2章 現代知識無双に挑戦してみたら。
第7話 アイス売りの少女
真昼間。
私はオータムさんの家の庭で、眼鏡も掛けずに、胸周りと腰回りを赤い布で隠しただけの格好で、佇んでいた。
……あ、履物として、草履は履いてる。裸足じゃない。言い忘れてた。
まぁ、裸同然なのは変わらないけど。
気温はそんなに低くないので、寒くは無いのだけど。
ここまでしないと耐えられないほど、暑くも無い。
じゃあなんでこんな格好を?
ついに露出趣味に目覚めちゃった?
そんな大して誇るほども無いボディで?
自惚れてない?
……いやいや違うから。
そんなこと思って無いから。
これには理由がある。
私は踵で地面を踏み鳴らす!
するとピキッ!と冷たい音が鳴り、私の後方地面が扇状に数メートル、凍った。
それを確認し、続いて私は傍に置いておいた水を張った桶を、頭の上でひっくり返し。
ザバーッ。と水を被る。
当然だが、ずぶ濡れだ。
そこで。
「うりゃあ!」
気合を入れる。
すると。
ビキキッ!
私の身体を濡らしていた水が全て凍り付き、薄い氷に変化。
それが私の身体の動きで割れて、剥がれ落ちて。
ほぼ瞬時に、乾いたも同然の状態になる。
よっしゃあああ!
オータムさんの勧めと指導の下、目標の状態に到達!
これで、前みたいなことになっても逃げられる!
思わずガッツポーズをとって、喜んでいると。
「クミ様、おめでとうございます」
脱いでた服を預かってくれてたセイレスさんが、私に眼鏡を持ってきてくれた。
まずはそれが最初だって理解してくれてるセイレスさんの気遣いが嬉しい。
「どうもですセイレスさん。お忙しいところ感謝です」
ホントそれ。
私が庭で服を脱ぎだして、眼鏡も外して修行の成果を試してみようとしてたら。
「クミ様。お召し物一式をお預かり致しますね」
と、預かってくれて、見守ってくれた。
ホントありがたい。
で。
セイレスさんに見守られる中。
いそいそと、服を身に着け。
この街で普段着にしている時代劇の町娘スタイルに変身。
出来た!
技が出来た!
異能使いとして、目標にしていたところに辿り着けた私は、はしゃいでいた。
これで……
もうひとつの、やりたいことが出来る!
私は、その日、キッチンをお借りして。
やりたいことをやろうとしていた。
牛乳。
卵。
砂糖。
この材料で、アイスクリームを作る!
……本当は牛乳じゃ無くて生クリームが欲しかったんだけど、生クリームってのがここで使われているクリームと同じものなのかの知識が無くて、区別がつかないのと。
出来ることなら無調整の牛乳で作った方が、安く上がるし。
これでやれるならこっちでやった方がいいんじゃ?と思ったので。
道具も借りた。
木製のボウル。
木べら。
……確かアイスって。
生クリームを泡立て器で、卵白を取り除いて卵黄だけにした卵、砂糖と一緒に混ぜて、そのまま凍らせれば出来たよね?
……一瞬、幼い私が、顔の見えない大人の女性と一緒に、笑顔で電動の泡立て器で、生クリームと卵黄、砂糖、バニラエッセンスを混ぜている光景がフラッシュバックした。
だが、私はすぐにそれを忘れてしまった……。
泡立て器、この世界にあるかどうか分かんないから、セイレスさんには聞かず、ヘラで代用しようと思った。
混ぜるだけだし。とりあえずこれでやってみよう。
どうしてもだめなら、探すか、作ってもらうかしてみるかな。
それぐらいの軽い気持ち。
で、まずは卵だ!と卵を割ろうとしたら……
……あ。
重大なことを思い出してしまった。
そういや。
元の世界でも、卵を生で食べて平気な国って、日本ぐらいしか無いんだっけ?
確か、そんなことを誰か言ってた気がする。
……サルモネラ対策で、ワクチンを打ってるんだよね?
日本のニワトリ。
で、海外はそんなことをしてないから、基本は加熱しなきゃなんないとか。
……どうしよう。
生卵使ったら、危険じゃん……!
全然簡単じゃ無いよ……!
冷凍したら、サルモネラ菌も死ぬのでは?
なんてちょっと考えたけど。
そういえば、冷凍食品でサルモネラ菌に汚染されていた、って話を小耳に挟んだ覚えがあった。
無論、元の世界の記憶だけども。
……じゃあ、冷凍じゃダメじゃんか……
食中毒なんて出したら、商売一発アウトだよ……!
どうしよう……!?
ひとつ、確実なのは。
加熱したら死滅するって話は間違いないんだよね。
これは確実に聞いた覚えある。
だったら、卵黄を使う前に加熱したらいいの……?
いやでも、そんなことをしたら、卵黄、固まるよね……?
そこで、ハタと気づく。
あ……そっか……!
牛乳とよく混ぜた状態で、加熱したらいいんだ……!
そしたらきっと固まらない!
ちょっと待って!
これ、天啓じゃない?
そのために必要なのは……
私は、キッチンを出て、セイレスさんを探しに行った……。
結局。
泡立て器があるかどうかの確認と。
あと、金属製の片手鍋をお借りできるかどうか確認。
あと、庭で焚火やっていいかの確認。
ごめんなさい!点火時と、終わった後の火の始末の時は確認をお願いします!
お忙しいの分かってますけど!
火を使うのに、勝手にやって火事を起こしたら洒落になりませんので!
……ガスと違って、種火使って火をつける竈だもんねぇ……。
結論から言うと、泡立て器はあって。
鍋も借りられた。
加熱するつもりなら、泡立て器で完全に混ぜないと、卵にムラができて、加熱時に凝固する部分できそうだったし。
で、完全に準備して、いざ加熱。
庭でキャンプみたいに薪を組んで、点火。
ここは上手い具合に行ってくれたけど。
ガスみたいに火加減の調整ができないから、鍋の距離を調整して調整。
……非常にやりにくいけど、しょうがない。
ゴオオオ、と燃え上がる炎を見つめつつ。
ガスコンロってすごい発明だったんだなと。
身をもって体験することになった私。
元の世界に居たときは、多分何も感じてなかったんだと思うんだけども。
鍋が噴きこぼれないように注意を払いつつ、熱が均一になるように木べらでかき回しながら全ての材料をミックスした牛乳を加熱した。
およそ5分ほどやっただろうか?
確か2~3分加熱したらサルモネラ菌は死滅するとか聞いた覚えあるので、そこで火を下ろした。
あまり加熱し過ぎて牛乳が変質してしまったら困るし。
で。
粗熱を取って、手で触れるくらいに冷めたのを確認したら。
私は片手鍋に触れて『異能』を発動させた。
ピキッ、と音を立てて、鍋の内容物が凍った。
よし。成功!
全身の温度をドライアイス程度まで下げる技の応用かな。
意識する問題か、発動個所を絞ると異能能力の威力が跳ね上がるみたい。
温まっていたミルクの混合物が、一瞬でこの通り凍ってしまう。
コンコンと、指で触ってみた。
……うん。凍ってる。凍ってるけど……
ちょっと、硬すぎない?
アイスっぽくないよ。
これ、アイスキャンデーじゃないの?
鍋の中身を、お皿の上にあけてみた。
逆さにして、鍋のおしりをこんこん叩く感じ。
すると首尾よく剥がれ落ちてくれたので、それをちょっと行儀悪いけど、手で割って、口に放り込んだ。
バリバリボリボリ
噛み砕く。
冷たい。
固い……
あのふんわり食感、無いなぁ……
味は悪くないんだけどね。
アイスのコクみたいなもの、ちゃんとあるし。
ただ、これはアイスクリームじゃ無いなぁ……
あのふんわり食感、どうやったら出るんだろ?
……あれかな?
一気に凍らせるのが良くないのかな?
木べらを冷たくさせて、それで徐々に固まる感じにすれば、あるいは……
ちょっと、そういう方向で異能の方も伸ばしてみるかなぁ?
直接手で無く、手で握った道具越しに、異能を発現できる、みたいな。
道を凍らせる技だって、草履ごしにしてるわけだし。
多分できるでしょ。
……結論から言うと、それでもやっぱり何か上手く行かなかったんだけど。
ちょうどいい感じに冷やせなくて。
……でも後で、このときにやったアイスづくりを念頭に置いた異能の特訓が役に立つことになるとは、この時は夢にも思わなかった……。
で、最終結論として。
木の棒に、固いアイスをまとわりつかせた、アイスキャンデー。
この形式で売ってみようと思い
家主のオータムさんと、普段お世話になってるセイレスさんに、試食してもらおうと思った。
キッチンで。
お二人に出来立て試作品を1本ずつ渡して。
食べてもらった。
見たこと無いものだからなのか、ちょっと珍しそうにしている二人。
そして。
ボリボリボリ……
食べてくれたんだけど。
二人とも、難しい顔をしている。
「……どうですか?」
ちょっと、ドキドキする。
色よい返事、貰えるだろうか?
「ん~」
先に全部食べ終わったオータムさんが、腕を組んで言い辛そうに。
「……まずくは無いんだけど」
……ですか。
つまり、特においしくはないってことですね?
まずくはない、ってそういうことですもんねぇ……
「……ちょっと水っぽい気もします」
セイレスさん。
普段料理する人だからか、セイレスさんのコメントは厳しかった。
ソウデスカ……。
「あぁ、でも」
私がショックを受けていると思ったのか。
オータムさんがフォローを入れてくれた。
「もうすぐ夏だし」
夏の間だけなら、売れるかもしれないわよ?
だって、ただのかち割った氷が売れるんだし。
……少なくとも、ただの氷よりはオイシイ。
それが、私の頑張って作ったアイスキャンデーの評価だった。
……商売って、やっぱ難しいんですね。
甘く見てましたよ……!
現代知識があれば、あらゆる分野で無双できるなんて。
甘いんですね……!
アイスクリームで財を成して、成り上がろうなんてちょっとだけ考えてましたけど!
甘かった……
アイスだけに……。
働かせてもらってる甘味処の店主さんにお願いして、夏の間だけ商品にアイスキャンデーを加えてもらえないかをお願いしてみた。
一応、試作品も渡して。
食べてもらった感想は
「ん~クミちゃんには悪いけど、これは暑くならないと商品にならないねぇ」
……やっぱり手厳しい。
暑くないとお金払ってまで食べたくないってこっちでも宣言された……
でも、店主さんは優しくて
「とりあえず今年の夏にちょっと様子を見てみようか」
「ダメだったら来年からは悪いけど……」
いえ。
試しに売ってもらえるだけでありがたいです。
頑張ります!
オータムさんのところでご厄介になるようになってからも。
毎週げつようからきんようまで正午から夕方まで働く生活は相変わらず。
お給料はちょっとだけ上がって、時給1000えんから1050えんにアップ。
結果として、月給一か月12万えんから12万6000えんにアップ。
前は自活するためにお金を稼ぐことに集中してたけど。
今は夢を叶えるため、お金が必要になってきてる。
成り上がって、この国の王様に直接問題なくお話が出来る地位になる、っていう。
だからこれでは全然足りてない。
だから。
なんとか当てたいなぁ。
私のアイスキャンデー。
そこで考えたんだけど。
夏が来る前に、ちょっと、試供品を配って歩いてみようかな?
そしたら、夏が来た時に
「あぁ、今ならアレを食べたいかも」
って思ってもらえるかもしれないじゃん。
そこでこの夏だけでも当てれば、さらにこのアイスに改良を加えていくための資金は手に入るかもしれないし。
今は氷よりはオイシイかもレベルだけど、いつかは「冬にでも火にあたりつつ食べたい」って言われるお菓子にしてみせる!
……と。
うっかりアイス売り業者に宗旨替えしそうになってしまったけど、私の目的はあくまで「漢字をこの国に広めること」
そこのところ、忘れないようにしなきゃ。
危ない危ない。
アイスを配って回る。
そのために、ちょっとまた知恵を絞った。
具体的には、クーラーボックスの開発。
でないと、アイス溶けちゃうし。
いかにしてクーラーボックスにするか?
保冷剤、無いからね。
ここはしょうがない。
気にはなったけど、氷を活用した。
大きな甕を買ってきて。
下にすのこみたいなものを入れて。
その下に、水を張った。
それなりの量を。
無論塩も混ぜておく。
こうしておけば、水の凝固点が下がるはずだから、より冷たくなるハズ。
で、
それを私の異能で凍らせる。
定期的にこれをやれば、甕の内部はかなり冷たくなるハズ。
夏本番にどれほどの効果あるか分かんないけど、全く効果が無いなんて、そんなことはない……ハズ。
……なんか「ハズ」が多いなぁ、
まぁ、それ以外言えないんだけど。
だって、確証なんて無いもんね。
あとは運搬手段。
台車があれば完璧だけど……無ければ大八車的なものを引っ張るかな……?
おそらく、今までの人生、多分元の世界に居たときを含めて、一番頭を使った気がする。
で。
本来は土砂を運ぶ用の個人用手押し車を譲ってもらい、そこに甕を積み、私は休みの日に甕に入れたアイスを、酒場だとか、食事処だとかで配って歩いた。
そのときに、私はあの子と出会ったんだ……。
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