第27話 さらなる悲劇

「全然話が見えない。ゴメン、ちゃんと話して」


 まずは、私はそう言った。

 センナさんが怒ってる理由を知らない事には対処のしようが無いもんね。


 すると、センナさんの怒りが増幅されたようだった。


「……あくまで、別人のフリするつもりなんだね。昨日もそうだったよね。最初は」


 フッ、とセンナさん。

 怒りながら一瞬、寂しそうに笑う。


 なんでそうなったのか、なんとなくわかる。

 多分、センナさんは私を本当に大切に思ってくれていたのだ。


 なのに、よく分からないけど、そんなセンナさんの信頼を大きく傷つける何かが昨日、あったに違いない。


 愛と憎悪は表裏一体って言うけれど。

 信頼や親愛を寄せていた相手が、自分を大きく裏切るような真似をしたら。


 そりゃ、怒りの度合いはすごいことになるだろうね。


 よく言うでしょ?「可愛さ余って憎さ百倍」って。


 そこに思い当たって、私は背筋が寒くなった。

 ああ、本当に崖っぷちだ、って。


 今からの対応で、彼女を失うかそうでないかが決まるんだ……。


 肝が冷えたよ。


 どうしよう……!? 全く心当たりが無いのに……!


 だから完全な誤解なのは間違いない。

 けれど、センナさんにそれを言っても通じないばかりか、逆効果。


 それだけは分かる。


 何か強烈な事実に基づく強烈な誤解なんだ。


「センナさんがものすごく怒ってるのは理解できるよ。でも、分からないの。本当に」


「だから理由だけでも教えてよ。お願いします……」


 私は必死で頼み込む。祈るように手を合わせた。

 これだけは聞き入れてもらわないとどうしようもないし……。


 すると、センナさん、深呼吸をして、落ち着いてからだろうか。


 言ってくれた。


「……昨日、旦那さんじゃない男の人と遊んでたよね。で、あなたに直接、それは浮気になるだろって言いに行ったら、あなた笑って「旦那さんより魅力的かも」って言い放った」

 

 言いながらも、不愉快そうだった。

 口にするのも嫌なのか……。


「私、そういうの駄目なんだぁ。絶対に許せないの。そういう女に限って、自分の恋人や旦那さんが女の人と関わること烈火のように怒る癖に」


 キッ、と私を睨むセンナさん。


「当の自分はちゃらんぽらん。散々他の男の人と遊びまくって、立場が悪くなると泣いて誤魔化す。最低だよ」


「私、クミちゃんのことは親友だと思ってたけど、クミちゃんの本性を見た上でそのまま付き合うと、私の正義が揺らぐから」


「だからもう、関わりたくないの。そういうこと。分かった?」


 怒涛の勢いで自分の怒りの理由を述べてくれた。


 けど……


 ……全然心当たり無いし、私、サトルさん以外の男性と一対一で向き合ったこと無いんですけど……?

 完全な誤解というか……どうしてそうなった?


 昨日、サトルさん以外の男性と遊んだ?

 それ、誰?


 ……私にそっくりな別人が居るってこと?

 で、そいつが面白半分か何か知らないけど、誤解したセンナさんの糾弾に、誤解を訂正せず、火に油を注ぐような真似をしでかして……


 なんてこと……してくれたのよ……!!


 私はガタガタ震え始めた。

 恐怖だ。


 私じゃない誰か別人が、私の顔で何か悪いことやってる!


 どういうこと?

 カオナシ?


 ということは混沌神官?


 でも、混沌神官は先日この街で捕縛して、役所に突き出したばかりじゃない!

 そんなボウフラみたいに湧いてくるもんじゃないでしょ!


 もしそうなら、この世界の人間やばいよ!

 異常サイコパスが量産体制にあるってことだから!


 あ……でも。

 こないだの混沌神官に仲間が居て、報復目的でカオナシ召喚して私を真似て……


 ……いや、やっぱりおかしいでしょ!

 センナさんの話だと、出会ったのはどうも偶然みたいで、センナさんの方から近づいて糾弾したみたいじゃない!

 浮気現場を目撃させられたことで!


 それ、狙ってやるって明らかに変でしょ!


「うふふ、私たち浮気してます~」


 って見せつけるの?変過ぎる!


 センナさんも怪しむよ!いくらなんでも!


 だから、偶然見かけた。これはおそらく間違いないんだろう、と思う。


「落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」


 私はセンナさんを見た。

 まっすぐに。


 ここで目を逸らすのはダメ。絶対にダメ。


 だって、真実を告げるんだもの。

 目を逸らすのはいけないよ。


 例え、センナさんが烈火のごとく怒ってたとしても。


「それ、私じゃないから」


「そんなはず無いでしょ!」


 ……受け入れてもらえないばかりか、即答だった。


 続く理由で、私は戦慄する。


「髪型も、顔も、身長体型も、服装まで一緒の偶然の他人の空似? そんなもの、あるわけない!」


 ……確かに。

 それで偶然なんて、無理がある。


「しかも!」


 センナさん、私のそのときの服装を言って来た。


「クミちゃんが婚姻紋を入れたときの、思い出のあの緑色の服を着てたんだよ!? クミちゃんにとってあの服は浮気デートで着ていけるようなものだったんだ!?」


 緑色の服……ブレザーのことを言ってるのかな?

 確かに、そんな服を着て浮気してたら嫌悪感凄いだろうね……

 自分の婚姻という大切なはずの思い出を、平気で穢せる卑しい人間だ、ってことだし。


 センナさんが激怒するのも分かるよ……

 親友と思ってた人がそんなことをしたら、そりゃ許せないって思うと思う……


 でも。


 私じゃない。


 それが真実だ。


 しかし。


 それがカオナシだったとして……

 いつ、コピーされたのか?


 あのブレザー、この世界に来てから。、再び袖を通したの、プロポーズのときくらいだよ?

 そのときにピンポイントでカオナシが私を観察したってこと?


 ……それはそれで、変じゃない?


 でも、そうとしか思えないよね……?

 私じゃないんだもの。


「お願い! 信じて! それ、私じゃ無いから!」


「まだ言うか!!」


 キィ、と表情が変わったセンナさんは私に詰め寄り、ぐいぐい肩を押してくる。


「牝豚に食べさせる蕎麦はカムラには無いから帰って!!」


 般若の顔で、泣きながらぐいぐい押す。


 センナさんも悲しいんだ。

 ものすごく許せないと思ってるのは間違いないけど。

 きっと、その「許せない」が悲しいんだろう。


 私も悲しくなってきた。


「お願いだよぉ、信じてよぉ」


 じわ……と涙腺が緩み。

 我慢してたけど、泣けてきた。


 どうしてこんなことになってるの?


 誰だか知らないけど、私のフリをしてとんでもない真似をしでかした誰か。

 許せない。


 恨むよ……


 私の友達との絆を割くなんて……!


 一度涙が流れると、もう駄目だった。


 二人とも泣きながらぐいぐい押し合いへし合いになる。


 そのときだった。


 ガラララ~


「すみません。蕎麦下さい」


 ……作務衣姿の私の夫……サトルさんが入って来た。

 サトルさんも今日のお昼をここでとることにしたみたいだった。


 すると、店に入ると自分の嫁とその友達が泣きながら押し合いへし合いしているから。

 目を丸くして固まってる。


「サトルさん!」


 私が言うと、サトルさんは


「クミさん、仕事は?」


 ……確かにもうここにいると仕事がやばい時間かもしれなかった。

 でも、今それどころじゃないの。


 ……いや、それよりも……


「……クミちゃんの旦那さんだね?」


 センナさん、厳しい表情になって。

 私が恐れている一言を発したんだ。


「あなたの奥さん、浮気してるよ! 私、この目で見たんだから!」


 ……ああ!


 私の脳裏に駆け巡る未来予想……



~~~~~~



 センナさんの様子に、とても彼女が嘘を吐いているとは思えないと判断したサトルさん。


「何ぃ!? そうなのか!?」


 そしてキッと私を睨みつけ。

 こう宣言する。


「離婚だ!」


 浮気妻の当然の末路。

 浮気して無いのに……


「浮気するような不実な嫁はヤマモト家に居場所は無い!」


「出ていけ! もうアンタはウチの人間じゃない!」


 叩き出される私。


 ……そして家を追い出されて、住むところを失い、路上で一人泣きながら寝る私……



~~~~



 ……ああ……


 そうなったら、どうしよう……!


 センナさんに続いて、サトルさんまで失うなんて……嫌……絶対に嫌……!


 私は自分の血の気が引いていくのを感じていた……


 サトルさん、そんなセンナさんの言葉を真正面から受け止めて。

 彼女をしっかり見た後。


 こう言ったんだ。


 いや……


「そんなこと、あるわけ無いな。俺の奥さんはそんな女じゃない」


 全く淀みなく、そう言ってくれたんだ。


 私の中で、時間が止まった。

 光が、射した。


「私、嘘言ってないよ!? こんな重大なことでいい加減なことを言う人間じゃないつも……」


「だと思うよ。奥さんの友達だからね。そうなんだと思う」


 自分の言い分を否定されたセンナさんが、自分の正しさを主張する言葉に、さらにそれを肯定する言葉を重ねるサトルさん。


「でもさ、嘘を言って無くても真実じゃない場合ってあるよね?」


 サトルさんは全く動揺していなかった。

 毛ほども、私の事を疑っていない。


 だから、この態度ができるんだろう……


「俺の奥さん、とても賢い女の子だから、俺に色々教えてくれるんだよ」


 じっと、センナさんを見つめて


「……魔物の中に、一目見ただけで人間の容姿から癖、服装まで完全に真似てしまうカオナシってのが居るんだけど、それじゃない?」


「そいつがさ、きっとクミさんをどっかから見てて、真似てキミの前に現れたんじゃ無いかな?」


 ……確率としては相当低い。

 まずない事態だ。


 サトルさんだって、それくらい分かってる。

 だって私言ったもん。魔神を召喚できるのは混沌神官だけだ、って。

 カオナシは魔神の一種。

 普通にうろついてる魔物じゃないんだ。


 サトルさんはそれを知ってる。


 それでも。


 私が裏切る確率より、そっちの方が可能性が高いって。


 そう、思ってくれたのか……


 サトルさん……!


 私は……私は……


「一目見ただけで、容姿から癖、服装まで真似る……?」


 センナさん、カオナシの知識があまりないので、サトルさんが言ったことを復唱していた。

 そして、記憶を探るようにしばらく考えて。


「……いや、それでもやっぱりおかしいよ!」


 サトルさんの言葉を否定した。


「だったら、何で眼鏡が違ったの!?あのときのクミちゃん、丸眼鏡じゃなかったよ!?前にかけてた四角い眼鏡だったよ!?」


 私を手で示しながら続ける。


「確か結婚の挨拶に来てくれたとき、丸眼鏡だったよね!?カオナシってのはコピーするんでしょ!?だったら丸眼鏡じゃないと変じゃない!」


 一気にそう捲くし立てる。

 だからカオナシ説はありえない。


 そう言いたいんだろうけど……


 そこで、私は固まってしまう。


 今、何て言ったの?


「あのさ……」


 私の声が落ち着く。


 気づいてしまったから。


 そんな私の変化。

 センナさんも気づいたようだ。


「その前の眼鏡、壊れて、もう、無いんだけど……」


 センナさんには話して無かったっけ。

 前にかけてた四角い眼鏡。

 センナさんを助けるためにノライヌシャーマンと戦ったとき。


 波動の奇跡を防ぎきれなくて吹っ飛ばされて、壊れてしまったんだよね。


 なんとか直せないかと思ったけど、如何せん、日本の高度な技術で作られた眼鏡だったからさ。

 こっちの世界じゃ修理できなくて、しょうがないから買い直して、今の丸眼鏡なんだよ……。


「……え?」


「ホラ、ノライヌシャーマンと戦ったとき。あのとき、壊れた……」


 センナさんの顔が真っ青になった。

 やっと、分かってくれたみたいだった。


 ものすごい、強烈な誤解だったんだ、って。


「……ごめんなさい。私、私……」


 がっくりと崩れ落ち、センナさんは涙を流してそう私に詫びて来た。


 そんなのいいよ。分かってくれれば、って言いたかったけど……


 私、誤解が解けたという嬉しさと、安心感と、開放感で。


 やらかしてしまったんだ。

 はじめてだったはずなのにね。


 サトルさんに駆け寄って、飛びついて。

 抱き着いて。


 ぶちゅー、って。


 唇で、キッス。


 何気に夫婦ではじめてのキッスだった。


 息もさせないくらい激しく、強く。


 だいぶ長いこと、息をするのも忘れてキッスして。

 ちゅぱ、と唇を離して、私は言った。


「サトルさん! ありがとう! 大好き! 私、あなたのお嫁さんになって良かった!」


 センナさんのことすら忘れてキッスしてしまった。

 私とキッスしたサトルさん、真っ赤になってて、可愛くて。

 ますます、好きになってしまった。


 この人、最後まで私を信じてくれる人で……土壇場で助けてくれる人だ!

 私の選択、間違って無かったんだ!


 良かった! この人に選ばれて!

 良かった! この人を選んで!


 私、頑張るから!

 頑張って、あなたの最高の奥さんになれるように頑張るから!


 だから、これからもよろしくお願いします!


 ぎゅうう、と抱き着いて、彼の胸板に頬を押し付けた。


「サトルさん、今日から一緒の布団で寝ましょう……いいでしょ?」


「えっと……」


 上目づかいで見上げて、そう提案するとサトルさんがキョドってて。

 それを私がまた可愛いと思っていたら……


 突如、サトルさんの顔が強張って。


 何事、と思って、その視線の先を振り返ったら……


 ……うん。

 もっとセンナさんをよく見ておけば、防げたかもしれないね。


 そこに、センナさんが居たんだ。


 変わり果てた姿で。


 センナさんは……



 丸坊主にして、土下座していた。


「ごめんなさいクミちゃん! 私、とんでもないことをあなたに言ってしまった!」


 店の床に額を擦り付けながら、つるっぱげになったセンナさんが私に、私たちに詫びていたんだよ……!

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