第9話 謝って済む問題じゃ無いでしょう。

「神官の資格取得に打ち込むと、ウチの手伝いできなくなるかもしれませんので……」


 なんで神官の資格取らないんですか!?

 と、聞いてしまったら、センナさんはそう答えてくれた。


 ……あぁ、なんだか分かる気がする。


 多分、本当に神様の寵愛を受けてるのか色々判定するんだろうなぁ。

 でなきゃ、あの「神官=絶対信用できる」ってレベルの信頼度。

 出ないよね。


 もしかしたら、トリックで神の奇跡を装ってるだけかもしれないんだし。

 そりゃ、厳重に「見る」でしょうさ。


 無論、センナさんの魔法はホンモノ。

 それは疑いのないところだけど。


「分かりました。絶対に他言しないです。安心してください」


 私は誓った。

 これは破っちゃダメな約束だよね。


 人として。




 それから、さらにセンナさんと仲良くなっていった。

 秘密の共有が出来たからかな?


 休みの日だけでなく、仕事の出勤前に伺って、早めの昼食で蕎麦を食べるようになってしまった。


 センナさんの蕎麦屋は基本休みが無かったから、一緒に遊びに行ったりはできなかったけど。

 店に行くだけでも幸せな気分になれた。


 世間話なんかもするようになったし。

 すっかり顔なじみになった。


 やっぱ、人と繋がるってのは幸せなことなんだよね。

 センナさんとの仲は、得難い絆になるな。

 そう、思った。



 そんなときだった。


 この蕎麦屋に、新しい常連が加わるようになったのは。


 見たところ、冒険者だった。


 一人は旋毛の無い黒髪直毛の、頭にサークレットをつけた戦士風の男。

 防具は革鎧で、それを黒と茶色の丈夫そうな服の上に着用。武器はロングソード?かな。

 片手でも扱えそうだけど、多分両手でもいける感じ。

 そんな感じの長剣だ。

 顔は無鉄砲そうで、あまりものを考え無さそうな。

 勢いだけはある感じの若い男だった。


 もう一人は身軽な女軽戦士。

 ツインテールの黒髪で、腰にショートソードの鞘を2つ下げている。

 緑色の服の上に、簡素な革鎧を身に着けていた。


 最後の一人は女戦士。金髪で、ショートカットの髪型。

 赤い服の上にさっきの男と同じ程度の革鎧を着ていて、武装はロングソードと木の盾。

 剣の方はサーベルみたいな感じで、完全に片手用。

 三人の中では、一番装備にお金がかかってる感じがした。


 彼らは、私が休日に例によってセンナさんの店を伺っているときにやってきた。


 ガラガラ―ッと、店に入ってきて。


「かけそばください!」


「私も!」


「私も!」


 席について三人とも、かけそばを注文した。


 ……このときは私、彼らについて何にも思わなかった。

 思わなかったんだよ。


 目ェ、節穴。


 今はちょっと恥ずかしい。


「おまたせしました」


 センナさんがお盆に乗せて、三人分のかけそばを運んでくると。

 ずるずる蕎麦を啜って、一言。


「うまい!」


 ……男の方、騒がしいなぁ。


 自己主張が激しいんだろうか?

 正直、ちょっと苦手なタイプだった。


「ありがとうございます」


 センナさん。まぁ、客商売で飲食店だからだと思うけど。

 彼らに礼を言った。

 まぁ、当たり前の対応だよね。


 ここでスルーって、無い気がするし。


 すると。

 男の方、勝手にセンナさんの手を握って。


「俺の名はゴミヤ!」


 名乗った。

 別に聞いてないのに。


 そして、続けて、ツインテールを手で示し


「彼女がクサレマで」


「こっちの彼女が、ブタメス」


 はいはい。

 ゴミヤさんに、クサレマさんに、ブタメスさん。

 分かりました分かりました。


 ……センナさんが気の毒なので、私は途中から引き受けることにした。


「俺たち、冒険者チームを結成することにしたんだ!絶対に成り上がるから!」


 覚えておいてくれ!とでも言いたげ。

 センナさんとしては、そんなの別にどうでもいいんですけど、ってもんだよね。


 私は彼らに近づき、甕から3つ、アイスキャンデーを差し出して。


「冒険者をなさっているんですか?もう、お仕事は?」


 ニコニコしながらどうぞ、と言いつつ。


「……これは?」


 見たこと無いのか、ゴミヤと名乗った男はちょっと戸惑っている。

 アイスキャンデーを目にして。


「お蕎麦のつゆと一緒に味わうと、元々美味しいおつゆがさらにグッと美味しくなります。試供品です。タダでいいので是非どうぞ」


 慣れたもんで。

 試してもらえそうな言い方がちょっとだけ分かるようになった私。


「常連の、甘味処の店員さんです」


 そこにセンナさんの援護射撃。

 どうもです。


 で、受け取ってもらえて、ぼりぼりやりながらつゆを啜って


「おお!!温度差と、甘いのでつゆのしょっぱさが強調されてより美味く感じる!」


 ……やっぱちょっとうるさいなぁ。

 相性抜群だ、って言ってくれるの嬉しいけどね。


 まぁ、顔には出さないけど。

 こっちも客商売だし。別に侮辱されたわけでもないし。


「ありがとうございます。お褒めいただいて光栄です」


 深々。

 礼をしつつ、センナさんに話が向かないように


「お客さんたち、頼もしい感じですけど、ノラウシなんかを討伐されるんでしょうか?」


 駆け出し程度でそんなのありえない。

 ノラウシって、ミノタウロスのことだし。

 それは、ムジードさんの家で散々読んだ聖典の情報で分かってる。

 けど、こっちが「そんなことも知らないの!?」という雰囲気を出しておけば、語りたくなってくると思うんだよね。

 特に、なりたての駆け出しだったら。

 知らない人にモノを教えるのは快感だもん。


 で、そうやって私がセンナさんの面倒を引き受ければ、センナさんの負担が減るわけだし。

 このくらいお安い御用。


 すると狙い通り、ゴミヤ氏はちょっと照れ臭そうに


「……いや、まだそのレベルは無理……かな」


 はじめたばっかりだしね。

 ハハ、と笑いつつ。


「……私たちはまだ駆け出しだから『ノライヌ退治』がメインの仕事よ」


「冒険者やるなら、まずノライヌからはじめよ、っていうのは有名な言葉なの」


 ノライヌは年中湧いて、身近な脅威だしね。

 と。


 で、そこから武勇伝に話が発展。


 襲い来るノライヌをばったばったと斬り伏せて、巣を丸ごと全滅させたとか。

 仲間とのコンビネーションが決まりまくって、ワンサイドゲームだったとか。

 自分たちがいかに将来性あるかをアピール。


 ……まぁ、夢は大きく持たなきゃね。

 私もそうだから、そこは共感できるかな?


 まぁ、そのときはそんなに彼らに嫌な感じは持ってなかったんだよね。




 それからしばらくして。


 いつものように、お昼を食べに蕎麦屋のカムラさんの暖簾を潜ったら。


 センナさんがいない。


 ……おや?


「……お父さん、いらっしゃいますか?」


 そう、声を掛けると。


「……あ、クミちゃん」


 ひょっこり。

 奥から。


 居た。


 店主のお父さん、奥から出てきて、よく来てくれたね。

 そう言って来たのだけど。


 ……なんか、不安そうな色が見えた。


 大丈夫だろうか?

 ……それがなんか、センナさん不在と関係ある気がする……


「あの……」


「なんだい?」


 と、センナさんのお父さん。


「センナさんは?」


 いつも、無休で毎日働いているのに。

 何で今日に限って居ないんだろう?


 そう思ったから、聞いた。


 ……なんだか、胸騒ぎを覚えて。


 そしたら


「……センナなら、冒険者の人につれられて、ちょっと出てる」


 ものすごく心配そうに。

 お父さんはそう言った。


 ……え?


 お父さんは続けた。

 私が「何でですか?」と言い出す前に。


 ……どうも。

 こないだの駆け出しパーティに「センナさんが神の奇跡を扱える、実質神官と同等の人」ってことがバレたらしく。

 土下座する勢いで「今度、ノライヌの住み着いてる砦を大掃除する仕事を受けたから、回復役でついてきて欲しい」と懇願されたそうで。


 曰く「戦う必要ナシ。怪我したときの保険だ」「数が居るから回復役無しだと不安なんだ」「ついてくるだけの仕事で済むと思う。お礼も出すから」


 そう頼み込まれて。

 かつ、了承しなかったら、秘密をおおっぴらにばらされる恐れ。

 それを一番に危惧して「まぁ、ノライヌ退治くらいなら……」としぶしぶ受けた、とのこと。


「……なんですかそれ……?」


 理不尽にも程がある。

 土下座したら何でも通るとか思っちゃう連中だったの?彼ら?

 素人同然のセンナさんを冒険に連れ出すなんて……!

 メチャクチャじゃない……!


 お父さんの心配の様子……無理も無かった。


「あいつ、神官関係でウチの店の手伝いができなくなることを何より恐れてくれててね……」


 親冥利には尽きるけど、こんなことになるなら、別にウチの仕事を手伝ってくれなくても良かったんだが。

 不安だ……


 と、親父さんは絞り出すように言った。


 私も不安ですよ……大丈夫だろうか……?


「アイツが言うには、明日の夕方には帰ってくるって話だよ」


 そうですか……


 じゃあ、明日お店終わったら覗きに来ますね。




 そして次の日……


「こんにちはー」


 もう夕方ですけど。

 ギリこの挨拶かなと思いつつ。

 蕎麦屋のカムラさんを訪ねたら。


「……クミちゃん……」


 ……お父さんの顔を見て。

 私の背筋が寒くなった。


 その不安でいっぱいの顔。


 ……センナさん、まだ帰って無いの?

 なんで……?


 お父さんの顔色で、その予想は間違いないと思ったけど。

 一応、聞いた。


 聞かずには居られなかったから。


「……センナさん、まだなんですか……?」


 お父さん、青い顔で、頷く。

 そんな……!


「ああ……どうしよう……センナ……」


 お父さん、頭を抱えて、崩れ落ちんばかりだった。


 ……どういうことなの?

 簡単な仕事で、少々怪我する恐れがある程度って話じゃ無かったの……?


「もしあいつに何かあったら……死んだ女房に申し訳が立たない……!」


 大人の男のお父さんが。

 泣きださんばかりに心配していた。


 ……なんとかしなきゃ!


 そう、衝動的に思った。

 どうすればいいか、まるで考えは浮かんで無かったけど。


「センナさんのお父さん!私!」


 言い放つ。


 お父さんの視線を感じる。


 さらに、言って、私は店を飛び出した。

 返事も待たずに。


「私が探してきます!!」


 ……どこを探すのか、まるで分かっていなかったけど。




 どうしよう!?

 どうしよう!?どうしよう!?

 どうしよう!?どうしよう!?どうしよう!?


 焦りと心臓のドキドキが止まらない。

 怖くてたまらない。


 友達だと思ってた人を失うかもしれない。

 それが怖い。とても怖い!


 スタートの街を走りながら、私は考える。

 こういう場合、どうするのが正しいのか!?


 ムジードさんか、オータムさんに相談する!?

 二人とも、現役の冒険者だよね!?


 プロの意見を聞くのが、こういう場合、正しいんじゃ無いの!?

 経験値が違うんだもの!


 じゃあ、一回家に戻る!?

 オータムさん、今日居たっけ!?


 私は、そんなに性能がよくない頭をフル回転させて、センナさんを助けに行くにはどうすればいいかを考えた。

 走りながら。


 だから、一瞬、その目に映った光景を、脳内で処理するのにタイムラグがあった。

 ほんのコンマ2秒ほどだけど。


 私は、すれ違ったのだ。


 串焼きを食べながら、街角で佇んでいるあの駆け出し冒険者パーティに。


 ……ちょっと待った!




「あんたたち!!」


 私の声は怒声に近かった気がする。

 何であんたたちがここに居るのよ!?

 センナさんはどこに居るの!?


 私に気づいたのか、屋台のそばで串焼きを食べていたその三人は、焦りの表情を浮かべて。

 串焼きを投げ捨てて逃げようとした。


 私が誰だか気づいたんだろう。


 ……逃がすかッ!!


 だから大声で言い放つ。


「役所に駆け込もうかな!?」


 ……それで、連中の逃げ足が停止した。


 それで確信する。


 やましいことがあるんだ。

 間違いなく。


「……何で逃げようとしたのかな?アンタたち?」


 詰め寄って、そう問いかけると。


「悪かった……」


 ぼそり。

 リーダー?の若い男……ゴミヤが言った。


 その言い方。

 まるっきり、叱られた小さい子供のようだった。


「何が?」


 嫌な予感が湧いてくる。


 何故か居ないセンナさん。

 何故か居る駆け出しパーティ三人組。

 そして何故か私を見て逃げ出そうとし、役所の一言で足を止めた三人組。


 ……とてつもなく、嫌な予感がした。


「その……」


 ぽつりぽつり。

 言いにくそうに言ってくる。


 そして、最終的に吐き出された言葉に。

 理解不能で、血液が逆流するほどの怒りを覚えた。


「……あの子、砦に置いてきた」


 ……何ですって!!?

 ゴミヤはそんな、信じられないことを言ったのだ。


 ふざけんなッッ!!!

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