第23話 NTRれてたまるもんか!
伝え聞く話によると。
他人の女を欲しがる「人妻ハンター」なる男が世の中には存在し。
そういう男は、人妻を見ると目の色が変わるそうで。
人妻を寝取る研ぎ澄まされた手練手管で、真面目な旦那さんから人妻を寝取り、家庭崩壊させることに悦びを感じている。
なんて話を、どっかで聞いた気がする。
連中の座右の銘は「他人の女を奪ってこそ一人前の男」
恐ろしい話。
自分が人妻になって、私はその危険性が理解できるようになった。
……何でそんなのが野放しになってるのか。
前の世界でもだけど、この世界でも。
こういうの、どの世界でも共通のことなの?
今の私はイケメンが怖い。
もう、いっそのこと、いいトシこいて独身のイケメンはまとめてサドガ島にでも遠島しといてと思うよ。
あと、離婚経験のあるイケメンも。
どうせ、トロフィー感覚で他人の家庭を崩壊させることに達成感を感じてる人間失格者なんでしょ?
(※注:これはクミの個人的な見解です)
世の奥様方はどうして言わないのか。
「独身のイケメンは強制収容所送りにしましょう!!でないと私たち人妻は、安心して外を歩けません!」
「離婚したイケメンは全員サドガ島に送れー!!」
って。
そんな主張をして、プラカードもって行進している奥様方を私は見たことが無い。
世の奥様方は怖くないんだろうか?
大切な家庭を、イケメンの気まぐれで崩壊に導かれるの。
トロフィーにされてしまってもいいの?
私は嫌だよ。
「ああ、クミ・ヤマモト。今はただのクミか。こいつをゲットするのは特に簡単だった」
とか、後で人妻ハンターにしたり顔で酒の肴で思い出されるの。
想像するだけで悔しくて、悲しくて、恐ろしい。
私の、私たちの幸せが、人妻ハンターの一過性の愉悦の生贄にされちゃうなんて。
絶対にあってはならないことだよね!?
ここで。
……何を恐れているの? そもそも、靡かなきゃいいのでは?
そんなことを言うかもだけど。
逆に言いたい。
何故、靡かないでいられると言い切れるの?と。
相手さ、人妻を寝取り慣れてるプロなんだよ?
獲物がそれに抵抗できると思う方が間違って無いかな?
私みたいな人妻になりたての女の子なんか。
特に恋愛経験ゼロの女の子なんか。
うっかりするとあっという間にクラクラ来る歯の浮くような口説き文句を浴びせられ、気が付いたら裸でベッドに入ってる。
そんな事態になるに違いない。
ろくに知りもしないくせに、私だけは大丈夫。
そういう考え方が一番危ないんだ。
私は布団から身を起こした姿勢で頭を抱えた。
隣の布団ではサトルさんが寝息を立てている。
……サトルさんは甘い言葉なんて言えない人だ。
私は、そこのところも気に入って、プロポーズを受けることを決めたんだけど……
この人は、異性に対して真面目な人なんだ、って。
でも。
そもそもとして、私は男性に甘い言葉で囁かれたことが多分、無い。
もし、ホンモノの甘い言葉を掛けられてしまったら。
私は、それに耐えられるのだろうか?
……そこのところが分からないというか、不安。
だから、怖くてたまらない。
……もし、やられちゃったらどうしよう?
サトルさんからもらった反物で、私は和服と洋服を作った。
作れる人にお願いしたんだ、
洋服はセイレスさんにお願いした。
サトルさんがくれた反物。
そりゃ、最高級品では無いけれど。
安物でも無かったんだよね。
なんでも「将来、大事な人が出来たときのために貯めてた」っていう貯金で買ってくれたそうだ。
「クミさんのためにこれを買うとき。プレゼントって愛情表現や気を引くためにするもんじゃないんだって分かったよ」
あのとき、私がありがとうと礼を言って、贈り物を受け取った時。
そんなことを彼は言ってくれた。
「え?」
それ以外に意味があるの?
純粋に分からなかったから、そう聞き返すと。
「相手が喜ぶ顔を見たいから、自分のためにするんだよ」
ちょっと照れ臭そうにそういう彼。
……感激した。
そんな思いで、この反物を買ってくれたんだ、って思って。
私に似合いそうな色を、考えて選んでくれたんだな、って。
緑色系のものを選んだの、多分、プロポーズ時に私が来ていたブレザーの色からだろうな、と想像して、さらに嬉しくなった。
だから、自分では服を作らず、ちゃんと作り慣れてる人にお願いしたんだ。
こんな大事な反物、ひよっこの私が慣れない手つきで服にしていい代物じゃないと思ったから。
それで作った和服と、洋服の二着は、私の宝物になった。
洋服を、エプロンドレスみたいな洋服を仕立ててくれたセイレスさんに
「とてもよくお似合いですよ。良かったですね。旦那さんからの贈り物」
って言ってもらえた時、どれだけ嬉しかったか。
でも……
私が誘惑されてクラクラ来て、ついうっかりしてしまえば。
この宝物が、消えてなくなってしまうんだよね……!
物理的に消えるんじゃない。
意味合いが、消えるんだ。
それは、物理的に消えることよりも恐ろしい。
物理的に消えても思い出は残るけど。
意味合いが消えると、思い出も破壊されてしまう。
怖いよ。裏切りという過ちは。
未来だけでなく、過去まで破壊してしまうんだから。
だって、一度「こいつは裏切る人間だ」って思われてしまうと。
裏切りが発覚する以前の行動も「こいつは自分が気づいて無かっただけで、この時点から裏切っていたのかもしれない」
そう思われてしまうから。
そして思い出が破壊されると、そこには何も残らないばかりか、代わりに「偽り」「嘲り」「恨み」といった、呪いに変質したおぞましいモノだけが残る。
全部、痛みしか齎さない、どろどろとした猛毒のヘドロのような汚らわしいものに変わってしまうんだ。
だから、絶対にそうならないようにしないといけないんだけど。
揺らがないようにしないといけないんだけど……
ホント、どうしよう……?
次の日。
仕事先の甘味処に出勤して、私の仕事のウエイトレスをしていると。
「クミちゃん!今日も可愛いね!」
常連のおじさんがそんなことを言ってくれる。
「嬉しいです。ありがとうございます」
そう、笑顔で返す。
おじさんはいいんだ。おじさんは。
自分の娘に対して言う「可愛い」と大差ない。
そうに決まってるもの。
ただの温かい挨拶。
問題は。
ガララ、と引き戸が開き、肉体労働してそうなガタイのいい若い男性が入って来た。
肩の筋肉が大きく盛り上がっている。見るからに働き盛りで元気そう。
服装が建築現場の作業員でもやってそうな感じだ。
「あ~、急にぜんざい食べたくなった」
入るなり私を呼んで、ぜんざいを注文。
「分かりました。ぜんざいひとつですね?」
注文を受けて、メモする私に。
その男性。
ドカっと腰を下ろした席の上で、首だけ向けてこっちを見ながら。
「お、ここのウエイトレスさん可愛いね。その着物、良く似合ってるよ」
その瞬間。
……私は心臓を掴まれたような緊張感を覚えた。
若い男性に何かしら褒められるたび。
私にはそれが人妻ハンターのロックオン宣言のように思えるようになってしまった。
け、結婚してるので!と言いたいところだったけど。
接客業であるウエイトレスで、それは明らかにNGなのと。
……それは単に、人妻ハンターの狩猟本能を高めるだけ。
だから、言えなかった。
無論、分かってるよ?
全ての男性が、人妻の天敵である人妻ハンターでは無い、ってことくらい。
でも、警戒はしょうがないよ!
だって、サトルさん大事だもの!
ヤマモト家の嫁でいたいもの!
クミ・ヤマモトからただのクミに戻るのは絶対嫌だ!
だったら、若い男性が何かしら褒めてきたら、それは寝取りを狙ってる人妻ハンターと思え。
そうするしかないよね……。
世の中、働いている女性はたくさん居るけど。
まだまだ、世の中、女性に厳しい。
特に人妻に対して厳しすぎる。
私程度の女の子でも、人妻になってしまえば人妻ハンターの標的になってしまう。
寝取りの醍醐味が発生するからだ。
どうして、それを国は問題視してくれないんだろう?
人妻ハンターの餌食になって、家庭が崩壊すれば、次世代の国民を育てる家庭がひとつ潰れてしまうんだよ?
それは国家にとって、損失じゃ無いのかな!?
そんなの知るか、自衛しろ。
自衛が出来ないなら、そもそも外で働くんじゃない。
そう、言いたいのだろうか?
……酷いよ。
私、サトルさんとは支え合う関係で、収入の面でも支え合いたいって思ってるのに。
人妻ハンターが野放しのままだと、安心して働けないよ!
……つくづく、結婚した女性は仕事を辞めて家に引っ込む方が都合がいい社会になってる気がするよ。
別に専業主婦を馬鹿にする気は毛頭無いんだけど。
共働きが冷遇されてるの、明らかだから。
私としては、非常に辛い。
……ウエイトレスじゃなくて、裏方に仕事を変えてもらえないかな?
そう、思いはするけど。
それには「裏方の仕事もお金をもらうレベルでこなせる」これが必要条件なわけで。
それがあるかどうか、私には分からない。
だから、言い出すのは躊躇われた。
下手をすると職を失うかもしれないし。
「あ、結婚したの? だったらもういいや。ウエイトレスには向かないよ。既婚者は」
そう、言われる可能性、ゼロじゃないどころか、結構あると思う。
人妻ハンターでない男性に対しては、人妻は恋愛対象じゃ無いもんね。
そうすると、ウエイトレス業として、店の看板娘をするには不適格って思われちゃうだろう。
それが原因でクビになった場合。
再就職、出来るかな……?
そこが不安だった。
だから、踏み切れなかった。
だけど。
脳裏にちらつく、最悪の未来。
オバカな私が人妻ハンターの餌食になって。
本来サトルさんの赤ちゃんが入るはずだったお腹に、人妻ハンターの子を宿して。
それが原因で離婚。家を追い出され、誰からも見捨てられ、大きくなったお腹を抱えて一人泣いている。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう!? 私、サトルさんを旦那さんに選んだはずなのに!
それを自分で壊して、こんな情けない、惨めな姿になるなんて!
大きなお腹を抱えてわんわん泣いても、誰も同情してくれない。
それどころか、嫌悪感を込めた目で私を皆が見る。
夫を裏切った最低女。ろくでもない獣人め! と。
絶対に回避したい、最低の未来予想図だ。
……仕事、辞めるしか無いのかな……?
その言葉が、脳裏にちらついた。
それから。
毎日、どうするべきかを考え続けた。
考え続けた結果……。
「サトルさん」
寝る時間になったので、二人で布団を並べて横になろうか、としていたとき。
私は、意を決してサトルさんに話しかけた。
サトルさん、寝間着を着て布団に潜り込もうとした手を止め。
「何?」
私を見てくれた。キョトンとしてる。
思い当たるフシがないためか、何も気負わない目で私を見つめる。
サトルさんにそんな目で見られて。
ちょっと、言う前に緊張があったけど。
サトルさんと同じく寝間着姿の私は姿勢を正して、布団の上で正座し。
大きく一度深呼吸して、続けた。
「ちょっと、話したいことがあるんですけど」
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