第29話 もうひとりのわたし

★★★(クミ?)



「……う……あああああああああ!!!」


 私が手を掴んだ男が干乾びていく。

 私が掴んだ手から、男の血液を残らず吸い尽くしていったからだ。


 ……こんなやつらの血を体内に取り込むのは正直気持ち悪いんだけどね。

 ストックが無いと、異能を使う際に魔力消費が馬鹿にならないんだよ。


 ああ、しかし。

 手から吸い尽くせるのはホント助かる。

 吸血鬼みたいに、口からしか吸えないのであれば、もっと気持ち悪かっただろうな。


 数秒かからずにカラカラのミイラにした男を投げ捨てて、私はまだ生き残ってるやつらに対峙する。


「な、なにしやがった!?」


「え? 殺しただけだけど? 害虫を」


 小首を傾げてそう返す。

 慌てふためく連中。


 おもしろーい。自分たちがやられる側に回ったら、途端に慌てるんだね?


 でも、ここで慌てるのはまだ早いよ。

 ここからなんだから。


 私はさらに異能を発動させ、さっき取り込んだ血液を素材に、真っ赤な薙刀を作成した。

 イメージとしては、血液中の鉄分を増幅させ、同程度の強度を持つ武器にした感じだ。


 それで、男の一人を斬りつけてやった。


「ギャア!」


 不意打ちだったため、回避できず、防御しようとした左手を切断する。


 ばらばらとバラ撒かれる男の指。

 指を落とされた痛みで泣き叫んでいるところを、首を斬りつけてやった。


 動脈が切れ、血が噴き出すが、私がそれを左手を翳して吸収する。

 無駄にはできないもんね。


 おかげさまで、その場は血の海にならず、綺麗なままで保たれる。


 残った男たちは3人。


「さあ、次はどいつ?」


 ニヤっと笑って言ってあげると。


「死にたくない!」「化け物!」


 リーダーを残して、二人が逃げ出す。


 逃げ出すけど……


 逃げた先に


 赤い髪。整った冷たい感じがする容貌。黒い革で作られた衣装で身を包んだ美青年。


 フリーダが居たんだ。


 彼は、男たちを受け止めるように手を広げて……


 次の瞬間、彼の手が蟷螂の前脚に変わる。


 ザンッ。


 彼が両手をクロスするように振るうと、逃げ出そうとした男二人の首が宙を舞った。


 血を噴き出しながら身体だけ数歩走って、バタリ、と倒れ伏す。


 私は当然、そっちの血液も回収した。

 もったいないし、汚れるからね。


「まだ終わって無かったのか。そろそろかと思って来てみれば」


 フリーダはふう、と嘆息しながら、首なし死体を引き摺り起こしていた。

 手を蟷螂の前脚から、人の手に戻しながら。


「最後のチャンスは与えてあげようかと思って」


 もし、私を連れて行くだけで、彼に屈辱を与えるだけが目的。連れて行ったら即解放する、とかだったら。

 それだったら、彼は別に屈辱なんて感じて無いわけだし、見逃してあげようかなと思ってたんだけど。

 実際に女の子にも乱暴しようとするやつらだと確定したんで。

 そこら辺の見極めで、時間かかったんだよ。


「キミは優しいな」


「前の世界でちょっと無差別にやってしまったからね。そこだけは反省してるから」


 まあ、反省してるのはそこだけで、受けた仕打ちは忘れてないけどね。


「ひいい、ひいいいいい!!」


 ……臭い。

 異臭が鼻についたので見ると、リーダーの男がへたり込んでいた。


 ……オシッコ、洩らしてる。

 だけじゃないな。ウンチまで、洩らしてる。


 なっさけなー。

 無法者気取ってたくせに。


「ちょっと臭いよ。トイレトレーニングもしてないの?」


 鼻を摘まんでそう言うと。


「わ、悪かった! ……許して……!」


 ウンチ洩らしたまんま、男が地面に額を擦り付けた。

 いや、土下座なんてされても。


 許すつもり無いんだけど。


「あのさ。役所のおじさんとやらを頼みに、好き勝手他人を蹂躙してたヤツの頼みなんて聞くわけ無いでしょ?」


 そう嘆息しながら言うと。


「噓なんだ!」


 へへ、と見るに堪えない卑屈な笑いを浮かべて、私を見上げてくるウンチ男。


「噓?」


「そう、嘘! そう言っておけば、ビビって役所に駆け込む奴少なくなるから!」


 あっそ。


 まあ、どうでもいいんだけどね。

 その嘘がどれくらい効果あったのか、別に興味ないし。


 嘘だというのが嘘なのかどうかも、興味ない。


「……まあ、条件付きで許してあげてもいいけどね」


 だから、そう言ってあげた。


「ホントか!?」


 ウンチの顔が明るくなる。


 ……だから、次の言葉を発するのが面白かったよ。


 スッと、腕をあげて、ウンチの後ろを指さした。


「彼と決闘して勝てれば、見逃してあげる」


「え……?」


 バキッ、ジュルル、ごきゅ、ゴクン。


 ウンチの後ろで、彼は、フリーダは食事中だった。

 彼は、ウンチの仲間の死体を「食べて」処理していた。


 彼の整った顔の、口の部分が耳まで裂け。

 鮫かウツボのような牙が生えそろった顎になり、ものすごい勢いで、死んだウンチの仲間たちを平らげていく。


 食いちぎり、数度咀嚼し、飲み込む。


 飲み込む瞬間、喉が蛇みたいに膨れるけど、体内に落ちると、そこから先は膨れない。

 奇妙な光景だった。


 血は私が事前に回収しているので、彼の食事でその場はそんなに汚れることは無いようだ。


「あ……あ……!」


「ホラ、今は食事中。チャンスだよ。今挑まないと勝てる目無くなるよ?」


 ウプププ。

 ウンチの顔が面白くって、吹き出しそうになるのを必死で堪える私。


 するとウンチ、わなわな震えて。


「……無理だ」


 あきらめるの、はっやー。

 もっと、ガッツを見せたら?


「お願いだ! 何でもする! 助けて! 助けて!」


 真っ青な顔で、土下座し続けた。

 涙声。


 いや、泣かれてもねぇ。

 それにアンタたち。


 他人の恋人を蹂躙するとき、そういうの気にしたことあったのかな?

 まぁ、どうでもいいけど。


 地面に蹲るウンチ君の肩に、フリーダの手がかかる。


 ……はい。時間切れー。


「ひっ……」


 青ざめて、後ろを振り返ったウンチ君が最期に見た光景は。

 多分、限界いっぱいまで鮫そっくりの顎を開いた、フリーダの顔だったんだろうな。


 フリーダの顎は、ウンチ君の頭をひとのみに……


 バクンッ!




「……浮かない顔だね。別に何もされてないのに」


 最後に残った足首を咀嚼しながら、フリーダは私に言った。


「うーん、そうなんだけどね」


 壁に寄りかかり、あごに手を当て私は考えていた。

 何で、こんなにモヤモヤするんだろう?


 カフェでお茶をはじめたときは別にモヤモヤしてなかったんだけど。

 あのおかっぱの女の子に責められた後、すっごくモヤモヤしてる。


 ……何でだろう?


 あの子、私の事をクミって言ったけど……。


 クミ……クミ……クミ……。


 あっ!


 何だか、一気に繋がって、私は悟った。


 こっちの世界に来たとき、元々持っていた力の半分しか使えなくなってて。

 どうしたんだろう? そのうち目覚めるのかな?


 そんな風に思ってたんだけど。


 ……そっか。


 私の力の半分は、別の私が持ってたんだ。

 で、多分だけど、その別の私、前の世界の記憶全部無くしてて、前の世界であんなことがあったのすっかり忘れて、こっちの世界で結婚して家庭を持ってるのか……!

 それを、無意識で察知してたんだ。私。

 だから、モヤモヤしてたんだ。


 合点がいったよ。


 ……モヤモヤするわけだ。

 だって、前の家族を捨てて新しい家族を作ったってことだもん。


 腹、立つよね。


「どうした?トク……」


「待った。フリーダ」


 私の名を呼ぼうとしたフリーダを、私は止めた。

 そして続けて「これから私、改名する。これからはトミって名乗ることにする」


「……何でだ?」


「ちょっとね、気づいちゃったんだ」


 そして私は彼に説明した。


 どうも私の力の半分が、別の私としてこっちの世界に転生したってことと。


 それがクミと名乗ってるってことと。


 記憶を全部無くしてて、人生を謳歌してるっぽいことを。


「だから、私の半分がクミを名乗るなら、私はトミ」


 でないと収まりが悪い気がするんだよね。

 半分、無いわけだし。


「……元の力を取り戻すまで、ってことかい?」


「う~ん」


 フリーダの質問はもっともだ。

 私の言い分だと、そうなっちゃうかな?


 ……でも実は、その気は無かったりもするんだなぁ。


 腕を組んで、首を振った。


「別にさ、今でも不都合は感じてないんだよね。異能自体、プラスアルファなわけだし。半分無いなら半分無いなりに、やり方あるわけでしょ?」


 現にこうして、前の世界では使えなかった技を新たに開発し、私は新しいスタイルを確立している。

 元々持っていた「冷却する力」「血液を操る力」

 その半分が無くても、不都合は別に感じない。


「じゃあ、どうするんだ? キミの様子だと、そのクミとかいうキミの半身、キミにとっては許しがたい状態なんだろう?」


 フリーダは、私の今後の行動を予測した。

 それを受けて私は


「う~ん。それもそうなんだけどね」


 悩む。答えを言葉にするために。


「殺すのか?」


「殺さないよ。殺したら元の能力を永久に失うことになるかもしれないし。それに……」


 ……絶対、前の世界の嫌なことを思い出すことになると思うんだよねぇ。

 そいつの今の家族も手に掛けることになりかねないし。


 それ、自分にもダメージが来るに違いないし……。

 やだよ……あのときの辛さを再体験するのはさ……。


「とりあえずは、保留。絶対に力を取り戻せる方法がどこかにあるなら、そのときはまた考えるけど」


 私は、寄りかかっていた壁から身体を離し、私は言った。


「いこっ。フリーダ」


 彼に笑顔を向けて。


 彼の名はフリーダ。

 自由の神サイファーの、究極神官。

 二つ名は「自由王」


 そして私はトミ。

 フリーダの理想の実現をお手伝いしている女の子だ。


~4章(了)~

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