第12話 思った通りにはなかなかいかないよね。

★★★(ヤツフサ)



 ……これは何だワン?


 我は、自分の見たものが分からなかったワン。

 ノライヌシャーマンとして生まれ落ちて数か月……。

 マーラ様から魔法の奇跡を賜り、この世には「魔法」という力があるということは、我は知っているワン。


 だが、この娘のやってのけたことは、我の知っていることから大きく逸脱していたワン。


 ……これは一体何ワン……?


 どうやったのかは全く分からないワン。しかし。

 ……この娘が原因で、手下のホブノライヌ2匹が斃されてしまったワン。

 カチカチに凍らされて……ワン。


 これは間違いないことワン。


 我は、すぐに思考を切り替えたワン。


 最初は、おそらく居るであろう伏兵を斃し、この娘も我の花嫁に迎え入れようと思っていたワン。

 何故なら、今日ゲットした花嫁候補の娘と、また系統が違ったので是非欲しいと思ったからワン。

 最初の娘は、身体はちょっと幼かったが、純な感じがなんともいえず、そそったワン。

 それに、どうもにっくき「束縛神メシア」の奇跡が使えるというではないかワン。

 ……これはもう、自分から「ヤツフサ様の妻になります」と言わせるしかない。

 そう思ったから「明日の朝まで待ってやるから身の振り方を決めろワン」と言ってやったのだワン。


 そこに、この娘だワン。


 見た目、知的な感じで、可愛いワン。顔につけた何か透明なもの(※眼鏡)がよく似合ってるワン。

 身体は、ボリューム豊かってわけじゃないけど、そこそこだワン。悪くないワン。

 そして重大ポイントは、最初の娘の友達だということワン。


 ……これは友人丼を狙うしかないワン。

 マーラ様もそうおっしゃってるに違いないワン。

 このタイミングで、こんな娘が我の前に現れた、ということは。

 これはもう、運命ワン。


 生け捕りにした後がもう、楽しみで楽しみで……


 二人とも、我の妻になることを誓わせて、残りの人生裸で過ごさせてやるワン。


 そして二人に仔を産ませ、八犬伝どころじゃなく百犬伝を達成してやるワン……。


「ヤツフサ様、おはようございます」


(寝起きするヤツフサに、妻となった二人が裸で傅き挨拶するの図)


「ヤツフサ様の妻に迎えていただき、私たち、幸せです」


(ヤツフサに甘える二人の図)


「ヤツフサ様のお子が、今、蹴りました……。元気ですからきっとホブノライヌですね……」


(ヤツフサの仔を孕み、ぼて腹を抱えて異様な笑みを浮かべている二人の図)


 ……考えただけで興奮するワン。


 我は、二人の妻に挟まれて、この群れをさらに大きくする夢を見ていたワン。

 なのに……


 なんということだワン。

 この娘、危険すぎるワン……!


 もったいないけど……斃すしか無いワン……!


 我をキッと強い視線で睨みつけてくるその娘を見つめながら。

 我は、心を鬼にして、娘を斃す決意を固めたワン。


 分かっていることは、あの娘に近づくと危険だ、ということワン。

 そしてあまり、あのカチカチにする力の射程は長くない、ってこと。

 これも確実だワン。


 そうでないなら、ホブノライヌ2匹は、もっと遠くで倒していたハズだワン。

 あそこまで引き付ける必要は無かったハズだワン……。


 だとすれば。


「波動」の奇跡で倒すのが一番安全確実だワン。

 しかし……


 波動の奇跡は、扇状に展開する範囲攻撃魔法。

 威力は加減できるが、範囲の調整はできないワン。


 あのときみたいに仕留め損なうと、後がないワン。


 ……我は、マーラ様の奇跡を1日に5回使用できるワン。

 今日はもう、2回使用したから、残り3回……


 最初の花嫁候補が来た時に「波動」を使い、花嫁の仲間だった連中が逃げて行った後、傷ついたホブノライヌを治療するのに「治癒」を使用したワン。

 それで2回ワン。


 ……困ったワン。マジで無駄撃ちできないじゃないかワン……。


 我としては、泣く泣く殺すわけだから、殺すのはあの後から来た花嫁候補だけにしたいワン。

 もう一人は生かしておきたいワン。


 ……つまり、波動の奇跡に巻き込むのは避けたいワン。


 それに


 1回は残しておかないと、生き残りの花嫁を脅せないワン……!


 必要なのは、全開威力の波動の奇跡を1回。

 そして、その際にあの娘以外を巻き込まないように注意。


 ……なかなか、面倒なミッションワンね。


 我は標的に向き直ったワン。


 突っ込んで来たら危険信号。即全力の波動を決めなければいけないから、気持ちの準備が要るワン。


 あの娘の挙動を、見逃さないようにしないとワン……。


 しかし……


 見れば見るほど、かわいいワン。

 普通っぽいところが、控えめなところがたまらないワン。


 できれば、殺したくないけど……これが、運命ワンね……!


 畜生、あんな真剣な目でこっちを見てきてワン……!

 この娘も本気ワンね……!


 これは悲しい定めワン……!


 我は油断せず、位置取りと、間合いを図ったワン。


 我の波動の奇跡の射程距離はおよそ8メートル。

 攻撃範囲の角度はおよそ90度ワン。


 無論の事ながら、発動の中心に近づけば近づくほど威力は上がるワン。


 ゼロ距離でやれば、人間ならまず確実に即死するワンね。


 理想はそうしたいところワンけど……あの娘には得体のしれない力があるワン。

 5メートル程度に近づいて、威力を全く絞らず発動させてみるワン。

 男なら耐えられるものもいるかもしれないワンが、女ならまず無理ワン。

 骨格が違うワンからね。


 我は慎重にベストの位置取りができる瞬間を待ったワン。

 最初の花嫁が効果範囲から外れ、あの娘が半径5メートルの距離に来る瞬間を。


 ……そして、そのときがとうとうやってきたワン!


「マーラ様!我が敵を薙ぎ払ってくだされワン!」


 気合を込めて奇跡を起こす呪文を唱える。

 するとすぐさま、凄まじい波動が、我の目の前から放射状に発動し、駆け抜けていったワン。


 ……あの娘は……


 我が呪文を唱えはじめると、その両手を突き出して。


 次の瞬間、透明な結晶状の壁を、目の前に出現させたワン。


 ギョッとしたワン。

 あの娘、凍らせるだけでなく、あんなこともできるワンか……!


 しかし。


 パキィン!!


 壁は我の波動で砕け散り、娘は防ぎきれなかった波動を受けて吹っ飛ばされたワン。


「きゃあああっ!」


 ……残念だったワンね。神の奇跡はそんなに甘くないワンよ……!


 娘は吹っ飛ばされて地面を滅茶苦茶に転がって、数メートル後方で止まったワン。

 一緒にランタンも吹っ飛んだワンが、運が良かったのか、破損はしておらず、変わらずに光っていたワン。


 うつ伏せに倒れ伏している娘。

 もしかしたら生きているかもしれないワンから、我はそれを確認しに近づくワン。


 ……念のため、あと1回だけ波動の奇跡を叩き込んでおくでワンか。

 それをすれば、さすがに死ぬワン。


 幸い、我の今日の魔法使用回数はあと2回あるワンからね……。


 そう思いながら、慎重に歩みを進めたワン。

 そうすると……


「うう……」


 娘が、地面に手を突いてよろよろと身を起こしたワン。


 ……なんという根性!


 できることなら、お前を我の花嫁にしたかったワンよ……!

 きっと、素晴らしいノライヌを産んでくれたに違いないワンに……!!


 娘は、ヒビの入った透明なもの(※眼鏡)の位置を直しつつ、我をまだ闘志の籠った目で睨みつけてきたワン。

 そして。


 ヒュッ


 コツン


 一瞬対応が遅れたときは「しまったワン!」って思ったワンが。

 大丈夫だったワン。


 娘はもう、自由に動けないのか、石を投げてきたワン。自分の周囲に落ちていた石を。

 息はもう、上がってるワン。苦しそうワン。


 ……あぁ、そういうことかワン。

 最後のあがきワンね?


「……もう、諦めるワン。お前はよく戦ったワン」


 言ってやるワン。

 一度は、花嫁にしようと思った女ワンし。


 だけど、娘はやめなかったワン。

 自分の周囲に石が無くなると、今度は自分の持ち物まで投げつけてきたワン。


 金属で出来た塊……確か人間の使う貨幣ワンね。

 いいワン。好きなだけ、やるがいいワン。


 そんなものでは、我は倒せはしないワン。


 気が済むまでやるがいいワン。

 終わったら、とどめを刺すワン。


 さらば、花嫁になるかもしれなかった女よ……ワン?


 ふわさ……


 なんか、娘の投げた貨幣に、くっついてるワン?


 黒い……糸ワン?


 それが我の顔にかかって……


 パキィ!!


 ……ワン?



★★★(クミ)



 ……やったぁ。


 勝てた……よぉ。


 私は100えんせんを投げた姿勢のまま、自分の勝利を知り、泣き出しそうなほど安堵した。


 右手は投擲姿勢のまま。左手は握ってて……


 そこから、黒い糸が伸びて、凍り付いたノライヌシャーマンの身体から垂れていた。


 ……長いたこ糸を、墨で黒く塗って、両端を穴あき貨幣である100えんせんと結びつけたもの。

 そういうものを作って、ポーチに入れておいたのだ。

 奥の手で、これをやるために。


 最初に石を投げたのは、破れかぶれの演出と、あと練習。

 いきなり投げて上手く投げられなくて失敗したら、そこで終わりだからね。


 そして頃合いをみて、この本命の仕掛けを投げる。

 左手で片方の100えんせんを握り込み、右手でもう片方を投げつける。

 で、この仕掛けを投げつけて、上手くたこ糸をノライヌシャーマンに接触させられたら、すかさず異能を発動させて凍らせる。


 上手く行ってくれて、良かったああああ……


 氷結防壁を破壊された時は、ホントどうしようかと思ったよ。

 大変な相手だった……


「うわああああああ……」


 私はそう呻き声のような叫びをあげ、どうと大の字で地面に転がった。

 身体中痛いし、メチャクチャ疲れちゃった……!


 主に気疲れだ。

 ハッキリ言って、こんなの女の子の戦い方じゃないっての。

 まるっきし男の子と一緒だよ。


 もう一回同じことやれって言われたら、無理、って答えるよ……!


「……クミさん……勝てた。勝っちゃった……すごい……すごいよ!」


 そのとき。

 やっと私の勝利が実感として理解できたのか。


 センナさんがそう喜びの声を上げて駆け寄ってきてくれた。


「もう駄目かと思った!ありがとう!ありがとう!」


 そう、寝ている私に、センナさんがお礼を言ってくれる。

 泣いていた。


 ……良かった。守れて。


 それがこれに対する私の正直な気持ち。

 友達を失いたくないから。

 だから、私はここに来たんだ。

 それが成ったんだから、これ以上に嬉しいことは無いよ。


 あ、でも。

 できれば……


 私にお礼を言ってくれてる彼女に、私は愛想笑いを浮かべて尋ねた。


「センナさん、メシア様の奇跡、使えないかな?」


 ……身体中痛いので。

 できれば、治していただけるとありがたいんですけど……!


 これからこの身体で歩いて帰るの、かなりキツイんで。

 というか、無理かもしれない……。




「そうか……クミさん、異能使いだったんだね」


 帰りの道中、ポツリポツリと私は自分の事を説明した。

 私が異能を使えること。

 この異能の技は、オータムさんという冒険者の人のところで修行して調整し、開発したものであること、など。


 魔法使いはそれなりに居るけど、異能使いは数が居ないのは本当のようで。

 えらく驚かれてしまった。


「だから、私が売り物にしてるアイスキャンデー、実は異能を駆使して作ってるんだ」


 ついでに言うと。、保冷に使ってる甕も。


 それも種明かしする。


「へぇぇ」


 どこかから、格安で氷を買うルートを見つけたのかな?って思ってたよ。

 とセンナさん。


 まぁ、普通そう思うよね。

 で、こう思ったんだろう。


 それで採算取れるの?


 って。

 知らなきゃそう思うよねぇ……。


 と、そのとき。


 前方から、誰かがやってくる。

 足音が、聞こえたから。


 ……盗賊?

 肝が冷える。


 ノライヌは魔物だったから、わりと躊躇いなく異能を使えたけどさ。

 人間相手だと、そうはいかないよ……!


 人間だって悪い奴居るし。

 最初、私を売り飛ばそうとした連中みたいな。


 ここは日本じゃなくて異世界だから、ありえない話じゃない。

 もしそうだったら、どうしよう……?


 私、センナさんを守り抜けるんだろうか……?


 また心臓の鼓動が早くなり……


「クミ様」


 ……そうになったんだけど。

 そうじゃなかった。


 いや、だから良かったんだけどね?


 私たちの前方からやって来たのは、メイドさんだった。


 もっと言うと、セイレスさんだった。


 オータムさんの家のメイドさん……。


 セイレスさん、腰にベルトみたいなの巻いてて。

 そこに日本刀の鞘みたいなものをぶら下げて、日本刀を差してた。


「……セイレスさん。ご足労をお掛けしました」


 ペコリ。

 私は頭を下げた。


 ……センナさんのお父さんにお願いして、オータムさんちとムジードさんちに連絡をやってもらったんだ。


 これがまぁ、私の手に負えない案件だった時の「保険」

 結果として、必要無かったんだけどね。


「終わったんですか?」


「ええ。申し訳ありません。私一人で事足りました」


 ペコペコ。

 来てもらったんだからね。


「……怪我は?」


「無いです」


 本当は、センナさんに治してもらったからだけど。

 センナさん、このこと知られるの嫌がるしね。

 こういう言い方にならざるを得ない。


「……なら、良いのですが……」


 無茶なさらないで下さい。

 あなたはオータム様の食客なのですから。


 穏やかな口調で叱られてしまう。


 ハイ……スミマセン。

 無謀な挑戦だったのは理解してますから……。


 そこに。


「あの」


 叱られる私を見るに見かねたのか。

 センナさんが助けに入ってくれた。

 ……ありがたかった。


「クミさんは私を助けるために無茶をしてくれたんです。そして」


 ちょっと言い辛そうに「救出してもらえるの、もう少し遅れていたら、私、とんでもない目に遭わされてました……」


 ……うん。

 言い辛いよね。

 あんな変態犬に言い寄られた挙句、とんでもない目に遭わされるところだったなんて。


 それなのに、私をフォローするために乱入してくれたセンナさんには感謝の一言だったよ。


「……そうだったんですね」


 それで納得してくれたのか、それともこの先この話を引き摺っても悪感情が生まれるだけで不毛だと思ったから打ち切ったのか。

 セイレスさんは穏やかにそう返してきた。


 ……ここで、その話は終わってしまった。


 沈黙が訪れる。

 3人で、スタートの街に戻りながら。


 護衛にセイレスさんがついてくれてるから、街までの安全は確保されているわけだけど……


 く、空気が重い……!


「そ、そういえば」


 そんな空気に耐えられず。

 私が話を切り出した。


「センナさんのお蕎麦屋さんに、夏場に私のアイスキャンデーの保冷庫、置かせてもらえないかな?って、頼みたかったんだけど、どう?」


 一応、これは今思いついたその場しのぎの話題じゃない。

 だいぶ前から考えていたことだった。


 夏場に外でアイスキャンデーを売りつつ、センナさんちの蕎麦屋さんで、出張で置き薬ならぬ置きアイスキャンデーをしてみてはどうか?という。


 結構いい提案だと思ったんだけど。


「え?夏場に、ウチに?」


 予想外の難色。

 これは一体どうしたことか?


「……夏場は、ウチ、ざるそばが売れ筋なの……」


 と、申し訳なさそうに教えてくれた。


 ……ああ、なるほど。

 センナさん、言ってたもんね。

 アイスキャンデーが合うのは、温かい蕎麦だ、って。


 そっかー。夏場は冷たい蕎麦、つまりざるそばが売れ筋なのかー……。


 出る幕、無いんだなぁ……


「ざるそば……夏はやはり、冷たいざるそばに限りますね」


 セイレスさんの援護射撃まで入ってしまう。

 ざるそば、強し。


 ……なんて。

 アイスキャンデーの前に立ち塞がる、難敵について考えていたんだけど。


 そこで、また、天啓が降って来た。


 むむむむむ?




 そして夏が来た。


 結局、私はセンナさんの店に、置きアイスキャンデーをすることはなく。

 外でアイスキャンデーを売り歩き、私を店員として雇ってくれている甘味処でもアイスキャンデーを売る。

 この2つで攻めることにした。


 その代わり。


「ごめんくださーい」


 ガララ、と引き戸を開けて、私は蕎麦屋のカムラさんを訪ねる。


 カムラは今日も満員だ。

 蕎麦自体の味が良いだけじゃない。

 今は……


「いつも済まないねぇ」


「いえいえ。お金貰ってるんですし」


 店主のお父さんに笑顔で対応。お仕事です。


 言って、店の奥に設置された大きな甕……の底部に貯めてある塩水を再度凍結させる。

 この甕、すのこみたいなものが敷いてあって、冷蔵庫のように使えるようにしてある。


 で、敷いたすのこの上に、陶器の瓶がたくさん並んでいて……


 中に、ざるそばのつゆが入っている。


 ……夏場は、冷えたつゆで食べるざるそばが最高だよねぇ。


 アイスキャンデー、それなりに売れてるし、全体的に見たら収入も上がって、前に目標にしてた20万えんになんとか届いたけどさぁ……


 正直、こっちを本業にした方が儲かるかもしれないな。

 アイスキャンデー開発にあたり、一緒に開発したはずのこの「冷蔵庫」

 そのレンタル業の方を。

 そんなことを考えてしまうほどの、ざるそばの売れっぷり。


「クミさんのおかげで今年は去年より売れてるよ!」


 センナさんも嬉しい悲鳴だ。

 うん、それは嬉しいんだけど……


 なんだか、複雑だった。


 ~2章(了)~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る