第26話 この牝豚が!

★★★(センナ)



 私の指摘に、クミちゃんは椅子に座ったまま目を白黒させて。


「えーと、どちら様ですか?」


 ……ありえない返答で返してきた。

 別人のフリでやり過ごす?


 ……ふざけるのも大概にして!


 無理があるでしょ!

 その服で!その髪型で!


「とぼけるにしても下の下じゃない? ひょっとして私の事を馬鹿だとでも思ってるの?」


 ……クミちゃんのこと、親友だと思ってた。

 だからこそ、怒りが湧く。


 こんなに怒ったの、久しぶり。

 こないだ、かけだしパーティに置き去りにされたときでもここまで腹は立たなかったよ……。


 あのとき、身を挺して私を助けてくれたクミちゃん。

 そのクミちゃんが、こんなことをするなんて……!


「私ね、クミちゃんのこと親友だと思ってたんだけど、クミちゃんは違うんだね。そんな酷いとぼけ方するんだもの」


 ……声に棘が生えまくっている。

 分かってても、止められない。


 すると、観念したのか。クミちゃんは面倒くさそうに後ろ頭を掻いて


「そーよ。私はクミ。何の用?」


「何って! 旦那さん居るのにそんなことしていいと思ってるの!?」


 あんまりな言い方。

 親友と思ってた女の子が、男の人を馬鹿にするような不実な行いをしてるのを見たんだよ!?

 当然一言言うでしょそれは!


「思ってる」


 ……は?


 私は耳を疑った。

 結婚してるのに、旦那さん以外の男の人と遊んでいいわけ無いじゃない!?


 私、間違って無いよね!?


 もし私のお父さんが、仕事の付き合いで仕方なく、以外の理由で女の人と遊んでたら、私は嫌だ。

 そんなお父さん見たくない。


 私のお母さんはもう死んでしまったけど、それがお母さんであっても同じこと。

 お母さんがお父さん以外の男性と遊んでたら、気持ち悪い。

 そんなの見たくない。


 結婚したということは、将来的にそういう立場の人になるってことだよ!?

 やって良いわけ、無いと思うんだけど!?


「め……牝豚……!」


 クミちゃん、人間じゃ無かったの……?

 獣人・牝豚だったの……!?


 するとクミちゃんは私の思わず洩れた言葉をフッと嘲笑うような表情を浮かべて


「その旦那さんとやらが、この彼より魅力的だったら何の問題も無いんじゃないかなぁ?」


 言って、手で対面に座ってる黒革衣装の赤髪ハンサムを示してきた。


 クミちゃんは胸の前で祈るように手を組んで、こう、歌うように言って来た。


「彼はさぁ、私の全てを肯定してくれて。しかもとっても頼れるの。ステキだよねぇ」


 芝居がかった振る舞いで、挑発の意図が読み取れた。


 ……牝豚にもほどがある……


 あのとき、婚姻紋を入れたとき、あんなに喜んでいたくせに……!!


 私は思い返した。

 あのとき。


 婚姻紋を入れたクミちゃんが、旦那さんと一緒にウチの店に訪ねて来たときのことを。



~~~~~~~~



「こんにちはー」


 あの日、クミちゃんが男の人と一緒に、ウチの店に来たんだ。

 顔はよく覚えて無いんだけど、穏やかそうで、優しそうな男性だった。

 服装は作務衣だったかな?


 クミちゃん、服装がいつものお着物と違ってて。

 緑色の上着と、白いシャツ。そして緑色のスカートという格好だった。

 この恰好、はじめてみる衣装だ。


 何? 何かあったの?


「えーと」


 彼氏?

 そんな話、聞いた覚えが無いんだけど……。


 でも、わざわざ連れてくるということは……


 そう思いながら私が男性とクミちゃんとの間で視線を往復させていると。


「実は私、結婚しました! 彼が私の夫です!」


「よろしくお願いします。クミさんの夫です」


 ビックリ仰天だった。

 予想の斜め上。


「え? え?」


 混乱する。

 彼氏が出来たって話すら聞いてないのに、いきなり夫?


 どういうことなの!?


「いつから付き合ってたの!? 私、聞いて無いんだけど!?」


「え? 付き合ってないけど? いきなり結婚したから」


 平然と言うクミちゃん。

 私の常識の外の返答!


「そんな! お試しで付き合うとか無いの!?」


「センナさん。それは無駄だと思うんだなぁ」


 フッ、と笑いながらクミちゃんは言った。

 おためしで付き合う、をやると、男性はもらうものもらって、テキトーに遊んで捨てる、って選択肢を取れちゃうでしょ?

 私、遊ばれるつもり無いし。そのために付き合う前に結婚してくれる人。これが条件だったんだよねぇ。

 最初から「結婚する」ってカードを切ってくれるくらい私に本気な人と結婚したかったから。


 もちろん、こっちもOK出す前に色々調べたけどね。

 調べた上で、この人とならやっていけそう。破綻し無さそう。あと、人間として好感持てるかなと思ったから、彼のプロポーズをOKしたの。


 それにしたっていきなりは、って言うと


「センナさん。ホントのところはやっぱり結婚しないと分からないし、お試し期間中は猫被ってるかもしれないし。あまり変わらないと思うよ?」


 ……あまりにも平然と言うので、私の方が間違ってるのかなぁ?って気になってしまった。

 まぁ、一理あるとは思うけどね。


 付き合ったからといって、旦那さんにしたときの彼が絶対に分かるか?って言うと、違うだろうしね。

 どのみちリスクがあるなら、最初からカードが切れる本気度のある男性の方が良いって。


 私が腕を組んで考えていると、クミちゃん、すすす、と私の傍に寄ってきて


「……実はもう、婚姻紋入れて来たんだ」


 耳打ちしてきた。


 ……婚姻紋!


 男女が夫婦として繋がり合ったという証……!


 それをもう、クミちゃんは入れたというの!?


「……見る?」


 驚く私に、クミちゃんはさらに驚くことを言って来た。


 ええっ!?

 見せてくれるの!?


 確か婚姻紋って、かなりきわどい部分に彫るんだよね!?


 いや、興味あるけど!?

 基本的に他人の婚姻紋って、場所が場所だけに、あまりじっくり見れないから!


 いいの!? ホントに!?


 私が興奮しながらその辺を言うと


「いやま、ちょっと恥ずかしいのはその通りなんだけどね……」


 ポッと、顔を赤らめながらクミちゃん。

 視線を少し逸らしながら、続ける。


「私が結婚した証拠をさ、センナさんには見て欲しいかなぁ、って」


 一番の友達だから、って続けてくれた。


 嬉しかったよ。


 その後、物陰に私を引っ張り込んで。

 しゃがみ込む私の前で、白いパンツを少し下ろして。

 スカートの端っこを持ち上げて、私一人に婚姻紋を見せてくれたとき。


 ……クミちゃんの大事な部分のすぐ上あたりに、しっかりと「サトル」って彫られてた……


 そっかぁ。クミちゃんの旦那さん、サトルさんって言うのかぁ……


 恥ずかしがりながら私に婚姻紋を見せるクミちゃん。

 最高に可愛かった。



~~~~~~~~



 可愛かったのに……!


 目の前のこの女は、結婚後1か月経つか経たないかってところで、いきなり浮気している……!

 何なの!? 酷過ぎるよ!?


 旦那さん、サトルさんだっけ? サトルさん、可哀想すぎる……!!


 同じ女として、旦那さんに申し訳なく思うよ……!


 こういう女が、男性を女性不信に導くんだよね……!

 こんな酷い裏切りってある?


 許せない!

 許せないよ!!


 人として決して許されないことをやったくせに、平然としている獣人・牝豚。

 酷い目に遭えばいいよ!


「……もう知らない。あなた、もう友達じゃ無いから」


「そんな不道徳な人とは付き合えない」


「勝手に自由恋愛愉しんでて。それじゃ」


 そこまで言い捨てて、私は返事を待たずにその場を後にした。



★★★(クミ)



 ……やっぱ、正直に言うべきなのかなぁ?

 結婚したんですけど、って。

 甘味処の店長さんに。


 今のまんまだと、詐欺をやってるようなもんかもしれない。

 だって、お客さんは多分人妻がウエイトレスやってるとは思ってないはずなんだよ。

 独身の女の子のはずだって。


 独身、ってところに夢を見て、そこにお金を払うんじゃないかな?

 なのに、今の私は人妻。


 これ、詐欺じゃない?

 夢は見れるだろ? いや、そういう問題かなぁ?


 道を歩きながら、そうブツブツ考える。


 これからいつものように、センナさんの蕎麦屋さんでお昼にして、そのまま仕事場に行くわけだけど。

 センナさんの意見も聞いてみようかな?


 ……センナさん、今は未婚だけどさ。

 今後、結婚することがあるとしたら、それでも蕎麦屋さんの看板娘、続けるのかなぁ?


 センナさんの場合は、家業が蕎麦屋で、センナさんはその娘だから、結婚後も同じ仕事続けてても違和感無い気はするよね。


 立場は一緒のはずなんだけど。

 「店員」「給仕係」という。


 ……うん。そうしてみようかな。 


 そう思いながら、センナさんちの蕎麦屋さんの引き戸を開けた。

 ガラララ~と。


「こんにちはー」


 いつものように挨拶をして店に入った。


 ……おや?


 何か、違和感を感じる。


 感じつつも、いつも座ってる席が空いていたので、そこに着席。


 んんん?

 何だろ……この違和感……


 ……

 ………


 ……あ、そっか!


 センナさんの返事が無いのか!

 それで何か気持ち悪かったんだ!


 ……なんでだろ?


 チラ、と見た。


 センナさん、他のお客さんの接客してた。


 昼時だもんね。そりゃ、お客さん来るさ。


 しょうがない。

 センナさんが注文を取りに来てくれるまで待っておこう。

 声を掛けるのは。


 そのまま、じっと待っていた。


 しかし、全然来ない。


 ……何で?


 さすがに、変だと気づく。

 だって、後から入って来たお客さんの方に先に注文取りに行くんだよ?

 私、ほったらかしなのに!


 何でなの?


「あの……」


 我慢できなくなって、傍を通ったセンナさんに私は声を掛けた。

 すると……


 え……?


 センナさんの目が、氷のように冷たかった。

 まるでゴミを見る目。


 ……いつかの悪夢を思い出す。

 私がサトルさんというものがありながら、他の男にクラクラきて、身体を許してしまい破滅する夢を。


 声が、止まってしまった。


 センナさんはそのまま、何事も無かったようにくるくると働き続ける。


 そのまま10分かそこら、経ったとき。


 奇跡的に、本当に奇跡的に、私以外の客が全員居なくなった。


 みんな食べ終わって、店を出て行ったんだ。

 こんなこと、本当に珍しい。珍しいんだけど……


 正直、怖かった。

 なんだったんだろう?センナさんのあの目……


 お前は見下げ果てた、卑しい存在だと。

 その目は言っていた……


 どうしよう?

 ご飯、食べてないけど、出た方がいいのかな?


 でも……


 なんだろう。今店を出てしまうと、もうここには二度と戻ってこれない気がする……。


 私がそんな予感に震え、動けなくなっていると、センナさんの方から口を開いてくれた。


「……昨日の今日でよくここに来れたよね? その図太さ、すごいと思うよ」


 ……声が怒りに震えてる。

 えっと……どういうことなの?


「私、なんかした?」


 その瞬間だった。

 センナさんが吐き捨てるように言ったんだ。


「悪いけど、私あなたとはもう友達で居られないから。昨日も言ったけど!」


 え? え?


「客商売なのに、こんなことを言うのはご法度なのは分かってるけど、クミちゃん相手に私、普通にもう接客できないんだな!」


「ど、どうしたセンナ!?」


 センナさんの様子にただならぬものを感じて、暖簾の奥からセンナさんのお父さんが飛び出してくる。


「お父さんは引っ込んでて! これは私たちの問題だから!」


 しかし、振り向かず一喝。

 お父さん、ビックリして。


 ……本当に奥に引っ込んじゃった。


 そのくらいの、気迫。


 私も金縛り状態になってて……すごく、怖かった。


 理由は分からないけど、今、一番の友達のセンナさんが、真剣に私に対して怒ってる。

 どうしてなんだろう?


 よっぽどの理由のはずだ。


 ここで対応を誤ると、多分私、この人を失ってしまう……


 私は唾を飲みこんだ。

 出勤の時間、迫ってきてるけど……


 ここ、放置できないよ……!

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