一緒に帰ろう

一緒に帰ろう

 猫が逃げた


 朝、アパートを出る時にドアのそばの台所の窓に鍵をかけて閉まっていることはちゃんと確認したのだ。

 それなのに夜、仕事から帰ってくるとその窓が開いているではないか!

 最初は空き巣でも入ったのかと思ったが、部屋が荒らされていないことと狭い部屋の中のどこにも猫がいないのでようやくあの子が逃げたんだと気がついた。


 まさか猫が窓の鍵を開けて脱走するなんて……暫し唖然としていたがこうしてはいられない、完全室内飼いだった猫が逃げたのだとすれば時は一刻を争う。

 一日中立ち仕事で疲れ切っている足を引きずるようにして、私はあの子が好きなおやつを手に持ってその名前を呼びながら近所を探し回った。そしてアパートからさほど遠くない公園に来たときである。  


 公園内の灯の下のベンチであの猫を抱きながら座っている人の姿がそこにあった。


 一週間前。些細な言い争いから始まった口論がいつの間にか大喧嘩になり、その果てに三年間もの間、二人で住んでいたアパートから何も言わずに出て行ってしまったあの人が何時もの様子で猫の顎の下を撫でていた。


「この泥棒猫!――じゃない。ええと、この猫泥棒!」

 思わずそう叫び猫を取り返すべく走り寄る私に吃驚したその人は躊躇いがちに言い訳をする。


 喧嘩の後、出て行くときにアパートの鍵をうっかり忘れてしまい部屋に入れなくなっていたその人はなかなか帰る機会を得ることが出来ずに夜になるとこの公園に来ていたらしい。

 そして今夜来てみると二人で飼っていた猫がここのベンチの上にちょこんと座っているのを発見したのだと言う。

 最初は見間違いかと思ったが名前の書いてある首輪と、更にいつもの名前で呼んだら返事をしたのできっと脱走したのだろうと思ってここで捕まえて私が帰ってくるのを待っていたのだと。

 それから少し情けなさそうにあの時の喧嘩のことを自分が言い過ぎたと謝ってきた。


 まぁ、あの時は私も少しヒートアップしていたからお互い様かな? 私は目の前の顔を見て如何にも仕方ないなぁ……という感じで、ふっと笑って言った。


「それじゃ、その猫と一緒に帰りましょうかね。私達の家に」  


 連れだってアパートの方へと歩き出す私達の会話の内容を知ってか知らずか、みゃぁ……と、腕の中で猫はひと鳴きして自分を抱く人の胸へとその顔をこすりつけた。


<了>

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一緒に帰ろう @emyuu

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