりながら。

 大体これだ。


 男の人にとって、連れてる女の子を守り切れないのは耐えられないほどの屈辱のはず。

 それを分かってるから、こういうことをするんだろう。


 まぁ、腐ってるよね。


 だからごろつきなのか、それともごろつきになったからそういう風に腐ったのか……


 どうでもいいか。そんなこと。


「いいだろ? アンちゃんならまたその辺で見繕えばさ……」


 ニヤニヤ笑いながら男たちはフリーダを見ながらそう続ける。

 フリーダは目だけで彼らを見ていた。


 完全に、ゴミを見る目で。


 それが、彼らは気に入らなかったのか。


「なんだその目は! 舐めんじゃねえぞ!」


 いきなり、怒鳴った。


 ……周囲を見る。


 誰も、動かない。


 ……ああ、そっか。

 こいつら、わりと厄介で、動くと逆恨みで報復とか考えなきゃいけない奴らなのかな?


 まぁ、そんなもんだよね。

 一般の奴らの正義感や勇気ってさ。


 非難はしてないよ?

 それが標準なのは前の世界でも知ってるし。


 誰も強いものに立ち向かうのはやりたくないもんね。

 彼らが拳を振り上げるのは、対象が立ち上がれなくなったときだけ。


 そういうもん。

 私、それを知ってるよ。


「ん、いいよ」


 私は立ち上がる。


 フリーダは「いいのか?」と目で言ってくる。


 いいよ。ちょっとムシャクシャしてたし。


 あなたに頑張ってもらわなくても、さ。


 絡んできた男たちは、へへ、と笑いながら、彼に、フリーダに勝ち誇ったような笑みを見せていた。




 私は男たちに連れていかれていた。

 人目の無さそうな場所に。


 大通りから離れた脇道のさらに奥。


 汚いぼろぼろの木箱や、古い布地。

 砂埃が溜まった汚い場所に連れてこられた。


 その間、誰も助けてくれない。


 まぁ、そういうもんだよね。


「……で、どうするの?」


 5人の男たちを前にして、私がそういうと。


「まず、脱げよ」


 そう、良心も何も無い、クズそのものの台詞を吐いてくれた。


「まずはお前の身体の具合を確かめる。同時に何人相手できるか見なきゃわからんし」


「やだ」


 一応言っておく。


「お前の意見なんて聞いてねえ。女のくせに生意気言うな」


 男の一人が高圧的にそう言ってくる。

 オスを主張してるつもりなのかな?


「そういうことは、プロの人か、あんたらの共有の彼女さんにでも言いなさいよ。もし居ればだけど」


 別に怖くもなんともないから普通にそう返してやった。


「お前は馬鹿か?」


 そしたら、理解しがたい返答が返ってくる。


「他人の女相手にやるから愉しめるんだろうがよ」


「他の男から奪ってやった女相手に、好き勝手やるのは男冥利に尽きるってもんだ」


 へらへら男たちは笑っている。


 ああそう。


 最低だね。


 そうすることでしか、自分の自尊心を満たすことができないのかな?

 ホント、くだらない奴ら。


 生きてる資格、あるのかなぁ?


「ああ、ちなみに」


 男の一人が言った。リーダーっぽい奴が。

 俺のおじさんが役人で、えらいさんだから。

 終わった後に役所に駆け込んでも無駄だぜ? 揉み消してもらえるし。


 そんなことを言って来た。


 ……ホントか嘘か分かんないけど、もしホントならフリーダが嫌いそうだね。

 彼に教えてあげた方がいいかな?


 ん。


 もう、いいかな?


「グダグダ言ってないで早く脱げ。それとも、無理矢理が好みか?」


 嫌らしい笑いを浮かべた男が、私に手を伸ばしてきた。


 ……私は、その手をそっと掴み。


「あんたたち、この世界に要らないね」


 ニッコリ笑ってそう言って。


 私は「異能」を発動させた。

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