第48話 青いドレス
おなかを満たしたので、通りをぶらつく。
あるショーウインドーに、目が止まった。きれいな青いドレスだ。カワセミの羽にあるような濃厚な青色。ほかの貸衣装屋のドレスとは、あきらかにちがう高級感。
このドレスは、おそらく年代物だ。重厚感がたっぷりある。胸元とウエスト、スカートの
しかし、ドレスとは反対に店はパッとしない。ショーウインドーのガラスは茶色く汚れているし、看板もボロボロ。とても、やる気のある店には見えない。
ふと、モリーがいないことに気づいた。となりの店先につながれた、大きな犬の喉をなでている。しかも犬は、獰猛で知られるピット・ブルだ。
「モリー、触っちゃダメ」
エルウィンの所で大きな牛や馬になれたせいで、へんに度胸がついてしまったようだ。帰ったら、きちんと教えてあげなきゃ。そう思っていると、どこで手に入れたのか、ポケットからクッキーをだす。
「モリー!」
ガバッと犬が口をあけたので、噛まれる! と思ったが、クッキーだけ上手に食べた。急いでモリーを捕まえて犬から離す。
「ダメでしょ! 勝手にあげちゃ」
犬は飛びついてこようとしたが、リードで止まった。店先の柱に結ばれている。ほっとしたのも、つかの間。何度かリードが引っぱられると、結び目が外れるじゃないの!
あわててモリーの手を引き、近くのドアに入って閉める。犬は吠えながら、ドアのガラスを引っかいた。入ってはこれないようで安心する。
「いらっしゃいませ」
陰気な声に、びっくりしてふりむいた。くたびれた店には不釣り合いの、スリーピースのスーツに身を包んだ
「あのー、表に飾ってあるドレスは」
言い終わらないうちに、料金表が書かれたファイルをわたされた。ざっと見ても、お値段高め。村で見かけた衣装屋の倍以上はする。しかし、手が出ないほどでもない。
ちょっと悩む。あのクリスマス・パーティーの日に、実はすこし後悔した。みんなの豪華なドレスを見て、自分も着てみれば良かったと。それに褒められた話ではないが、滞在費をもらったので余裕もある。
料金表のコースは細かく別れていた。しかし専門用語だらけで、わかりにくい。
「ウ、ウチは本来、貸衣装屋じゃなくて仕立屋です。ほんとにドレスを着つけるなら、それなりに時間と費用はかかります」
大男のわりに、小さく元気のない声だった。店が流行らない理由が、わかる気がする。わたしは、専門用語だらけのファイルを閉じて言った。
「では、おまかせします」
「まかせるとは? 服ですか」
「ええと、すべて」
ここ数日、ミランダが仕立てた服を着続けて、わかったことがある。自分で考えるよりプロにまかせたほうが早い、ということだ。
「すべておまかせですか。いいですね! 久しぶりにその言葉を聞きましたよ。今年最後の仕事です。トコトンやりましょう」
まかせるから早くしよう、という意味で言ったのだが、仕立屋の心に、火をつけてしまったようだ。
始めてみると、この男が「着つける」と言った意味がわかった。矯正下着をつけ、わたしはウエストを締めあげられた。さらに、その上からドレス用の肌着。わたしは肩幅が足りないらしく、スポーツ用の肩サポーターまでつけさせられた。
大男の仕立屋は、ショーウインドーに向かった。飾られた年代物の青いドレスを、マネキンから丁寧に脱がせる。
「祖父が作ったドレスです」
そんなに昔! このドレスに、重厚感があるのも納得。さわってみると、昔ながらの光沢があるベルベット生地で、複雑な折り目がたくさん入っている。こんな重そうな布を身につけているのは、いまではグランドピアノぐらいしか思いつかない。
わたしに着せると、ドレスの色に似た、青い糸を取りだす。
「縫うの?」
「もちろんです。細かいラインはこれで微調整します。脱ぐ時には切りますが」
そこまでするのか、と感心した。大男はグローブのような手をしていたが、作業は細かい。小さな針で器用に縫っていく。手間をかけさせていることを
「今年は妙な年でした。クリスマス・イブに急な仕事が混み合いまして」
大いに、思い当たることがあった。あの時の何人かは、ここで着つけをしたようだ。
「とにかく急がされて時間がなくて。満足な仕事はできず、モヤモヤしましたが、これで胸のつかえが取れました。はい、どうです?」
わたしは鏡を見た。細かく調整されたドレスというのは、たしかにしっくりとくる。
「このドレスは、人を選ぶと思ってましたが、よく似合ってます」
それ褒め言葉なの? と思ったが、口は下手でも腕はいい。
「こうなると、娘さんのドレスとの相性が難しいです。で、あれば」
仕立屋は店の奥に行く。しばらく待っていると、小さなドレスを持ってきた。それは緑のドレスだった。深い緑色のドレスで、えり元からスカートの下まで、真ん中に幅広く白い刺繍が入っている。
わたしの時の半分ほどで、モリーの着つけは終わった。ドレスは、よく似合っていた。いつものモリーに比べ、三倍は品があるように見える。
大きな鏡の前に案内され、ふたりで立ってみる。青と緑のドレスを着たふたりは、なんだか中世の
最上級のコースを選択していたので、仕立屋は靴も貸してくれた。わたしもモリーもグレーのパンプス。少しブカブカだけど、しょうがない。
写真が撮れると聞いたので、店内の写真ブースで、写真を撮ってもらった。その時すわったイスは、アンティークに見せかけているがニセモノだ。あの若き大工、ナサニエルの足元にもおよばない。考えれば皮肉だ。昨日まで、もっとリアルで、最高の撮影スポットにいたのに。
お城を思いだして、窓の外をふり返った。ちょっと
「外に出ますか?」
「いいの? この二着は、おじいさんの形見みたいなもんでしょ」
「いえ、あなたのドレスはそうですが、お嬢さんのは私が作りました」
わたしの言葉は、褒め言葉になったようだ。嬉しそうな顔を押し殺している。
「ちょっと散歩するぐらいなら、かまいません。飲食だけしないでもらえたら」
そう言われたが、迷った。この服で昔の街並みを歩いたら、気持ちよさそう。でも少し恥ずかしくもある。着てみると、あまりに本格的だったからだ。これでは観光客というより、村の住人。写真を撮られそう。
「それとも、馬車に乗ってみます? 馬車の中から見る景色ってのも、いいもんですよ」
あの馬車か。
「乗ってみたい?」
「乗りたーい!」
すぐに返事が帰ってきた。これはモリーを利用してしまった。わたしも乗ってみたかったのだ。
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