第6話 夢は大きく持ちましょう。
オータムさんの家は、一軒家だった。
典型的お金持ちのちょっとしたお屋敷。
「おかえりなさいませ」
……いかにもなメイドさんまで居るレベルの。
(もちろん洋装)
茶色の髪のボブカットで、いかにもなメイド服に身を包んだ綺麗な女性。
冷たい印象を受けるのが、出来るメイドって感じの人だった。
「ただいまセイレス」
そう挨拶を返して。
最初の時、オータムさんは私をセイレスさんにこう紹介した。
「こちら、クミちゃん。今日からここに住まわせるから、お世話一緒にお願いね」
「かしこまりました」
一切の疑問、反発無し。
即受諾。
……こんな世界もあるんだなぁ……。
私は喋れなかった。驚きで。
「よろしくお願いしますクミ様」
と、そのメイドのセイレスさんにご挨拶を受けたときも、まともに返せなかった。
多分、前の世界でも私、こういうとこに来たことは無かったと思う。
記憶無いから根拠は無いんだけどさ。
すご~く緊張してしまう。
オータムさんの家は洋装だったけど。
やっぱ、靴は脱ぐタイプだった。
……家の中に土が上がるの、やっぱヤダよねぇ。
で。
その日から、家でやることが無くなってしまった。
ムジードさんの家でご厄介になってたときは、食器洗いと、部屋の掃除は私の担当だったのに。
ここでは全部、セイレスさんがやってしまうんだ。
ご飯も全部作ってくれるし。食器も全部下げてくれるし。
しかも作るご飯美味しいし。
言うこと無し。だから……
……正直、キツイ。
人を働かせて、自分は好きなことをやるっていうのが、私はどうにも耐えられない性分らしい。
とはいえ。
無理矢理手伝っても、それはありがた迷惑ってやつで。
よりクオリティ高く、効率よく家事をこなせるプロフェッショナルのセイレスさんが居るのに、私が手伝っても邪魔してるだけ。
だもんで。
しょうがないので、私は空いた時間を異能修行に全力で充てたんだ。
「前も言ったけど、『異能』に目覚めると、自分の力の概要が、なんとなくわかるんだけど」
修行前の面談ということで。食堂みたいな広間で向き合って。
そこでのオータムさんの第一声がそれだった。
クミちゃんはどんなイメージを持った?って。
……ちょっと、答えづらいところがあった。
そこを正直に言うと、何か頓挫しそうだなぁ、的な。
……いやね。
私の異能の概要は「冷却する力」これと。
……あとひとつ、何かある。
そんな、よく分からないイメージ。
……これを言うと「何かって何よ」って話になりそうだなぁ。
だから、今は黙っておいた。
別に嘘を吐くわけじゃないし、と。
はっきり分かってきたら、そのときにまた相談しよう。
「……多分、冷却する力……だと思います」
そう言うと、オータムさん「へぇ」という顔になった。
「そりゃレアものというか、良い異能だわね」
「そうなんですか?」
聞き返すと、教えてくれた。
……精霊と契約することで行使できる「精霊魔法」なんだけど。
行使するときに、近場に精霊が居ないといけないらしく。
具体的に言うと、火の精霊魔法を使うときは、声が届く範囲に本物の炎が無いと発動せず。
風の精霊魔法を使うときは、声が届く範囲に本物の風が吹いて無いといけないらしい。
だもんで
「……氷の精霊魔法って、事実上自由に使用不能っていうか、超困難なのよ」
……なるほど。
この世界で、多分氷って貴重品だよね?
冷凍庫、無いわけだし。
冬しか取れないものだろうから、使いたいときに即使うのが極めて困難。
納得の理由だ。
……ん?
ということは……
「……あの、質問が」
「ハイ何かな?」
手を上げる私に、オータムさんがにこやかに応えてくれる。
「氷作って売ったら、問題になります?」
……いや、別にお金が欲しいわけじゃ無いんだけど。
一応、聞いておこうと思って。
そしたら
「……なかなか良い目の付け所だけど、そうね」
氷は、貴族だとか、大商人だとか、お偉い人が、お抱えの「氷の精霊魔法使い」を使って、氷室に保存した氷を精霊の種にして作ってるから。
「勝手に作って売ったら、多分睨まれるわね」
腕を組んだオータムさんから、わりと厳しい返答をいただいた。
……なるほど。
止めといた方が、無難、ってことなんだね……。
だったら。
「……もひとつ、質問です」
「何かな?」
「アイスクリームってお菓子、聞いたことはありますか?」
……ケーキ屋が存在してるなら、クリームはあるんじゃないのかなぁ?
で、砂糖もあるみたいだし、卵は当然あるよね……
クリームに、卵を投入して、砂糖を入れて、攪拌して冷やせば、アイスクリームの完成。
バニラエッセンスが無いのが気になるけど、そこはま、しょうがない。
代わりに、細かく刻んだ果物でも投入したら、そこそこイケるハズ。
……ある意味加工品で売ったら、氷そのものを売ってる人に目をつけられることも無いのでは?
浅はかかな?
幸いさ、私、甘味処で仕事してるし。
売るところでは不自由して無い。
どうでしょ?
「……アイスクリーム……?」
オータムさん、はてなマークだった。
なので、概要を説明したら。
「ああ、冬の雪の日に、農家で作って、囲炉裏の前で食べるとかいう、秘密のお菓子?」
……似たようなの、あったのか。
でも、その話だと結構レアだよね?
じゃあ、売れるかもしれないなぁ。
……と。
そんな感じの、お金儲けの話ばかりしてたわけじゃもちろんなく。
ちゃんとそれ以外の、現実的な、異能の修行方向についても一緒に考えてもらった。
まず、オータムさんを助けようと発動させた『氷結防壁』
これは、有用だねと。褒めてもらえた。
……ちなみに、ネーミングは私。
なんだか、そんな名前にするべきだと。
初使用したときに、強く、そう思ったのだ。
で、イチから考えるうえで、どういうのがいいだろう?って話になって。
まず最初に言われたのは
「クミちゃんは、その異能を攻撃に転化する方向で考えない方が良いわね」
……別に、暴力なんて間違ってる。平和に、話し合って行くべきだ。
そんな、甘い考え方で、そう言われたんじゃないことくらいは、私にも分かった。
「……応戦するには、クミちゃんは実戦経験足りないはずだし。下手に攻撃技の修行をしているとかえって危険よ」
勝負挑んで、返り討ちに遭って死ぬ危険を増やすだけになりかねない。
そんなことより、効率よく逃亡できる技を身に着けた方が良いんじゃないか?
身体の温度を一気に下げて、捕まっても冷たさで怯ませて逃げられる技とか。
「どうかな?」
……と、オータムさんにすすめられた。
なるほど。
確かにそれは有用そうですね。
私の考える、その他の使い方にも転用効きそうですし。
「分かりました」
それ、採用させていただきます!
決まったのは
・身体の温度を一気に下げる技
・道を凍らせて、追いかけにくくする技
このふたつ。
で、私はそれを、私物の紙の束にメモしていた。
漢字かな交じり文で。
で、それをオータムさんに見られたんだ。
……これが。
私の転機になった。
「……変な字を書いてるわね?」
面白そうな顔をしていた。
さすがは知恵の神の神官ってことなのかな?
私が書いていた漢字に、興味を覚えたのか
オータムさんは、読み上げる。
の……を……に……げる……?
を……らせて、……いかけにくくする……?
あぁ……オータムさん……漢字読めないから飛ばして読んでるのか……?
しょうがないことだけど、少しショックだった。
だって、元の世界だと、漢字読めないってアホの子の条件みたいなもんだったし!
自分が言ってること、理不尽だって分かってるけど!しょうがないの分かってるけど!
だって、この世界の人、漢字を知らないんだもの!!
でも、どうしても悲しくて。
言ってしまった。
「……これ、私の故郷の国の書き方で、文字自体に意味を乗せた字なんです」
「……文字自体に意味を乗せた?」
はじめて聞くことだからか。
いきなりは、理解してもらえなかった。
なので、漢字の部分にルビを振ってみたんだ。
それで、ようやく意味を少し理解してもらえた。
「なるほど……これを『からだ』『おんど』『いっき』って読ませるわけね……でも、そんなことをすれば、覚えること増えて面倒じゃない?」
「そんなことないです!!」
思わず、大きな声が出てしまう。
それはちょっと、日本人的には譲れないものがあったから。
敗戦の時、漢字なんて無駄なものは止めろと、そんなものを覚えているから馬鹿なことを考えるんだと、連合軍の人間に一方的に廃止に追い込まれそうになった。
そういう歴史があることを知ってたから。
冗談じゃない!
漢字があるから、文脈を見ずに意味を素早く拾って読めて、文章の理解が早まると言うのに。
漢字を馬鹿にしないで!!
いきなり私が怒り出したから、オータムさん、ちょっと引いてたけど。
私の説明。
からだ、だけだと『空だ』『殻だ』『身体』の区別がつかず、文脈で判断するしかなくなる。漢字を使えばそれは無い。
漢字を使うと、漢字だけ拾って読むだけで、大体の意味が素早く掴める。
例えは、さっきの
身体の温度を一気に下げる技
だと、「身体温度一気下技」だけでも大体何が言いたいのか分かってしまう。
そういうことを力説した。身振りを交えながら。
で、オータムさん、最初引いてたけど。
後の方はちゃんと聞いてくれて。
「……この文字の構成に、何か法則があったりするのかな?」
興味を示してくれた。
なので、嬉しくなって、色々説明したら。
数時間後。
「……なるほど」
オータムさん、腕を組んで感心したようにしきりに頷いていた。
で、こう言ってくれた。
「読みやすくなるうえに、文章のカサも減って、確かに有用ね。私も覚えたいな……教えてくれる?」
……理解してもらえた!!
私は、天にも昇る気持ちになった。
そこで思ったんだ。
この国に、漢字を使う文化を根付かせたら、素晴らしいんじゃ無いか?って。
そうすれば、本も読みやすくなるし、ひょっとしたら生活環境ももっと良くなるかもしれないじゃん。
……でも。
オータムさんはこの通り、数時間で漢字の有用性を理解してくれたけど。
多分、これはオータムさんが優秀だからだと思うんだよね。
別に優秀じゃない私が、漢字の有用性を理解できるのは、単に子供の時からそういう風な学校教育を受けて来たからだし。
そうじゃない普通の人に、いきなり理解しろと言っても難しいんじゃないかな?
それに。
……一応、ここの文化レベル、中世に近いわけでしょ?
だったらさ、こういうことを、一般人が広めようとしたら……
……異端扱いされて、最悪殺されるんじゃない?
世を乱そうとしている。国家反逆の意思あり、みたいな感じで。
私の元居た世界だったら、酷過ぎる話だけどさ。
言論の自由はどうした!?って感じで。
ここ、気づきにくいけど、言論の自由は制限されてる世界のはずなんだよ……
普通に生きてたら、制限されている事を主張することなんて、無いのが普通だものね。だから気づきにくいけどさ……。
だから、そこは肝に銘じておかないと……最悪死ぬことになる。
……そこに思い至り、少し暗い気持ちになった。
今、自分のこの世界での夢が見つかった気がしたけどさ。
すぐさま、越えられない壁に気づいてしまった……!
そんな感じ。
悔しい……
そう、私が落ち込んでいると。
「……どうしたの?」
オータムさんが、声をかけてくれた。
その気遣いが、嬉しくて
「この文字を、皆使ってくれたら嬉しいなぁ……って思ったんですけど、無理ですよね……」
悔しい気持ちを吐露した。
聞いてもらいたかったから。この人に。
すると、やっぱり
「ん~~」
オータムさん、難しい顔して。
「そうね。……下手すると混沌神の信者の疑い掛けられて、処刑されるかもしれないわね」
予想通りの返答。
……やっぱそうなんだ。
そうなっちゃうんだ……あまり、こういう大それたことを考えて、行動に移してしまったら……
私の気持ちは暗くなる。
理不尽だけど、そういうもんだよね……
だけど。
「けど」
後があったんだ。
「……王様があなたのファンになれば、話は別かな」
「は……?」
その後に続いた言葉に、私は間抜けな声を返してしまう。
「それはどういう……」
「そのまんまの意味だけど?」
ずい、とオータムさんは顔を私に近づけて、そう言ったんだ。
真顔だった。
「王様があなたのファンになって、あなたから直接漢字の素晴らしさを学んでくれれば、国民に「漢字を使わせろ」って言ってくれるでしょ」
だってこの国では王様の言葉は絶対だもの。
逆に言うと、これ以外の方法はちょっと、難しいと思うわよ?
文章の書き方を大きく変えるんだから。
王様を自分のファンにするって……
なんて途方もない話。出来るとは思えないけど……
でも、それしか道が無いのなら……
ちょっと、やってみるしかないかな!?
夢は大きくないとね!
~1章(了)~
2章に続きます。
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