第10話 私が助けに行くからね。

「はあああああああ!?」


 その信じられない一言を聞いた私の第一声は、それだった。

 本当に信じられない。


 まともな人間のすることじゃないんじゃないの!?


「置いて来たって何!?あんたたち、センナさんを、私の友達をノライヌみたいな危険な魔物の巣に置いて来たって言うの!?」


 私がそう捲くし立てると、ゴミヤの奴は目を逸らしながら


「仕方なかったんだ……」


 ……手が出そうになった。

 何が「仕方なかった」よ!


 あんたたち、ノライヌがどういう魔物か知らないはず無いよね!?

 特に女!

 お前ら二人!


 同じ女として信じられない!


 何でお前らがここに居るわけ!?


 この世界の女の子は、必ずノラ系の魔物の危険性を教えられて育つんだよね!?

 連中、人間の女の子を使って繁殖するから!


 私がゴミヤの仲間のクサレマとブタメスとかいうろくでなし女二人を睨みつけると、二人も目を逸らした。


 ……こいつら……!


 激しい怒りが湧いたが、私は必死で自分を抑えた。


 こいつらから情報を取らないと、何も進まない……!


「……話して……」


「え……?」


 私はゴミヤを睨みつけた。

 ゴミヤの奴、気圧されていた。


「事の顛末を、洗いざらい話しなさい!今ここで!」


 拒否したら、役所に駆け込む。

 そしてその後、ありとあらゆる手段を用いて、こいつらを冒険者としてやっていけなくしてやる!!


 そういう思いを込めて、睨みつけた。


「わ……分かった……」


 ゴミヤは、声を震わせながら語り始めた……



 ★★★



 俺たちは、依頼されているノライヌの群れが棲み付いているという砦……スタートの街を西に1時間ほど歩いたところにある場所……に辿り着いた。

 話によると、ここにノライヌが20匹を超える数、棲み付いている、とのこと。


 通常のノライヌだけでなく、大きな個体……ホブノライヌも確認されたらしいから、気を引き締めないと……そう、肝に命じた。


 風下の方から、砦を確認する。

 俺らもプロの端くれだから、狼そっくりの魔物であるノライヌが鼻が利くことくらいは知ってる。

 風上に立つのは厳禁だ。


 砦は寂れていて、壁がところどころ崩れていたけど、まだ体裁みたいなものは整っている感じだ。

 門のところで、番兵と思われるノライヌが2匹、周囲を見張ってる風だった。


 茶色の体毛に、遠目だけど多分1メートル半くらいの体長……通常種のノライヌだ。

 倍の体躯……3メートル超あるホブノライヌじゃない。


 ……とりあえず、数を減らそう。


 まずはそこから。


 俺は弓を取り出した。

 仲間の二人も、俺に倣う。


 そしてキリリと弓を引き絞り。


 発射。


 矢は緩い弧を描いて飛んでいき。

 命中。


 良いところに当たったのか「ギャン!」という、悲鳴を上げた後、ノライヌ2匹は動かなくなる。


 よし。


 後は……


 仲間の悲鳴に気づいたのか。門に続々とノライヌが集まってくる。

 連中の知性は獣と一緒だから、矢の方向から敵の潜んでいる場所を素早く推理なんて真似はできはしない。


 今のうちに、なるべく削る!


 駆けつけてくる奴を射殺し、射殺し。

 続けていると、ヌッ、とでっかいのが出てきた。


 あ、ホブノライヌ……!


 俺は気を引き締める。

 一撃であれもやれればいいけど、仕留め損なえば、近接で仕留めるしかなくなるから。

 その場合、俺とクサレマでやって、ブタメスには変わらず射撃を担当してもらおう。

 その辺の打ち合わせは事前に済ませているが、確認のため二人を見た。


 頷いた。


 よし。


 キリリリ、ビュン!


 ドスッと矢が命中したが、ホブノライヌは倒れなかった。

 こちらに気づき、アオーン!と鳴いて、突っ込んでくる!


 来る!


 ブタメスに射撃を任せ、俺とクサレマは自分の近接武器を抜く。


 俺はバスタードソード。

 クサレマはショートソード2本。


 俺たちから数歩後ろで、今回の仕事について来てもらったセンナさんが、突っ込んでくるホブノライヌを見て怯えたような表情をしている。

 安心させるためにウインクをして俺は、剣を構えた。


「来い!」


 ホブノライヌは跳躍し、その爪を振り立てて俺に突っ込んできた。

 俺はその爪を切払うように袈裟懸けの斬撃を放った。


 ぎんっ!


 刃はホブノライヌの爪に当たって弾かれる。


 ちっ!

 足一本貰おうと思ったのに!


 けど!


 ざしゅっ!


 ギャンッ!!


 その隙に、ホブノライヌの懐に潜り込んでいたクサレマが、ホブノライヌの腹部をショートソード2本で深く引き裂いていた。


 魔物相手にタイマンでやる必要なんてない!

 効率よく倒せればそれでいいんだから!


 グルルルル……


 手負いになったホブノライヌを仕留めるために、俺は剣を構えて、向き直った。

 奴は自分の腹を裂いたクサレマと、剣を構えている俺とを交互に見据え、その両方に対応しようとしている。


 狙い目はどちらかに意識が傾いたときだが……あまり時間をかけても居られない。

 仲間が集まってくるからな。


 だから俺は、突っ込んだ。

 少し遅れてクサレマも突っ込む。


 タイミングをずらすのがミソだ。

 これがコンビネーションっていうものよ。


 奴はクサレマの動きに気づき。

 腹を裂かれた記憶からか、そちらに集中した。


 もらった!


 ……俺がホブノライヌを仕留める一撃を、ヤツの頭部に叩き込む寸前だった。


 俺が、横殴りの力でぶっ飛ばされたのは。


 え……?


 理解できなかった。

 体験したことのない攻撃だったから。


「……よくも好き勝手やってくれたワンね……」


 声が聞こえたんだ。


 俺と、クサレマと、ブタメスと、センナさん以外の。


 5つ目の声が。


 男の声に聞こえた。


 思わず、聞こえた方を見て……


 震えてしまった。


 そこには、緑色の狼が居たんだ。


 そいつが喋ってた。


 人の言葉を。


「……マーラ様の波動の奇跡の入りが甘かったみたいワン。まだ動けるようだワン」


 ……ノライヌシャーマン……!!


 魔法を扱えるノライヌの上位種……!!


 そいつは、左右にホブノライヌを2匹従え、俺たちに対峙していた。


 そして、俺たちを値踏みするように見て。


「……女が3人いるワン。女は苗床になるから、なるべく殺すなワン。男は殺していいワン」


 左右のホブノライヌ2匹にそう、命じた。


 俺は、弾かれたように立ち上がり、やつらに背を向けて全力で走った。


 ……絶対に勝てない!!


「ま、待って!」


 誰かのそんな声が聞こえたが、構わず走った。

 だって、死にたくなかったから。



 ★★★



「そして……気が付いたらセンナさんだけ居なくなってたんだ」


 辛そうにそうゴミヤが言うのを、私は殴りつけたい衝動を抑え込みながら見守った。


 お前に辛そうにする資格なんて無い。

 勝手に軽い気持ちでセンナさんを無理矢理引っ張り出して。

 挙句見捨てて逃げてきたんだから!!


「……最低ね。アンタたち」


 吐き捨てるように言ってやった。


「だってしょうがないじゃない!!」


 すると、金髪女……ブタメスが言い返してくる。

 乾いた笑いを浮かべるような表情で。


「私たち、ノライヌシャーマンと戦ったことなんて無いのよ!」


「そんなつもりなかったんだし!!」


 ツインテールのクサレマがその援護射撃に入って来た。

 全く、中身のない反論。


「……だから、素人の女の子を勝手に連れ出した挙句、見捨てて逃げてきたことが許されると?」


 そう言ってやったら一瞬怯んだけど。


「……か、勝ち目のない戦いをするわけにはいかないわ!」


「そ、そうよ!そうよ!」


 ……ああ、そう。


 一応、聞いてやる。


 このゴミヤ、とかいう奴に。


 こいつが男だったら、絶対に言わないはずだよね?


 下からゴミヤの目を見つめながら、なるべく声を抑えて問うた。


「……アンタも同じなわけ?」


「……は?」


「……おそらく負けるであろう戦いには、あらゆるものをかなぐり捨ててでも挑まないのが正しいと、そう思うわけ?……って聞いてんの」


 そしたらこいつ、目を逸らした。


 ……はい。確定。

 こいつ、男じゃ無いよ。


 私はこいつを男だとは認めない。

 自分で女の子を巻き込んでおいて、命を惜しんで、助けに行く戦いに出向かないような奴、男であるはずがない。


「負ける戦いをするのは馬鹿だと……思う」


 ゴミヤは目を逸らしながら、言いにくそうにそう言って来た。


 ああそう。

 それだったら。


「だったら、私は馬鹿になることにするわ」


 もういいや。

 こいつらからとれる情報は一通り取ったし。


 私は思考にモードを切り替えながら、その場を去った。


「……俺たちだって辛いんだ!!」


 後ろからそんな言葉が聞こえてきたけど。


 ……勝手に言ってろ!




 ……あのろくでなしたちは、勝ち目はないって言ってたけど。

 私は「勝ち目がある」と踏んでいた。


 理由は。


 ノライヌが、繁殖に人間の女を必要とする種だってことと。


 私が女であること。


 これだった。


 私は女だから、ノライヌたちにすれば生け捕りにしたいはずだから。

 だから、一瞬で命を奪われる確率が低い。


 そこに勝機がある、と思う。


 ……私には、触れたものを凍らせることが出来る異能がある。

 今まで生き物相手に使ったことは無いけど、多分、ノライヌサイズの生き物でも余裕で出来る。

 それについては、確信めいた予感があった。


 そして。


 ムジードさんに借りて読ませてもらった本の情報だけど、ノライヌシャーマンが扱うマーラの奇跡は


「波動:力の波動を飛ばす奇跡」


「治癒:傷を癒す奇跡」


「暗闇:触れた標的を盲目にする奇跡」


 このみっつ。一番警戒しなきゃいけないのは暗闇の奇跡かな?

 見えなくなったら治せないから、詰みだよ。


 で、使用回数はおそらく日に5回あれば良い方だろう。

 何故って、人間の場合でも、10回使えると「すごい」わけでしょ?

 ノライヌシャーマン、ムジードさんから借りた本の内容では、そこまで大きく扱われていなかった。


 そんな、人間でもトップレベルの魔法使いと同程度の回数、もしくはそれ以上、魔法が使えるのであれば、きっともっと大きな扱いになっていたはずだ。


 で、ゴミヤに対して適当に「波動」を使ったところから見て、使用回数1回はありえない。

 1回だったら切り札だし。いくら手下で強いのが危なそうでも使ったりはしないだろう。


 だから4~5回と踏んでおくのが良いんじゃないだろうか?


 ……私はそうやって、対ノライヌシャーマンの攻略法を考えながら、蕎麦屋のカムラさんへ足早に向かった。

 借りたいものがあったのと。


 お願いしたいことがあったから。




「そんな……!」


 私がろくでなしから聞いたことをそのまま伝えると。

 お父さん、気絶せんばかりに狼狽えていた。


 それに私は、胸が締め付けられて、ろくでなしどもへの憎悪が湧いた。

 許さない……あいつら……!


 絶対に償わせてやる……!


 でも、その前に


 ……もう遅いかもしれないけど、一刻も早く救出に向かってあげたい……


 だって、センナさんは友達なんだから……!


「せ、センナは俺が助ける!!」


 お父さん、店の奥から包丁を持ち出して、出て行こうとする。

 それを「落ち着いてください!」と私は身を挺して止めた。


「これが落ち着いていられるか!!邪魔しないでくれ!」


 俺がセンナを救いに行かずに、誰が行くんだ!とお父さんは叫んだ。


 それに、私はこう答える。


「私が行きますから!!」


 すると、一瞬ポカンとした感じでお父さんが固まるも、すぐに


「クミちゃんみたいな女の子一人で何が出来るというんだ!?」


 ……その言葉、来ると思ってました。

 だから、私は決めてたんです。


「ちょっと、見ててください」


 私はお父さんから離れて、店奥の厨房の、金属製の寸胴に近寄る。

 そこには、この店のそばつゆが入っていたんだけど。


 まだ、温かいそばつゆが。

 蓋を開けて確認。


 ……うん、まだ温かい。


 それを確認し。


 私は寸胴に手を触れ、お父さんが見ている前で異能を発動させた。


 パキン、という音とともに、温かいそばつゆが、一瞬で凍ってしまう。


「見てください」


 ……正直、大切なそばつゆを凍らせるの、どうかとは思ったんだけど。

 私の異能を正確に理解してもらうには、これがいいと思ったから。

 センナさんのお父さん、ゴメンナサイ。


 お父さん、目を見開いて驚いていた。


「私、ものを異能で凍結させることが出来るんです」


 だから、センナさんのお父さんが決死の覚悟で挑むよりは可能性あると思います、と続ける。


 お父さんは、言い返して来なかった。


 ……納得してもらえたんだろうか?


「それよりも……」


 そこで、私は伝えたんだ。


 お父さんにやってもらいたいことと。

 貸してもらいたいものを。




 そして。


 今、私は砦の傍に来ている。

 ノライヌシャーマンが根城にしている、っていう。


 風上、風下、分かんない。

 分かんないから、察知されることを前提で作戦を立てて来た。


 頭に兜代わりに鍋を被っている。取っ手の部分に紐を通し、顎紐代わりにした。

 首周りを厚手の布で覆い、致命傷を負いにくくしておく。


 右手にデッキブラシ。

 左手に、鍋の蓋。


 腰にポーチを下げてある。

 帯の間に、トンカチをひとつねじ込んで。


 着物の裾を上げ、動きやすいように膝まで露出。

 袖もまくり上げて、同じようにしておいた。


 背中には大きな風呂敷をマントのように背負ってる。

 四隅に石を縫い付けて、風には靡かないようにした風呂敷を。


 このいでたち。


 これが、私が考えた一番勝機のある装備だった。

 いや、本当に。本当だよ?


 ……センナさん……今、助けに行くからね!

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