第8話 美味しくて居心地のいい蕎麦屋さんを見つけて
「あ?これを食べてくれ?やだよ」
「タダっておかしいだろ。変なもの入れてるんじゃないだろうな?」
「え?試供品なのに20えんとるの?え?タダだと怪しまれるから?……その一言で、絶対に食べたくなくなった」
……最初、全然食べてもらえなかった。
そりゃそうだよね。
口に入れるんだもの。
知らない子が「試供品でーす!タダでいいので食べてみてください~!」なんて言って、すんなりいくのは日本が治安良かったからなんだなぁ。
それを思い知ってしまった。
……ここ、油断すると女の子が攫われて、売春宿に売り飛ばされるようなこと、わりと普通に起こる場所みたいだし。
だったら、住人も用心深くなって当然だよね……。
私が後生大事に持ち歩いているこの甕。
甕の中にはアイスキャンデーいっぱい。
溶けないように、定期的に甕の底の塩水を凍らせて、内部のひんやりは維持している。
……うーむ。
こんなものまで開発したのに、全く食べてもらえない……
商売って難しいなぁ。
暗澹たる気持ちになりながら、お昼になったので昼食を取ろうと
「ソバのカムラ」と書かれてる、お蕎麦屋さんの暖簾を潜った。
隣にうどん屋さんがあったけど、迷わずこっちを選択。
……私、うどんより蕎麦の方が食べたかったんで。
というか、多分蕎麦の方が好きなんだろうね。きっと。私は。
外に手押し車を停めて。
甕だけもって入店。
「いらっしゃいませ~」
私が甕を抱えて、重そうにしていると。
店員さんの女の子が、さっと近寄って、手伝ってくれた。
……あ、この人、親切だ。
わりと幼い感じで、身長私よりちょっと低かったけど。
多分、この世界では成人してるんだろうね。
働いてるんだし。
白と青基調の看板娘スタイルで、蕎麦屋さんの店員をしてるその子。
髪型はおかっぱ。
……なんか、親近感湧いてしまった。
どうしてかは分からないんだけど。
「ご注文は?」
私が席に着くと、注文を訊ねてくれる。
最初は一番安いかけそばにしようかと思ってたんだけど、ここまでしてもらってそれは無いよね。
てんかすが入った、はいからそばにしておこう!
かけそばよりちょっと高い!
「はいからそば一つお願いします」
「わかりました~」
店員さん、奥に引っ込んで「はいから一丁」ってオーダーを通してくれる。
……全体的にすごーく親切な感じがする、いい店員さん。
休みの日のお昼は、もう毎週ここに通おうかなぁ?
ふと、そんなことを考えてしまった。
で。
(……ん?それって結構重要じゃない?)
また天啓?
またナイスアイディアが降って来た。
このお店の常連になったら、私のアイスキャンデーも食べてもらえるかもしれないし。
あの調子の店員さんだったら、きっと人気高いだろうし、口コミで「夏場にあったらいいかも」って噂を広めてもらえるかも……?
とまぁ、ちょっと褒められたことでは無いんだけど、打算でこの親切な店員さんのいる蕎麦屋を贔屓にしようと決めたんだよね。
最初は。
蕎麦が来て、一口食べたら、打算の要素がガクンと減ってしまった。
いや、純粋に美味しいから。ここの蕎麦。
香りも申し分ないし、茹でかげんも最高。
温蕎麦だけど、つゆもくどくなくていい感じだよね。
うん。美味しい。
通おう。決めた。
そして家に帰って。
オータムさんから借りている自室(和室)で、畳の上に横になりながら。
一人で今日あったことを考えた。
……あの店、あの後続々とお客さん入ってたよね……
まぁ、蕎麦の味は確かに良かったけど、私はあの店員さんの存在が大きいと思うなぁ。
考えてみればさ、蕎麦以外にも美味しいものなんて他にもあるわけだし。
いくら蕎麦の味が良くても、店員さんの接客がダメダメだったら「こんな店二度と来るか!」ってなっちゃうよね。
それに、調べてないけど、お蕎麦屋さんがあそこ一軒ってことは無いと思うし。
味があの店に迫る店だって、きっとあるはず。
本業の「蕎麦の味を高める」は無論重要だけどさ。
接客の果たす役割、大きいよ……。
今日はあの店で、それを勉強させてもらった。
で。
私の事だけどさ。
アイスキャンデーを売っていくにあたり、まず試食してもらおうとして失敗しまくってるんだけど。現在。
そこを改善するために、何をするべきか……?
……お色気で攻める?
もう、太腿出しまくりで、胸の谷間見せまくり。
そんで媚びるように猫撫で声出して「食べてくださ~い」
……
………
自分が今着ている町娘スタイル和服の胸のあたりを引っ張りながら、そんなことを考える。
……あー、いやー。
誇るほどすごい身体してないしな。私。
そんなんできわどい格好しても、馬鹿にしてるの?って思われそう。
……その前に、きわどい格好して人前に出る度胸があるかどうかって話だけどね。
それに、ひょっとしたらそれも「混沌神官の疑いあり!」ってしょっ引かれる原因になりかねないかもだし。
やめといた方が良いよね。
あれから、オータムさんにこの世界の常識を少しずつ教えてもらってるけど。
混沌神三柱の信徒である神官……混沌神官の扱いについては特に念入りに教えてもらった。
基本、人間扱いされないらしい。
混沌神官であること明らか、ってなると、裁判なしで処刑だって。
で、打ち首獄門。
怖すぎる……
私がそんなことも知らないので「……クミちゃんが育ったニホンって国、神様どうなってるの?」と怪訝な目で見られてしまった。
人間として信用はしてもらってるみたいだから、私自身が疑われることは無かったけど。
もし、オータムさん以外の人に同じことを聞いていたら、私、しょっ引かれてたかもなぁ……。
はやく、足りない常識を埋め合わせて、この世界に馴染まないとね。
で、休みの日のアイスキャンデー行脚で、昼食時に通う事数日。
毎回、甕を持っているので、ある日
「お客さん、いつも甕を持ち歩いてらっしゃいますが、何を入れてらっしゃるんですか?」
……私的に「待ってました!」って質問を、店員さんにしてもらえた。
「実は、新作の夏用お菓子なんですけど、新しすぎて夏本番にいきなり売り出しても売れないと思ったんで」
言いつつ。
自分の席の足元に置いた甕を開けて一本取り出した。
「……宣伝でタダで配って歩いてるんです」
そして差し出す。
食べてみて、とは言わなかった。
強制されたみたいに思われて、警戒されてもあれだし。
「えっと……」
店員さん、ちょっと驚いていたけど。
「貰ってよろしいんですか?」
「是非」
こくん、と頷いた。
ドキドキだ。
一応、こんなんでも私の作品だしね。
店員さん、おっかなびっくりで私を見ながら
こうするのが正しいの?っていう目で。
ぼりん、とひと齧りしてくれた。
ぼりぼりぼり
「……どうでしょ?」
「とても冷たくて、硬いですね。味はいいと思います……」
うーむ。
わりと高評価?
でも。
続く言葉に驚かされて、その嬉しさは吹っ飛んでしまったけど。
「……おじさんおばさんだと、歯に染みるんじゃ無いですかね」
「一緒に熱いお茶があると、お茶が進むかも」
「……ウチだと、温かいお蕎麦を食べ終わった後に、残ったつゆのおともにすると、甘いのと冷たいの、温かいのとしょっぱいのとで、いいかもしれません」
……おおお。
こういうコメントがもらえるとは……。
「ありがとうございます!参考にします!」
私はペコペコ頭を下げた。
本当に貴重な意見だと思ったからだ。
コラボって視点が欠けてたなぁ。
アイスクリームに近いものをこの世界で作り出す。
そればっかり考えてて。
「ええと、お名前は?」
この恩人の名前を知らないなんてありえないでしょ。
そう思ったから、当然名前を聞いた。
店員さん、戸惑っていたから、ああ、と思い直し
「私、クミって言います。本業甘味処のウエイトレスですけど、新しいお菓子を開発して一山当てようってしてるんです!」
今日の貴重なご意見、ありがとうございました!
店員さんの手を握って、本気の感謝を伝えた。
すると。
「私はセンナ、って言います。一応ここの蕎麦屋の娘です」
愛想よく笑って、その店員さん……センナさんは私に名前を教えてくれた。
センナさんかぁ。
そして。
試験的に、温蕎麦を食べた人に配ってみたら概ね好評で。
「アイスを齧った後に温かいそばつゆを啜ると、倍ほど美味く感じる!」
だとか。
「歯に染みるけど、その後にそばつゆで癒すのがなんか気持ちいい」
そんな感じで、喜ばれた。
そして。
その縁で、他の店でも試供品アイスキャンデー、受け取ってもらえるようになった。
この店で、私の顔とやってることを覚えてもらった結果だ。
これなら、夏になったらそれなりに売っていけるかも?
無論、どれだけ売れても、改良は必須だけどね。
―――ここでいいや、って思った瞬間が転落の始まり。
一瞬、顔の見えない男の人に、私がそう教えられてる様子がフラッシュバックしたけど。
私はやっぱり、それをすぐ忘れてしまった。
皆努力してるんだから、ここでいいやって思って、改善改良をやめてしまえば、もう後は追い抜かれるだけなんだよね。
だからどんだけ結果が良くても反省はしなきゃいけないし、改良もしなきゃいけない。
開発は、終わりのないマラソンなんだ。
これで満足せず、頑張ろう!
……ああ、もちろん、漢字をこの国に広めるためですよ?
成り上がりを狙うのはそのための手段。
それは忘れてはいませんよ?
そんな、ある日のことだった。
いつものように、休日に昼ご飯を食べにセンナさんのお蕎麦屋さんに行ったら。
甕を持ち込んでるときに、うっかり手を滑らせて、甕を盛大に割ってしまった。
……4000えんの甕が……!!
粉々……!
いやいやいやいや。
そうじゃないでしょ!
「すみません!!」
中に、アイスキャンデーと、塩水入ってるからさ。
店が汚れるわけよ。
まあ、おかげさんでアイスキャンデーは普通に配れるようになったし。
だからアイスキャンデーのばらまきは少なかったし。
加えて塩水の方は、定期的に再凍結かけてるんで、水が店にぶちまけられる被害はほどほどだったけど。
だからといって。
それを放置して、甕の値段でショック受けてる場合じゃ無いよね。
「大丈夫ですか!?」
センナさんが飛んでこようとしてくれたけど。
私はその前に破片をいち早く片付けようとした。
この店を出入り禁止にされるの、絶対に嫌だから!
アイスキャンデーの商売の問題もだけど、センナさんとの縁が切れるのが何より嫌だ!!
で、ちょっと慌て過ぎて。
「痛ッ!」
……手を切ってしまった。
甕の破片で。
身を屈めて破片を素早く拾おうとして、やっちゃった。
「クミさん大丈夫ですか!?」
センナさんが私の手をとって、傷を確認してくれた。
甕の破片で切った個所は血は別にビュービュー出てなかったけど。
結構深く切れていた。
右手の人差し指の指先だ。
正直、結構痛い。
「ああ、別に大丈夫です。できれば襤褸切れを一枚いただけますと嬉しいんですけど」
私はそう、やせ我慢して平気な顔の努力をして言うと。
「ちょっと待ってください」
センナさんはそんな私に。
目を閉じて。
「……メシア様、この人の傷を癒してください」
そう、呟いてくれた。
最初、意味が分からなかった。
自分が何をされたのか、理解できるときはその一瞬後に訪れる。
ポウ、と怪我した私の指が輝きだし。
なんと、そのまま指の傷がみるみる塞がり、消えてしまったのだ。
「……これで大丈夫です」
フゥ、とセンナさん。
そこで、気づいた。
……あ、そうか。
これ、魔法なんだ……!
これが、自分の目で魔法というものの実演を見た最初の事だった。
この世界にやってきて、神官を名乗る人には2人も出会ってるけど。
日に多くて10回しか使えないような技、興味本位で「見たいから見せて欲しい」なんて言えないし。
見たこと、無かったんだよね。
……すごいな。魔法。
完全に傷が消えてるや……。
しげしげと、自分の指を見つめる。
そして、はた、と思った。
「センナさん……神官だったんですか?」
今さっき、メシア様、って言った!
じゃあ、センナさん、メシアの神官なの!?
その質問に、返って来た答えは。
「あ、神官の資格は取って無いんですけどね」
魔法だけ、使えるんです。
日に、2~3回程度ですけど。
ようは、メシアの奇跡を起こせる魔法が使えるようになったけど、神官の資格取得?みたいなものはしてないと。
そういうことらしい。
「……話が広まると面倒なんで、黙ってていただけると助かります」
そう言って、センナさんは微笑みかけてくれた。
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