第24話 一緒に勉強しましょう!

★★★(クミ)



「前に、私がゴール王国出身者じゃないってことは話しましたよね?」


 あまり大っぴらに言うことじゃ無いんで、吹聴はしてないんだけど。

 私が異邦人であることはサトルさんには結婚の決断前に話してある。


 まあ、この間混沌神官を役所に突き出したとき。

 この街の領主さんに表彰みたいなものをされて。


 そのとき、オータムさんの口利きがあって、正式な市民登録?みたいなものをしてもらえる運びになった。

 言っちゃなんですが、ちょっと前まで密入国者みたいな扱いでした。私。


「うん。それが何かな?」


 何を話す気だろう?

 そういう興味と、不安半々の顔のサトルさん。


 大丈夫です。

 悪いことは言いませんから。


「私、私たち夫婦はもっと絆を深める行為を重ねた方がいいと思うんです」


 サトルさんが贈り物をしてくださったり、こうして同室で寝てくれるのは嬉しいですけど、と続ける。

 ……正直、男の人なら女の子と同室で寝られるのは嬉しいハズだと思うけど。

 あえてそう言う。

 恩着せがましく言うと印象悪いから。

 あと、本来は自分が嬉しいはずの行為を、感謝してますと言われたら気分いいはずだよね?


 ……と、事前にサトルさんの印象をアゲておいて。


「これから夜寝る前、ちょっとだけ、一緒に勉強しませんか?」


 本題を切り出した。


「何を?」


 ……よし!食いついてくれた!


 続けた。


「実は、私の祖国ではひらがなとカタカナ以外にももうひとつ文字があって……」


 サトルさんに漢字を教えようと思った。

 そうすれば、彼に対する思い入れが強まるし、彼の方も私をもっと強く意識してもらえるようになるんじゃないかな?


 ……正直。

 最近、日々の生活の方に夢中になり過ぎて。

 こっちのこと忘れてた気がするし。


 ちょうどいいのかもしれない。


「文字を覚える……」


 ちょっと、躊躇しているサトルさん。

 話がデカイと感じて、二の足を踏んでいるのだろうか?


「そんなに大事に考えることは無いですよ。あくまでもっと仲良くなる一環で勉強しよう、って言ってるんですから」


 言いつつ、私はそっとサトルさんの手に手を添えた。


 ……ちょっと色仕掛けっぽい気がするけど。

 相手サトルさんだし、問題ないでしょ。


 妻が夫に女を使って頼み事して何が悪いの?ってもんではないの?


 それにさ。

 確か「聖人の真似事は大いにやれ。しかし狂人の真似事だけは決してするな」って言葉、あるんだよね。

 誰の言葉か知らないんだけど。


 ようは、言葉と行動が、人格に影響するから聖人の真似事を続けると、いつしか聖人のような人間になってしまうかもしれない。

 これは問題無いけど。

 狂人の真似事を続けると、いつしかその狂った倫理観、常識が身について、本当に狂人のような人間になってしまうかもしれない。

 だからやっちゃダメだ。そういう理屈。


 その理屈で行くと、夫であるサトルさんにベタベタするような行為を仕掛けるの、私にとってもいいはずだよね。

 そっちに気持ちが動いていくかもしれないんだから。


 私はさらに動いた。


「いついつまでに、って期限を設けるつもりもないですし。やりましょうよ? ね?」


 そっと身を寄せて、ダメ押し。


 ぴと、と肩を寄せたら、サトルさん、ビクンって震えてた。

 か、カワイイ……!


「サトルさんは私の話をちゃんと聞いて理解してくださる人ですし。絶対に覚えられます」


 耳元で囁くように。

 これでどうだ?


 すると。


「……分かった。俺だって、クミさんともっと深く繋がりたいし」


 私の望む返答が返ってきた。

 ……ヨシッ!



 彼を裏切らないために。この状況で裏切ったら処刑ものでしょ。

 そういう状況を作ろうと思い、私はこの話を切り出した。

 ようは自分に対する枷みたいなものだ。


 それだけではなく。


 後は、彼とはこういうことも共有しておきたいと思って。

 夫婦なのだし、夫になった人に、私と同じ文字を共有して欲しい。


 幸いと言ってはなんだけど、先日混沌神官の企みを潰したせいで、表彰されたから。

 さっきも言ったけど。


 なので、多分だけど、私の国で使ってる字、って設定で夫に教えるくらいは問題視されないと思うんだ。

 これが原因でしょっ引かれることは多分無い……はず。


 大っぴらに、大体的にやったらどうなるかわかんないけどさ。

 このくらいならいいでしょ?


 あと。


「サトルさん、研ぎの仕事関係で、刀鍛冶してる人ってお知り合いにいらっしゃいます?」


「……居るけど? 幼馴染の男で一人」


 ……おお。

 何でそんなことを聞くの?というサトルさんの顔を見ながら。

 私はちょっと興奮していた。


 刀に文字を刻むのは定番だし、その文字が漢字であればもっと見栄えいいはずだよね?


 私→サトルさん→その刀鍛冶男性


 この構図で伝えられたら、ちょっと良くない?

 それに、刀鍛冶さんだったらお客さんのために刀を打つわけでしょ?


 そうしたら、お客さんが「この刻んでるの何?」って思うかもしれない。

 そうなれば、徐々に浸透させることができるかも……?


 おお……


 なんか、あのとき、人生の目標を定めたとき以来、ようやくまともに行動を起こした気がする。


 それもこれも、サトルさんと結婚するという重大決断をしたおかげだ。

 やっぱ、良質の縁を結ぶのは大事だよね。


「私の国ではよく刀に漢字を刻むんです」


 カタカナひらがなを刻むより見栄えする。

 漢字を覚えてもらえればそれがきっと分かってもらえるんじゃないかな?



★★★(サトル)



 俺の奥さんになってくれた女の子、クミさんはとても賢い女の子だと思う。

 最初に、急に甘いものを食べたくなって、飛び込んだ甘味処で見かけたとき。

 一目で気に入ってしまった。


 元々、眼鏡を掛けた知的な印象がある女の子が好きだったのもあるんだけど。

 受け答えに真面目な印象を受けたので、余計に気に入った。


 結構可愛いと思ったんだが、決まった相手が居るのだろうか?

 とても気になった。


 しかし。


 どうやって女の子にアプローチを取ったらいいのか。

 それが分からない。


 俺は今まで、寺子屋を出てからずっと研ぎ師の修行しかしてこなくて。

 おかげさんで、ただ暮らしていく分には腕一つで十分、ってレベルに手が届こうか、ってところまでは登っていけたんだけど。

 女の子が傍に居たことはただの一度も無い。


 ……この分だと、金だけは不安無いけど、愛を語らう相手の居ない人生。


 それが待ってるんじゃないか?

 そう思った。


 それは悲しかったけど……。


 女の子を好きになるって感情が、正直良く分からないこともあり。

 一歩も進めなかったんだ。


 大して好きでもない女の子を、無理矢理好きだと思い込んで「好きだ」って言うのはなんか違う。

 その思いが俺を動かさなかった。


 でも、クミさんを見掛けたとき「この子だ!」って思ったんだ。


 だから、勇気を出した。

 勇気を出して、恋人の有無を確かめた。


 そしたら「いない」って言われたので、立候補してみた。

 ……もっとも、そのときは冗談だと思われたみたいだけど。


 その後。

 爺ちゃんの混沌神官による呪いの事件があり。

 ウチの家は滅茶苦茶になった。


 けど、これってやっぱり運命なのかな?


 それがクミさんとの縁を繋げるきっかけになって。

 事件を解決してもらったうえ、こうして結婚してもらうことを承諾してもらう切っ掛けになったんだ。


 ……ああそうそう。


 クミさん、恋人は要らないけど、夫なら欲しいって言ってて。

 交際すっとばしていきなり結婚することを求めてきた。


 最初、何を思ってそんなことを言ってるんだ!?

 って思ったけど。


 どうも、遊びの付き合いはやりたくなくて、身のある恋愛。

 結婚に結びついた恋愛がしたいと。

 そういうことらしい。


 俺は悩んだ。

 常識からかけ離れた要求だな、って思ったから。


 でも、俺はこの子と一緒に居たかったし、どうせいつかは決断することなんだ。

 普通じゃなくてもいいか、と思って。

 俺の方は心をわりと早く決めた。


 ……その後、約束の日が来るまでに。

 クミさんが俺の仕事ぶり、評判等を聞き回っていたことを後で知り。

 いうことは突拍子ないけど、やることはしっかりやる子だ、と思った。


 ますます、気に入ってしまった。

 頼りになりそうだ、って思えて。


 で、プロポーズしたら即婚姻紋を彫りに行く流れになった。

 だらだらするのは嫌なのかね。


 まあ、俺の方は異存なかったんだけど。



 ……で、今。


「そうそう。サトルさん。飲み込み早いですね」


 クミさんが独身時代に居候してた先で書いたという「聖典の写本」を手本として、彼女の祖国だったニホンという国で使われているという「カンジ」というものを勉強している。

 クミさんの祖国では、音だけを表す文字だけでなく、数字のように、文字自体に意味がある文字「カンジ」を使うらしい。


 覚えることが増えて面倒じゃ無いか?と思ったけど。

 そこはあえて口に出さなかった。


 なんか、地雷のような気がしたから。


 で、習ってみると……


 文字が格段に読みやすくなることが理解できるようになった。

 言葉の区切りも分かりやすくなるし、流し読みするのに向いた文章になる。


 確かに便利だわ。


 あと。


 文字に意味がある、っていうのがいいよな。


 例えば、俺の名前は、「カンジ」で書くとおそらく「悟」となって。

 色々気づく、って意味になるだろう、ってことだった。

 悟という字にそういう意味があるからだ。


 字自体に意味が乗るからこそ出来ることだよ。


「ちゃんと覚えてくれて、私、嬉しいです」


 ……で。

 毎晩、教えてもらってるんだけど。


 これがまぁ、嬉しいというか、生殺しというか……


 彼女、俺に教えるとき、やたら近いんだ。

 だからまあ、終始ドキドキしっぱなし。


 まだ彼女とは、正式に夫婦として営んでいないから、余計に。


 何を考えているのかな?

 いやね、俺はいいんだけど……


 例えば今、彼女は俺の背中に密着するように身を寄せてて。


 俺の肩に自分の顔を載せている。


 で、俺が書いてる文字を見て、俺が教えたことを覚えてくれたことを喜んでくれていた。


 俺も嬉しい。嬉しいが……


 正直、背中の感触が気になってしょうがない。

 まあ、その。

 彼女、小ぶりだけどそれなりにあるものはちゃんとあって……


 ようは、柔らかいものがふたつ、背中に当たってる。


 で以前、そのことを指摘したら……


「私たち、夫婦なのに何を言ってるんですか?」


 と、返された……。


 そのしゅんかん、おれは、くるいそうになった。



★★★(クミ)



 サトルさんに漢字を教えるのはとても楽しかった。

 他人に自分の知ってることを教えることって、やっぱ楽しいな。


 あと……


 これはちょっと色々言われるかもしれないけど。


 サトルさんを誘惑するのが楽しくてしょうがないというか……


 ちょっと近づくだけで、反応が初々しくて可愛くて。

 徐々に調子に乗りつつある。私。


 ……まあ、間違いが起きても、それは間違いじゃないからいいか。

 すでに結婚しているのだし。


 それがどんな結末になっても、結婚してるんだから無問題。


 そう思うと、歯止めが利かなくなりつつある。

 この人相手ならどんな誘惑行動をとっても非難されることは無い、って思うと。


 前に「胸が当たってるよ」って、小さな声で言われた時は


 あ、私程度のおっぱいでも、彼は存在感感じてくれてるのか!


 って、思って、ちょっと嬉しくなった。


 ……私、こんな女の子だったっけ? 


 これが「聖人の真似事は大いにやれ。しかし狂人の真似事だけは決してするな」ってことなのかもしれないね。

 サトルさんを誘惑することに慣れていくうち、夫を性的に挑発することに悦びを感じる女の子になりつつあるのかもしれない……。


 でもまぁ、しかし。


 どうせいつかはやらなきゃいけないことなんだし。

 これが切っ掛けになっても別にいいよね?


 ……一応、まだ同衾して無いんだけどな~。

 キッスだってまだなのに。

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