第5話 異能使い/魔法使い
「ありがどうごじゃいまずぅぅぅ!!わだじ、わだじぃぃぃぃ!!」
泣きながら感謝をしてしまう。
私を助けてくれたその黒衣の女性に、私は歩み寄って、手を握って頭を下げ続けた。
別にオーバーなことをしたつもりは全然ない。
地獄に堕とされる寸前で助けてもらえたんだもの。
これぐらい当然だと思う。
でも、その女性の方はそこまで感謝してもらえると思って無かったのか、だいぶ戸惑ってた。
「分かった!分かったから落ち着いて!」
私のことをギュっと抱いてくれて、落ち着かせようとしてくれる。
背中を撫でられたら、私の昂りも徐々に落ち着いてきて。
怖かったね、怖かったね、と言われると。さらに落ち着いた。
で。
「……あの、お名前は?」
まともに話ができる状態になったので、眼鏡を外して涙を拭い、私はその女性の名前を伺った。
是非ともお名前を知っておきたいと思ったので。
そしたら
「オータムと名乗ってるわ。一応、冒険者で食べてる」
キリリ、という感じで名乗られた。
うん。かっこいい女の人。
見た目もだけど、振る舞いが。
「オータムさん……一生忘れません!!絶対にこのご恩をお返しします!!」
私の脳内のメモ帳に、赤字で記入。
その下にカラーマーカーで線も引いておく。
……で、ちょっと気になったことがあったので、聞いてみた。
助けてもらっておいて、図々しいかな?って思ったけど。
また、会えるとは限らないんだしね。
さっきも言った通り、このご恩は返したいけど「そんなの良いから」って言われちゃって、それっきりになってしまうかもしれないし。
だから……
申し訳ないですけど……どうしても知りたいんです……
もじもじしつつ、聞いた。
「先ほどの技……魔法か何かなんでしょうか?」
さっき、髪を操って男二人を撃退したあの技。
あれ、どう見ても普通の人間が修行によって身につけられるレベルを超えてるし。
で、これまでのムジードさんから借りた本での勉強によって、どうもこの世界には魔法めいたものが存在している。
それだけは分かっていたから、さっき私が目にしたものこそ、その魔法めいたものなんじゃないの?
そう、思ったんだ。
そしたら
「あ、さっきの?」
何でもなさそうにオータムさんは答えてくれた。
「これは違うかな。これは『異能』……一応、魔法の方も使えるけどね」
後半の方はちょっと照れ臭そうだった。
自分の能力自慢をしているように思っちゃったのかな?
でも、興味を引く内容。
「……その、『異能』って言うのと、魔法は違うんですか?」
「うん。違うよ?アナタ、知らないの?」
珍しいものを見るように、オータムさん。
「……お恥ずかしい話ですが……はい。そうです」
ペコペコ頭を下げた。
この世界の一般常識に早く追いつかないといけないよね!
すみません!教えてください!
図々しいの、百も承知ですけど!
オータムさんは本当に親切で。
私のそんな我儘なお願いを、聞いてくれた。
ありがとうございます!
ちょっとテレながら、教えてくれた。
「二つとも、体内の魔力を消費して、普通の生身の人間に出来ないことをやる力だけど……」
ここで一拍置いて、強調して
『異能』は、自分で行使する力。
『魔法』は、他の存在に魔力を差し出して、行使してもらう力よ。
そう、オータムさん。
ちょっと、飲み込むのに時間が掛かったけど……
それはつまり、その二つを商売に例えたら
『異能』は自社営業。
『魔法』は外注。
そういう感じなのかな?
自社営業とか、外注って言葉が通じないかもしれないので、自分が抱いたイメージを言葉に表して確認したら、大体合ってた。
この世界で『魔法』とは、精霊とか、神様にお願いして起こしてもらう超常現象のことを指すらしく。
お願いを聞いてもらえる立場になれば、基本的に誰でも行使できる力らしい。
そのお願いを聞いてもらえる立場になるために、精霊の場合は『契約』が必要で、神様の場合は、その神様に愛される生き方をしていないといけないそう。
だからまあ、神の奇跡を起こす魔法が使える存在……つまり神官は、まず無条件で信頼されるそうで。
だって、神様に愛されている動かぬ証拠だから。
悪人のはずがない、って。
……その辺もあるのかもしれないね。ムジードさんが近隣住民に評判良いの。
無論、それだけじゃないんだろうけどさ。
……ちょっと、話がズレちゃった。
話を戻して……
で、お願いするために……
制約が3つあるらしい。
ひとつは、お願いを口に出すこと……つまり、呪文を唱えないといけないことと。
ふたつめはお願いする立場なので、その内容に細かい注文がつけられないこと。
あとみっつめ、『異能』と比較して、魔力の燃費がかなり悪いこと。
呪文が唱えられない状況……つまり、口を塞がれてしまうと、魔法は使えなくなる。
なので、魔法が使える犯罪者は、猿轡を常時噛まされてしまうらしい。
……ご飯のとき、どうするのかな……?
ちょっと思った。確認はしなかったけど。
で、そして細かい注文がつけられないから、例えば炎を剣にコーティングして、炎の剣を生み出す魔法を応用して、その要領で自分の全身を炎でコーティングしてくれとか。
そういうお願いは出来ないらしい。
決まり切ったことしかやってくれないんだ。セット注文ってことなんだね。
みっつめは、頼まれる方も慈善活動じゃないってことなのか。
精霊は兎も角、神様まで見返り、求めちゃうんだね……。
お願い聞いてあげる代わりに、余分に魔力を渡してね、って。
で、そのせいで。
魔法使いは、魔法を日に多くて10回くらいしか使えないんだって。
それでも十分強力だそうだけど。
で、『異能』の方は。
これはほぼ先天性のもので、努力でどうにかなるものでは無いらしい。
使える人は何の努力も無しに、いきなり使えるようになるそうだけど、使えない人はどんな努力をしても一生使えない。
内容も選んだりはできないみたい。
異能が使える一握りの人は、それそれ「割り当てられたもの」を、目覚めたときに感じ取るらしく、その割り当てられたものの範囲内で、自分の異能を磨いていくそうな。
異能の利点はみっつ。
1)自分の力なので、呪文を唱えなくていい。意識があればいつでも使える。
2)魔力の消費が圧倒的に少ない。
3)本人の発想と、努力次第で細かい調整が可能。
ちなみに、オータムさんの異能は「自分の身体を自由自在に操れる」だそうだ。
その気になれは、腕を伸ばしたり、骨格を捻じ曲げて、窓の隙間から住居に侵入することもやれる予感がするらしいけど。
「私だって女だから、自分の美観を損なうような技、あまり磨きたくないのよ」
……髪を自在に操れるようにしたのは、考え抜いた末に見出した結論、とのこと。
「髪だったら痛覚も無いし、操ってる姿の見た目も悪くないしね」だって。
その言い方が気取って無くて、なんだか笑えた。
ちなみに最初からここまで操れたわけじゃないそう。
そうしようと思って、修行を積んだ結果らしい。
入門については努力なしで認められるけど、その後は努力を要求されるってことなんだね。
なるほどなるほど。
と、説明を聞いて、色々納得していた時だった。
……私は、気づいてしまった。
オータムさんの背後から、バットみたいな太い棒切れを振り上げて、襲い掛かろうとしてる男が居ることに。
……さっきの、私を騙して売り飛ばそうとした若い男だった。
そいつ、オータムさんの頭を、後ろからその棒切れでカチ割る勢いで振り下ろそうとしてる。
歯をむき出して、目を血走らせながら。
オータムさん、語りに夢中になってるのか、気づいて無いように思えた。
叫ぼうと思ったけど、それじゃ間に合わない。
それを直感で分かってしまう。
叫んで、気づいて、脳内で情報を整理し、的確な対処をする。
そのプロセスを踏んでる時間が、そもそも無い!
どうしよう!?
私は思った。
嫌だ!この命の恩人同然の人を、目の前で殺されるなんて!!
……無意識に、両手を突き出していた。
そこに壁でも作り出して、オータムさんの背中を守るみたいに。
そのときだった。
私の『異能』が、発現したのは。
ガキィン!という音を立てて、男の棒切れが弾かれた。
オータムさんのすぐ後ろに発生した、氷の壁によって。
……結晶みたいな、透明な、氷の壁……。
結論として言えばね、私のしたことは大きなお世話だったんだよ。
だって、オータムさんはちゃんと気づいてて、直前に後頭部を守るみたいに、髪の毛をクロスさせて棒切れの一撃を受け止めようとしてたから。
だから、多分放っておいても平気だった。
オータムさん、驚いていた。
私が異能使いだと知ったから。
氷の壁を見て、私を見て。
二度見、いや、三度見くらいしたかな?
……後で聞いた話なんだけど、ホント、数が少ないらしく。異能使い。
この街では、オータムさんと私を含めて、たった3人しか居ないらしい。
「て、てめぇも異能使いだったのかっ!?」
若い男、驚いて、棒切れを捨てて逃げようとした。
でも、オータムさんがそんなの見逃さない。
逃げる男の足を髪の毛で掴んで、転ばせて。
そのまま、逆さづりで釣り上げた。
「……何の反省もしてないみたいね。アンタがそういう態度なら、もういいわ」
オータムさん、ものすごく冷たい表情でそう、若い男に告げる。
続いた内容は、近代国家では重すぎると言われるかもしれないけど……
内容的には妥当なものに思えた。
「……人身売買目的の誘拐は、死罪か終生遠島……アンタはお役所に突き出すから。覚悟なさいな」
そう言いつつ、オータムさんは胸のポケットから、金属のペンダントみたいなものを出して、それを片手でぶら下げて、逆さ男に見せつける。
それを目にした瞬間、男は震え上がった。真っ青になって。
……何?何なの?
その疑問については、オータムさんの次の言葉で氷解。
「……私、異能使いかつ、精霊複数と契約し、知恵の神オモイカネの神官でもある、複合の魔法使いでもあるのよ」
……すんごい特盛の魔法使い……いやいやいや。
そこじゃなくて。大事なところ。
ああ、そうか。
……オモイカネの神官、なんだ……オータムさん……
そりゃ、証言の信憑性が半端なくなるよねぇ。
神官ってだけで信用されるんだから。
ペンダント、神官の証かなんかなんだろう。
それを見せつつ、お役所で「こいつ、人攫いです」ってこの男を突き出したら。
有罪になる率と、量刑が重くなる確率、跳ね上がるに決まってる……!
私が元居た世界だったら、弁護士の活躍でどうなるかわかんないところ、あったけどさ。
こっちの世界だったらちょっと、その辺怪しいよねぇ……!
で。
「いやだあああ!!反省してます!!もう二度と同じことはしないです!!」
「出来心です!!未遂ですから許してください!!」
「嫌だ!!死にたくねえぇぇぇ!!」
男3人を髪で宙吊りにして。
オータムさんはお役所に行って、3人を突き出した。
道中で寝ていた、彼の仲間も回収して一緒に突き出したのだ。
えらく泣き喚いてたけど、全く取り合わず。
平然と
「私、この通りオモイカネの神官。で、こいつらこっちの女の子を売春宿に売り飛ばそうとしてたから捕まえた。余罪あるだろうからしっかり調べて罰してやって」
「はっ!お任せを!ご協力感謝致します!」
お役人さん、オータムさんに敬礼せんばかりにピシッと対応。
ペンダントを見せたら即態度が変わった。
……すごいな。神官っていう肩書。
「あ~、重かった」
男3人突き出し終わり。
オータムさんは首を回していた。
……よくよく考えると、よく首が持ちましたね?
男3人だから、200キロ近くなると思うんだけど……?
その辺を聞くと
「そりゃ、首に負担がかからないように、髪で色々支えながら運んでたのよ」
でなきゃ歩いてここに来ることも出来ないわ。さすがに。
オータムさんはそう言って笑った。
とても、素敵に映った、
なんて、かっこいい女性なの……!!
私、普通に恋したいのは男の子の、ノーマル女子だけど、ちょっとやばいかも。
オータムさんにはそういう魅力があった。
あんまりそっちの扉は開けたくないんだけどなぁ……。
だって、ちゃんと結婚して子供産んで、普通の家族を作ってみたいし……私。
恋人が欲しいわけじゃ無いもんねぇ……。
ドキドキしそうになる自分を、私は抑え込む。
目覚めちゃ駄目……!
そんなことを自分に言い聞かせていたら
「ところで」
オータムさんが、私を正面から見つめて来た。
ドキっとしてしまう。
「な、なんでしょう?」
声が上ずっている私。
そんな私に
ガシッと私の両肩を両手で掴んで
「あなた!異能に目覚めたばっかなんでしょう!?」
目をキラキラさせながら、そんなことを言って来たのだ。
まるっきし、少年のような目だった。
とても面白い、素晴らしいものをみつけたときの。
……ああ、とってもまずいなぁ。
「私の家に来なさい!異能の使い方、育て方を一緒に考えてあげるから!ねっ!?いいでしょ!?」
とってもグイグイ来る。
私は、断れなかった……。
……こうして。
私は「異能の修行のため」という名目で。
お世話になったムジードさんの家から、オータムさんの家に引っ越すことになってしまったのだった……。
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