第11話 弱いことが有利になることもあるから。

 今の時刻は夜。ほぼ深夜だ。

 今日はわりと月が明るい晩だけど。


 ハッキリ言って暗い。

 私の元の世界は街灯というものがあったけど、この世界はそんなもの無いから。


 暗さ、ハンパない。


 唯一の頼みは、今、足元に置いてあるランタン。


 これが無ければ、かなり、いや、相当困ったことになる。


 私はそれを拾い上げ、歩き出した。


 ……正直、考えた。

 夜が明けた後に行くべきなんでは無いかって。


 あのろくでなしパーティも、砦の襲撃は日中にしてたみたいだし。

 ノライヌ、絶対夜目は利くはず。あのナリだしね。

 ハッキリ言って不利な環境なのは疑いない。


 でも。


 ノライヌという魔物の習性を考えたら、私、その選択肢を選べなかった。

 遅れれば遅れるほど、取り返しがつかなくなる可能性が上がる。


 無謀だ、考えなしだ、と誹りを受けるだろうことは分かってるけど。


 こうするしか無かったんだ。

 だってセンナさんを救いたいから……!


 ……夜明け……あと3時間くらいかな?


 普通に歩いて1時間の道のりを、ゆっくり警戒しながら歩いたから、3時間くらい使った気がする。

 もうちょっとで夏になるわけだし、日の出は5時くらいのはずだから。


 道中、何度かノライヌと遭遇した。

 全部、倒したけど。


 奴ら、私が戦う力のないただの苗床に最適な女の子だと思ってるからか。

 ほとんど無警戒に近寄ってくるので、余裕だった。


 どうやったのか?


 ……それは……


 アオーン!!


 ワンワンワンッ!


 ノライヌたちの吠え声!


 ……来たッ!


 気を引き締めた。

 私、奴らを倒す力はあるけど、油断できるほど強くは無いんだ!

 それをよくよく自覚して、絶対慢心だけは駄目だ!


 ちょっと開けたところで立ち止まる。

 そしてランタンを地面に置いた。


 気づかれるの前提で進んでいるから、隠れるのは逆に不利。

 身を隠すものがない場所で迎え撃つしかない。


 じっと立ち止まり、腰を屈め、左右を見回す。

 意識を集中する。

 左手に握り込んだ鍋の蓋。

 右手に握ったデッキブラシに意識を向ける。


 そして……


 正面から、走って接近してくる。


 大きい……


 3メートルはある、大きな茶色の狼。


 ……ホブノライヌ……!


 ろくでなしパーティの話からすると、おそらく全部で3体いるはず。


 ノライヌシャーマンがボスであると仮定した場合、だけど。


 何故って、ボス自ら出向くのに、最強の側近を全員連れ出さない理由がどこにあるの?

 ボスが出向くのに、護衛を出し惜しみするっておかしいよね?


 ……無論、ノライヌシャーマンがボスで無くて、上にさらに何かいる可能性もあるんだけど。

 それは今回、考えないことにした。


 何故って、その時点で詰みみたいなもんだから。私個人での救出は、という前提条件がつくけどね。


 それも考えて、一応保険は打っておいたけど、それが間に合うかは分からない。

 ただ、祈るのみだ。


 どうか、予想通りでありますように、って。


 ホブノライヌが突進してくる。

 その動きに迷いは無い。


 こいつら、知能は獣並みのはずだけど、人を狩り慣れた獣のはずだからね。

 人間のどのあたりが危険なのかは分かってるんだろう。


 だから、私の武装を見て「大したことない」って思ったのかもしれない。

 ……それが狙いなんだけど。


 ホブノライヌが前足を振り上げて飛び掛かってくる。

 とんでもない威力だろう。


 私は鍋の蓋を前に突き出した。

 力を込める。


 吹っ飛ばされないように踏ん張って。


 デッキブラシを持った右手も添えて、実質両手で受け止める姿勢を取った。


 ……来い!!


 そして。


 ガキィ!!


 爪が唸り、打ち付ける音がした。


 前と……


 来ると思ってた!


 私は鍋の蓋を捨てて振り返る。

 そこには、攻撃を防がれたことを戸惑っているノライヌが二匹。


 ……「氷結防壁」の向こう側に居た!



 私がキョロキョロ左右見回してて、正面からホブノライヌが突っ込んできて。

 この状況で、奇襲をかけるなら真後ろだろうなと。


 予想してたから、ホブノライヌの攻撃に身構える際、真後ろに「氷結防壁」を張ったんだ。

 そしたら、案の定で、防いでくれた。


 私はノライヌたちが混乱している隙に、氷結防壁を解除し、デッキプラシで素早く二匹をぶっ叩く。

 その瞬間。


 ……ビキッ!


 二匹とも、凍り付いてしまう。


 ……アイスクリーム作りのために特訓した技の応用。

 手に持った道具越しに、異能を発動する。


 なので……


 このデッキブラシ、素手で受け止めたらアウト。

 そういう、初見殺し仕様だ。


 だから、普通だと槍だとかナイフだとか、真っ当な殺傷力を持つ武器を持ちたいところだけど。

 あえて、こんなものを選んだ。


 これに殴られても、致命傷にはならないんじゃない?って思えるような。


 ……こっちはか弱い女の子だから。このくらいのインチキが無いと戦うなんてとてもとても。

 簡単に勝ったように見えるかもしれないけどさ、心臓バクバクだから。


 綱渡りだよ。


 ……え?ホブノライヌはどうなったんだ?


 それはもちろん……


 爪を繰り出した姿勢で、凍り付いている巨大な狼。


 鍋の蓋に接触した瞬間にこうなったんだ。

 上手く行ったよ。


 ……さて。


 私は、帯に挟んでいたトンカチを取り出して……


 ガン、ガン、ガンと氷の像をぶっ叩く。


 あっけなく砕けて、元の形状を失ってしまう氷の像。


 ……なるべく隠蔽しておかないとね。あまり時間をかけてもいられないけどさ。


 出来る限り、この氷の塊がノライヌのなれの果てであると予想されないように砕いた後。

 私はまた、ランタンを持って進みだした。


 ……多分、そう遠くないうちにノライヌシャーマンが出向いてくる。

 側近が一匹帰ってこないのに、出てこないはずない。


 もしここで逃げる選択肢を取るなら、ろくでなしパーティの仕事が頓挫することも無かったんじゃ無いかな?

 少なくとも、様子を見に来る可能性がかなり高い。私はそう踏んでいた。




「……お前一人かワン?」


 来た。


 しばらく歩いて、声が聞こえてきたのだ。


 私はランタンを置く。

 この瞬間に襲い掛かってくることも予想していたが、来なかった。


 私が弱そうに見えるからだろうね。


 弱そうに見えるってことは、警戒を呼ばないってことでもあるはずだし。

 まぁ、警戒を呼ばない代わりに、戦いを引き寄せちゃうけどね。

 だって、弱いんだもの。勝てるんだもの。

 戦う選択肢を選ぶのを躊躇わせるマイナス要素が無いってことだよ?

 弱そうってのはそういうことなんだ。


「そうだよ?」


 私は正直に答えた。

 ここは嘘をつくより正直に答えた方が良いはず。


 だったら何で無事なんだ!?


 差し向けたホブノライヌはどうなった!?


 この疑念が湧くはずだし。


 この魔物が異能という才能について知識があるかどうかは分かんないけど。

 それはほんの一握りの人間が持つ才能のはず。


 普通、真っ先にその可能性を疑ったりはしないよね。


 一番疑われるのは、私が魔法使いであることかな?


 いや、伏兵の存在の方が「高い」かな?


 私が魔法で刺客を撃退してきたとしたなら、今この段階で逃げに移って無いの変だし。

 だって、普通使用回数打ち止めになってるだろうと思うでしょ?

 こいつ自身魔法使いなんだし。


 じゃあ、私は囮で、周囲に伏兵が潜んでる。

 差し向けた手下は皆それに殺られた。


 そう思うのが……って


 こちらに姿が見えてきたノライヌシャーマンを見て、私は驚いてしまった。


 緑色の狼……ノライヌシャーマンの傍に、2匹のホブノライヌ。そして……


 小柄な、おかっぱの女の子。私の友達。


 センナさんが居たからだ。


 彼女は、不安そうな顔をしていたが。

 私を見て、目を丸くして驚いていた。




「センナさん!?」


「クミさん!?」


「ほう……知り合いかワン。我が未来の花嫁よワン」


 センナさん、着衣に乱れも無い感じだし。

 無事みたいに見えた。


「センナさん!何もされてない!?」


「……なんとか」


 私の問いに。

 引きつった笑いを浮かべるセンナさん。


「……ちょうどいい。お前も我の花嫁の一人に加えてやるワン。友人丼だワン」


 ……えーと。

 さっきから、この犬、何を言ってるのかな?


「……明日の朝までに、このノライヌの花嫁になることを了承しないと、私、ノライヌたちに酷い目に遭わされてしまうの……」


 私が目を向けると、センナさんは引きつった顔でそう教えてくれた。


 ……えーと。


「このヤツフサの花嫁になる女は、自分の意思で我に股を開かないといけないワン」


 名前ェ……


 ……どうもこのノライヌシャーマン、魔物のくせに妙なこだわりがあったようだ。

 まぁ、そのせいで、センナさんが無事だったのは良かったけど……。


 しかし、何でセンナさんをここに連れてきたのか……?

 口ぶりからすると、私に対する人質にするつもりではないようだし……


 あ……


 そっか。多分、この「ヤツフサ」ってノライヌシャーマン……

 やっぱり群れのリーダーなんだ。


 で、おそらくセンナさん一人を砦に残すと、逃げられる恐れがあるか、統率から離れた手下がセンナさんに酷いことをしかねないから連れてきたのか……


 なるほど。


 ということは、ここの3匹をなんとかできれば、センナさんを救える!

 やれる!やれるよ!


「センナさん!」


 光明が見えた。

 だったら、教えてあげないと!


「私が必ず助けてあげるから!信じて!」


 ……一緒に、揺さぶりも込めた。




 あえて「私」という言葉を入れておいた。

 これをうっかり口を滑らせたと取るか、それとも、伏兵の存在を否定させるための嘘と取るか。


 そしてこういう場合、やはり外に意識を向けることの方が多いハズ。

 伏兵が、居るかもしれない、と。

 本当は居るのに居ないものとして対応する方が大変だ。

 それが通常の思考だろう。


 ノライヌシャーマン・ヤツフサは悩んでいるようだった。


 ワオワオ、ワオーン!!


 そして。

 私たちに分からないようにするためか、犬の吠え声で手下に何かしら指示を出している。


 その隙に。


 私は、背中にマントのように背負っている風呂敷の結びを解き始める。

 すぐにでも外して、使えるように。

 腰のポーチの結び目も解いておいた。


 私の方も準備しないとね。


 私は風呂敷の結び目に紛れ込ませておいた指輪を嵌める。


 ……よし。


 私は、飛び出した。


 デッキブラシを構えて。


 ウオオオオ!と雄叫びをあげんばかりに。


 一気に間合いを詰める。


 さぁ、どう出るか?


 予想しているパターンはセンナさんを人質に使う、正面から迎え撃ってくる、センナさんを置いて逃げる。

 この3パターンだった。


 連中、犬だから身体の構造上センナさんの腕を引っ張って無理矢理駆け出すとか、無理矢理肩に抱えて疾走とかできないし。

 基本的に「脅して、自ら歩かせる」以外にスムーズに人間を移動させる手段が無い。

 だからこういう場合、対処に困るはずだ。



 ならばとセンナさんを人質に取ろうにも、一体誰に対して呼びかけるのかで迷うだろう。


 目の前の私か。


 それともこの隙に何か仕掛けてこようと考えている伏兵か。


 そこで一瞬のタイムラグが出てくる……と思う。



 正面から迎え撃ってくる。

 このパターンが一番楽ではある。

 後半はタイミングを誤ると死の危険すらあるけどね。

 私の異能を見られてしまったら、最優先で殺すしかないって結論になるはずだし。



 しかし。



 連中は何もしなかった。

 だけど。


 私が振りかぶって叩きつけたデッキブラシの一撃は、横に飛び退いたホブノライヌに躱されてしまった。

 激しく地面を打ち付ける。


 ちっ!

 何か感じ取ったのかな!?


 でも!!


 転んでもただでは起きない!


 私は左手で、センナさんの手を掴んだ。


「走って!」


 センナさんの顔を見据え、そう願う。

 センナさん、素頭がいいのか、すぐに私の言葉に気づいてくれる。


 軽く頷きながら、言った通りにしてくれた。


 私も駆け出す。


 アオーン!アオーン!!


 背中から聞こえる雄叫び。

 迫ってくる気配。


 とてつもない恐怖が沸き上がってくる。

 でも……


 ここで踏み止まらなきゃ……勝てない!


 ここ!というタイミングを感じ取り、私は立ち止まり、センナさんを先に行かせて、振り返る。


 すぐそばまで、2匹のホブノライヌが迫ってきていた。

 その恐怖を覚えてしまう強大な体躯。獣の目。


 ……それに気圧されないように自分を奮い立たせて、事前に練習しておいた動作を繰り出す。


 背中に背負っていた。風呂敷。

 それをデッキブラシを捨てて両手で掴み、2匹のホブノライヌの前で広げた。

 端っこに石を縫い付けており、広げやすくなるように改造した風呂敷を。


 大きく広がった風呂敷は、私の手を離れて、ホブノライヌの鼻先に迫り……


(今だ!)


 次の瞬間、二匹のホブノライヌは凍り付いた。


「!!」


「!!」


 センナさんとヤツフサの、驚愕の気配が感じ取れた。


 ……風呂敷には糸を縫い込んであり。

 その糸は長く伸びて、私の今嵌めている指輪に繋がっている。


 つまり。


 糸を握ることで、風呂敷を握っているのと同じ状態になるようにしておいたのだ。

 そうすれば、風呂敷に触れたものを凍らせることが出来るから。


 広がった状態で投げ放てるように、改造を施した風呂敷に。

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