第25話 クミちゃん、誰? それ……?

★★★(クミ)



「サトルさんが仕事で真剣に集中している姿はステキだと思います」


 相手の事を褒めるのは親密になる基本中の基本だよね。

 口に出して言うことにより、自分の声を自分で聞いて、知らずに刷り込まれる。

 ましてや、些細な事でも「良い」と本当に思ったことを言うことにより。

 効果は倍増。


 というわけで、褒め合いも寝る直前に交えることにした。

 寝る前にやることで、脳の深部にその言葉が刷り込まれ、効果が上がるんじゃないかな?


「はい。次はサトルさんの番」


 ……目の前に居る、照れくさそうな顔をしているサトルさんに手番を渡す。

 私たちは互いの布団の上に正座して、向かい合って座っている。


 寝間着姿で。


 実は楽なので、二人とも寝間着は作務衣っぽいものを着ることにしてるんだけど。

 

 ……寝るときに乱れ無いから、こっちの方がいいかな、と内心思ってる。

 浴衣だと、寝相悪いととんでもないことになるからね。


 色は私が赤。サトルさんは紺だ。


「具体的に言ってくださいね!」


 多少失礼だけど、ビシ、と指を突き付けた。

 ただ「カワイイ」だの「綺麗」だのはこの場合NGだ。

 そんなのは褒め合いじゃない。


 最初の時、それをされたので、言ったのだ。


「ちゃんと具体的に言ってください。私だって、ただ「かっこいい」だの「すごい」だのは言ってないでしょ?」


 って。


 そう私が釘を刺すと、何か言いたそうな顔をするサトルさん。

 私はデキる妻を目指しているので、聞くことにする。


「なんですかサトルさん」


「……クミさんだって「家事を私に丸投げしない」とか「起こしに行かなくても一人で起きてくれる」とか、当たり前のことしか言って無くないか?」


 そんなことを言うので、鼻で笑ってあげた。


「その程度の事もできない男性の方が多いってご存じないみたいですね。サトルさんは……」


 腕を組んでそう宣言してあげた。


 これには当然二重の意味がある。


 私自身の中で、サトルさんの価値を上昇させることと。


 言われたサトルさんの自尊心を高め、現状の「良いところ」を無くさないように気をつけてもらう。


 この2点。


 ヤマモト家では、サトルさんの亡くなったお母さんが病弱だったせいか。

 男性陣が分担して家事をする習慣が身についてて。

(ここのところで、お母さんが大事にされてて、愛されてたのが伝わってきて、嬉しい気分になる……)


 基本的に私に丸投げ、もしくは将来的に丸投げ、って雰囲気じゃ無いんだよね。

 ホント、私ツイてる。当たり男性を旦那さんに引いたわって思うよ。


 基本的に侮辱するより褒めた方が良い感じで人は動いてくれるものだし。

 こういう感じで私自身と、旦那さんを「調整」しなきゃいけないよね。

 これを当たり前と思うことなく、感謝したり、念頭に置いたりするのが大事なんだよ。


「さぁ、サトルさんの番ですよ。何も言えませんか?」


「それは私に褒めるところなんて無いってことですか?」


 矢継ぎ早。


 すると。


「そんなこと無いってば」


「言わないなら私から言いますね」


「土壇場で踏み止まって一歩前に出てくださるところ」


「私の気持ちを想像しようと努力してくださるところ」


「行動の端々に誠実さが垣間見えるところ」


「が、ステキだと思います。さぁ、このままじゃサトルさんの負けですよ?」


 ……まあ、勝ち負けなんてどうでもいいんだけどね。ホントのところは。

 サトルさんの自覚による再調整、そして私の刷り込みによる再調整を狙ってるんだから。

 口に出して言った時点で目的は完了しているのだ。


 言われた方のサトルさんは真っ赤になってて。

 ああ……なんて可愛らしい。


 嘘は言って無いから罪悪感無し。乗せてるつもりもない。

 誰に文句を言われる筋合いも無いよ。


 私の言葉で動揺しているサトルさん……

 ここから追い打ちでギュってしてあげてみたいけど……


 さすがに普段私を気遣ってくれるサトルさんも、理性を無くしちゃうかな?


 いやま、それを頭の片隅に入れながら、挑発してるんだけどね……


 だって、今しか童貞楽しめないわけだし。

 サトルさんだって、知っちゃったらこんなリアクション無くなるよ。きっと。


 だから、大切にしたいよね。

 このカワイイ反応を。



★★★(センナ)



 最近、友達のクミちゃんが結婚した。

 とうとう来たか、と思った。


 知ってる子がお嫁に行く。

 このイベントが。


 今まで、近所のお姉さんがお嫁に行くとかいうイベントは経験したことあるんだけど。

 同年代の女の子でそれを見るの、何気に初めてだった。


 うーん。どうなんだろう?

 結婚生活って。


 キラキラしてるのかな?

 結婚は人生の墓場、って言ってる人が居るくらいだから、無条件で良いものじゃ多分無いんだろうな、とは思うんだけど。


 問題の当の本人は幸せそうに見える。

 まあ、クミちゃんは外国人で、自分に関する記憶が欠損した状態でこの国に放置されてた、って境遇の女の子だから。

 家族って呼べる存在が出来ることが、歓迎すべきことで、嬉しいことなのかもしれないね。


 だから、多少大変でも、それを喜びに変換できてしまうのかも。


 そういうの、多分大事だよね。

 辛いことを辛いと思わないようにする努力というか。


 それが出来ないと、多分色々と乗り越えていけないんだろうな。




「こんにちはー」


 ガララ、と引き戸を開けて、丸眼鏡の女の子・クミちゃんが蕎麦を食べに来た。

 出勤前の昼ご飯だ。


 結婚して家庭を持ってからも、クミちゃんはこの習慣を変えていない。

 しかし。


 ……いつまでウエイトレスやるつもりなんだろう?


 そこはちょっと思うけど、私が口を出す問題じゃ無いので聞いてない。

 普通に考えるとさ、看板娘って「女の子」としての役割を求められてるわけだし。

 既婚女性になってしまったら、求められてる役割を果たせないんじゃ?

 違うのかな?


 相手が独身の女の子なら、ある程度は「近い」態度で関わっても文句言われる筋合い無いとは思うけど。

 既婚女性と知ったら、それなりの対応あるよね。


 ……甘味処のウエイトレスはちょっと厳しいんじゃ?

 一流の料亭だとか、レストランだとかの給仕係なら許されるかもだけど。


 甘味処の店長さんにそのこと、話してるのかなぁ?


「いらっしゃい。はいからそばでいい?」


「うん。お願い」


 席に着くクミちゃんに、いつもの注文。

 お父さんにオーダー通して、そっと近づき。

 クミちゃんに聞く。


「結婚生活は順調?」


 クミちゃん、ちょっと普通じゃない結婚の仕方をした。

 なんと、交際期間ゼロでいきなり結婚したのだ。


 本人曰く「だって、いきなり結婚で無いと「遊びの恋愛」になるかもしれないでしょ?」だって。

 クミちゃんにとって、交際期間っていうのは「無駄」その一言みたい。


 普通じゃない。

 いやね、度胸あって、自分があって、良い子なんだけどね。

 何気に頭も良いと思うし。


「無論、結婚前にサトルさんの情報は可能な限り集めたよ。そこで判断したの。この人は旦那さんにしても破滅しない人だ、って」


 私はすかさず聞いた。


「好きか嫌いかじゃないの?」


「そりゃ好きですけど? それが男女の好きかどうかは分からないけど、自分を調整して、そっちに持って行くから問題ない」


 ……女の子の返答じゃない気が。

 そう思ったけど、さすがに怒るに決まってるから黙っておいた。


「旦那さんの正直な評価は?」


「カワイイ」


 ……男の人が聞いたら、多分気を悪くするんじゃないかな?

 男の人相手に「カワイイ」って……


「どのへんが?」


「女の子に慣れてなくて、ちょっとアプローチかけるとすぐガチガチなるところ」


 ……ん~。

 クミちゃん、多分あなた運がいいよ。


 女の子に慣れてなくて、かつ優しくて思いやりがある男の人を旦那さんに選んだからそうなってるだけだと思うよ?


 もし、女の子に慣れていないだけの性根の悪い人だったら、クミちゃんきっと酷い目に遭ってる気が……。

 玩具みたいに扱われるとか、奴隷みたいに扱われるとか……


 もうちょっと自分の運の強さに感謝すべきでは?


 これは言っておいた方が良いかな?


「クミちゃん、良い人を引き当てたんだね……すごく運がいいよ」


「あ、センナさんもそう思う? 実は私もそう思ってて!」


 ……予想してたリアクションとは違ってて。

 いかに自分の今の家族が幸せか、語って聞かされる羽目になった。


 惚気られてる?

 いや、別に嫌じゃ無いんだけどね?


「やっぱ結婚相手は、ギリいけるかどうかを判断した後、その人の家庭環境をしっかりリサーチして、その上で判断しなきゃね。

 性格の相性、外見だけで決めるのは良くない。それが私の結論」


 ビッと指を立てたクミちゃんに、したり顔でアドバイスをされてしまった……。


 まぁ、幸せのお裾分けなので、嫌では無かったんだけどね。



 ……とまぁ、結婚した友達が、何も重大問題を抱えずに日々を過ごしている。

 私としては、何も言うことは無い。


 知ってる人が日々幸せに生きているってだけでも、非常に良い気分になる。

 それは私の偽らない気持ち。


 だったんだけど。


 その日、私は街を歩いていた。


 出前で、近所の家の集まりに、蕎麦を届けに行った帰りだったんだけど。


 そのとき、目を疑った。


 クミちゃんが居たんだ。


 間違いない。


 クミちゃんは最初に出会ったときのような、四角い眼鏡を掛けていて。

 婚姻紋を入れて、私に結婚を教えに来た時に着ていた


 緑色の上着と、同色のスカート。

 それを身に着けていた。


 顔かたち、身長、体型、髪型。

 どうみてもクミちゃん。


 クミちゃんはカフェテラスで座って、お茶を飲んでいた。

 多分紅茶じゃないかな?


 ……男の人と一緒に。


 知らない人だ。

 旦那さんじゃない。


 クミちゃんの旦那さん、一回しか見てないけど間違いない。、


 赤い髪、冷たい感じのする切れ長の目。

 同じく冷たい印象を与える通った鼻筋。

 唇も薄く、クールな感じ。


 一言で言うと、冷酷そうなハンサム。

 服装も気合入ってて、隙が無い。

 黒一色の、革っぽい衣服。

 長袖、長ズボン。

 背だってだいぶ高かった。


 クミちゃんの旦那さんはあんな感じの人じゃ無かった。

 顔は覚えてないけど、絶対間違いない。雰囲気が全然違う。


 クミちゃん、そんな男の人と楽しそうに話していた。


 クミちゃん……その人、誰なの?

 結婚したんだよね?


 それ、やっちゃいけないことじゃ……?


 私は、飛び出していた。

 本当はさ、他人の恋愛に口を出すなんてするべきじゃない。

 それは分かってる。


 でも。


 こんなことを黙って見過ごすのは出来なかった。

 だって……


 これから先、クミちゃんと付き合う上で、このことが頭の片隅にある。

 それはあまりにも大きな障害だ。


 旦那さんを馬鹿にして、バレなきゃいいと外で他の男の人と遊んでる。


 そういう人と友達付き合いしているかもしれない。

 そんな風に思いながら人と付き合うなんて、私は嫌だったから。


「クミちゃん!」


 私がクミちゃんの横に立ってそう一言発したとき。


 私に気づいたクミちゃんは、ポカンとしていた。

 驚いているというか、混乱しているというか……


 何なの?その顔?


 不可解だったけど、私は続けた。


「その男の人、誰? 旦那さんじゃ無いよね?」


 返答次第によっては、私、クミちゃんとの付き合い……やめるかもしれない。

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