第4話 もうひとつの運命の出会い

「クミちゃん、3番さんにお団子とお茶をよろしく~」


「はい!分かりました!!」



 ……で。

 ムジードさんに口入れ屋の存在と場所を教えてもらって、紹介してもらえたのがこちら。

 お団子屋のウエイトレス。


 ちなみに、正式名称も「ウエイトレス」


 口入れ屋「ハローワーク」のおじさんに。


「職歴無し、資格なしなんですが、こんな私でも出来る仕事を紹介してください!」


 って言ったら、ピシっとした着物姿のおじさんが書類の束を捲り捲って。


「甘味処のウエイトレスの仕事なら、1件あるね」


 って言われてしまい「は?」って思ってしまった。

 それこそ、掛けてた眼鏡がずり落ちる勢いで。


 江戸の生活様式なのに、もはや日本語化してるとはいえ、英語まで混じってんのかい、と。


 私の表情を見て、不満があると思ったのか


「……焼き菓子店やケーキ屋のウエイトレスは人気なの。若い女の子は真っ先にそこに仕事に行くんだから」


 目で「贅沢言うな」って言われてしまった。

 いや、別に仕事に不満があるわけじゃないんですよ……


 単に驚いただけです……。


 誤解を解くために「いえ、そんな!」と慌てて弁解し、謹んでお受けさせてもらった。


 ちなみに、人気の理由は、この街では普段着が江戸なので、女の子的に「違う衣装を着てみたい」それだけの理由だそうで。

 ようはケーキ屋、制服が洋装らしいんだよね。

 で、普段と違う服を着てみたい!って女の子に人気らしい。


 ……まぁ、理由は納得かなぁ。

 言葉のおかしさについては納得いってないけど。


 で、まぁ。

 ありがたく働かせてもらっている。


 甘味処の看板娘的に「いかにも!」な、黒っぽいお着物に、赤い帯。

 お客さんに「カワイイ!」ってたまに言ってもらえるのが嬉しい。


 私だって女の子だから、外見褒められるのは嬉しいよ。


 で、時給1000えん。

 お昼から夕方まで6時間働いて。

 週5で働いて。

 1か月、12万えん……。


 はじめてのお給料は嬉しかったけど。


 多分、これじゃ、全然自活には足りない。

 もっと働かないといけないよね……。


 とりあえず、ムジードさんにお部屋を貸していただいている分と、食費を出させていただいて。

(ムジードさんは「そんなもの良いでござる」なんて言うんだけど、そういうわけにはいかないよ)

 手元に残ったお金は7万えん。


 ……とりあえず、今はこの仕事に慣れるのを目指して、慣れてきたらもう少し仕事を増やしてみよう。

 1か月に20万えん超稼げるようになるのを目標に。


 で。


 4万えんを貯金し、残り3万えんで紙と羽ペンとインク、あと女の子用の服の古着を買った。

 ……羽ペン、確か高いはずだったんだけど値段が1000えん。インクも1000えんしかしなかった。

 計2000えん。

 ……一瞬、騙されてるのでは?と思ったんだけど、ちゃんとした店だったし、普通に皆買ってるので、最終的には購入。

 紙もだいぶ安かった。しばらく困らないほど大量購入。


 この世界では新品の服は自分で生地を買ってきて、自分で作るのが当然なので、そんな技能が無い私は古着を買うしかない。

 赤い色の、白い花柄の着物だ。わりと気に入っている。


 で、げつようびからきんようびまで働いて、どようとにちようは家で一日中、聖典の内容の清書。

 あぁ、漢字かな交じり文を作り上げていくのが楽しい……!

 これだけでまた一週間働いていける……!


 日々の疲れを清書で癒しながら、私は追加でどんな仕事をするべきか考えていた。


 服を縫う「お針子」ってどうなのかな?

 在宅で出来るんだろうか?


 もしそうなら、寝る前の2時間程度をお針子の時間に充てるのもいいかもしれない。

 技能職になると思うし、稼ぎはわりにいいのでは……?


 月収20万超を目指すには、あと8万だから。

 稼ぎがいいなら、がっつり時間を掛けられなくてもまぁ、いいかな。

 今でも12万稼げてるわけだし。

 問題は、私の腕がお金を取れるレベルなのか?

 それだよね……


 傘張りはどうだろう?

 時代劇で、貧乏武士が内職でやってたけど。

 でもあれは、技能要りそうだし、場所も取りそうだから、ここではやれないか……。


 残り8万超をどう稼ぐか?

 結構切実な問題だったけど。

 結構楽しかった。


 でも。


 そういう風に、お金を追い求める精神状態。

 あんまり、良くなかったんだよねぇ……




「え?お針子ってどんな仕事か知ってるか?って?」


 甘味処に来たお客さんのお兄さんに、雑談を持ち掛けられて。

 物知りだって言うから、つい興味のあった「お針子の仕事」について尋ねてしまった。


 ムジードさんに聞くの、ちょっと恥ずかしかったから。

 まるで、私がお金大好きな子で、いつもお金の事ばかり考えていると思われるの。

 ようは、隠したかったんだ。ムジードさんに。


 だから。


 全然知らない人だから、逆に聞きやすかった。


 そしたらね


「お針子はまぁ、努力次第で誰でもやれる仕事だよ」


「うん。大変だけど、時間当たりの稼ぎは良い方かな?」


「在宅?できないことはないと思うけど」


「うん、知り合いに仕立て屋居るから、今度聞いて来てみるわ」


 すごく親切に私の話を聞いてくれて。

 印象は良かったよ。


 特に、狙っていたお針子の話で、私が聞きたい話をしてくれたわけだし。


 ……馬鹿なんじゃないのかな?

 聞きたいことを言ってくれたからと、好印象持つなんて。


 甘い言葉にホイホイ騙される、オバカな子だよ全く。


 もっとも……

 これは、後で私が自分に思ったことだったんだけどね。




 後日の事だった。


「なぁクミちゃん」


「はい?」


 いつかのお兄さんが、また店にやってきて。

 団子とお茶を注文し、私に声を掛けてきた。


「こないだの件、いい話ができそうだよ」


 こっそりという感じで。

 そう言って来たんだ。


 私、舞い上がっちゃった。


 これで、自活できる。


 これで、他人のお荷物にならなくて済む。


 その思いで。


 手作業だし、稼げるようになれば結構行くよね!とか。

 8万超えちゃったらどうしよう?長者番付に乗っちゃうかも?なんて。

 オバカなことを考えてた。


 ほんと恥ずかしい。


「お店終わる頃、また来るから。裏口で待ってるよ」


 こっそり。


 私はそのとき、明るい未来ばかりを考えていた。

 ホント、オバカ。




「お仕事お疲れ様。……こっちだよ」


 仕事終わって着替えて、裏口から出ると。

 あのお兄さんが、さらに奥まった路地裏の入り口みたいなところから話しかけてきた。


 この時点で、怪しいと思え私。


 しかしこのときのオバカな私は、降って湧いた憧れのお針子の仕事の夢で、そんなことは考えなかった。

 ホイホイついていってしまったのだ。


 オバカすぎ。


「こっちだよ~」


 暗くなり始めているからか、ランタンを持ったお兄さんに言われるままに、ついていって。


 ちょっと開けた場所に出た。

 お兄さんは、その場所の中央まで歩いて行って


 そこで、立ち止まった。


「……え~と?」


 きょろきょろ。


 誰も、それらしい人も居ないし。

 お店も無い。


 えっと?


 お針子関係者は?

 私の自活の夢は?


 そのときだ。


 いきなり、脇から誰かに羽交い絞めにされてしまった。

 とても強い力。


 抜け出せない。


「はーい。捕獲」


 そいつが言った。

 驚愕。何?何なの!?


「クミちゃんごめんね」


 お兄さんは困ったように笑って、そう言ってくる。


「な、何をするんですか!?」


 パニくってしまう。

 理解できなかったから。


 すると。


「……これからクミちゃんを、別の街の売春宿に売り飛ばすんだよ♪」


 ものすごく楽しそうに、お兄さんはそう言った。

 そこでさすがに気づいた。


 自分が、仕事を餌に騙されてしまったんだ、って。


 なんてオバカ。

 この世に美味い話なんて無いって、理解してたはずなのに……!!

 それにまんまと乗っかって……!


「……なぁ、こいつ、かなり可愛くね?」


 臭くて荒い息で。


「身体も悪くねえし」


 私を羽交い絞めにしてる太り気味の男が、興奮気味にそう言って来た。

 ぞっとした。


「まぁ、顔はまあまあだよね。体型も悪くないし」


 と、お兄さん。ついでに「育ち良さそうに見えるし、レアもんだよ。400万えん超で売れそうだ」って嬉しそうに続けた。


 私にとっては絶望と恐怖だったけど。

 頭の中で自分の今後について想像した。


 あぁ、自分はこれから後の人生、男の人の玩具になって生きていくんだ……


 で、数えきれない男の人の玩具になって、やがて病気をうつされて、それでも治療なんてしてもらえなくて、やせ細って死んでいくんだ……


 そして死体は、川にでも投げ込まれて、放置されるのか……


 日本で、故郷の国で生きてたら、考えられない最期……


 ……泣けてきた。

 悔しくて、恐ろしくて、悲しくて。


 たった一度の判断ミスで、こんな理不尽な目に遭うなんて。

 自分、ツイてない……!


 昨日までは、自分の事、幸運な女の子だと思ってたのに。

 もう、そう思えなかったよ。

 そのときは。


 だって、絶対に逃げられないし。


 女は、弱い。

 元居た世界では、女性は強くなった、なんて言ってたけど。

 本質的に真っ赤なウソ。


 会話が通用しない状況になった場合、女の子は絶対に男の人には勝てない。

 それが真理だ。


 だって、女の子は必死に鍛えてテキトーに鍛えた男の人に追いつくのがせいぜいなのだ。

 その身体能力で。


 そして必死に鍛えた男は、全く鍛えていない女の子の4~5倍の力を持つことが出来る。

 女の子にしたら、男の人はただの化け物。


 その化け物に。

 この、羽交い絞めにされてしまった状況で、私に逆転の目なんて無い。

 相手が一人ならまぁ、不意打ちで怯ませて、逃げるってのもアリかもしれないけど。


 二人……いや、もっといるし。

 多分だけど。


 この後、私を拘束して、売り飛ばすための拉致準備作業をするはずだから。

 それをたった二人でやるとは考えにくいし。

 手伝い、居るよね?


 道具、無いみたいだしさ。


 今頃、この路地裏の外に、籠だとか、荷馬車だとか。

 私を運びやすい何かを用意した誰かが来てるんだろう。

 きっと。


 絶望だよ……!


 あぁ、お金お金って言ってたから、バチが当たったのかな……?

 でも、それには理由があったのに……!


 贅沢したいとか、そんなんじゃなかったのに……!


 未来を絶たれる絶望に、打ちのめされて。

 私は、最後の抵抗を試みる気力さえ無くしかけていた。


 そのときだった。


「……よくもまあ、普通に生きてる女の子を拉致して売り飛ばそうとか。極悪なことを考えられるものよね」


 突如、後ろから知らない女の人の声がしたんだ。


 と、同時に。


 私を羽交い絞めにしていた男の手が離れた。


「あぎギギギ……!!」


 それどころじゃなくなったからだ。

 拘束が外れたので、数歩前に逃れ、振り返り、見た。


 そこには……


 長い黒髪の、ものすごい、鬼気迫るような美人が居て。

 その美人が、長い黒髪を、まるで触手か何かのように操って、太った男の首を絞め上げて。

 宙吊りにしていた。

 とても厳しい表情を浮かべながら。


 服装が特徴的だった。

 和装が主流のこのスタートの街で、完全洋装。

 スタイルもかっこよく、身体の隆起は女性の理想像だった。


 黒いコートみたいなものを羽織って、同じ色の黒色のシャツとズボン。

 手には魔女っぽい黒いとんがり帽子を持っている。

 普段はそれを被ってるのかな?


 そんな美人に捕まって、宙吊りにされていた男。

 彼はバタバタ暴れていたけど。

 しばらくすると動かなくなったので。


 美人はその男を放り出した。


 ……ひょっとして、殺した?


 そう思ったけど、放り出された男は、呼吸はしていた。

 死んでは無いみたい。


 ちょっと、ホっとした。

 やっぱり、目の前で殺人なんて見たくないし。

 それが例え、自分を売り飛ばそうとした奴らでも。


「こんなところに、籠を運んでくるから変だなと思って、ぶちのめして問い質したら、女の子を拉致して売り飛ばそうと考えてるとかほざきやがったからさ。頭来ちゃった」


 うねうねと動く髪。

 綺麗な髪なんだけど、その様子は完全に触手のそれ。


「……顔は覚えたからね?今度そのツラ見掛けたら、役人に突き出すから。そこのデブ連れてとっとと消えなさい」


 私を騙そうとしたお兄さん……いや、若い男は、悔しそうに顔を歪め、かつこの女性に怯えながら……黙って太った男を必死で担ぎ上げ、この路地裏を去っていく。


 男が路地裏から去ったのを見届けて、私を助けてくれた美しい救世主は厳しい表情を崩した。


「怖かったね。でも、あんな連中に二度とついていったら駄目よ?」


 その言葉はとても優しくて。ホッとして。

 私は本当に泣いてしまったのだった。

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