第47話 オールドヴィレッジ
オールド・ヴィレッジは、お城から三時間ほどで着いた。
村の中に車は入れないようで、外の駐車場で降ろしてもらう。
「明日の朝七時に、同じこの場所へ」
運転手に言われた。うなずいて歩きだそうとすると、もう一度呼び止められた。封筒を差しだしてくる。中には、お金が入っていた。
「滞在費にどうぞ、というのが伝言です」
やられた! この運転手は部外者だ。突き返すわけにもいかない。さすがは執事グリフレット。ぬかりないわね。
そういえば、グリフレットの携帯番号。思いだしてバッグをさぐると、紙切れはまだあった。電話して感謝を言うか、または、お金は要らないと伝えるか。
いや、それより、もうすぐ部外者になるのだ。この紙すら持ってないほうがいい。紙切れを運転手にあずけた。
「わたしの感謝と、この紙を、わたしてくれる?」
運転手は、ふしぎそうな顔をしたが「わたせば、わかるから」と言うと納得した。グリフレットも、自分の番号を知られたままは気持ち悪いだろう。
「バイバーイ」
運転手に手をふり続けるモリーを引っぱって、わたしたちは村へ入った。
そこは「オールド・ヴィレッジ」という名の通りの村だった。古い中世の街並みが、そのままに再現されている。石造りの一階建て、高くても三階建ての小さな建物が軒をつらねていた。
「ママ、これと一緒!」
モリーがうれしそうに、手提げから騎士カードをだした。クリスマス・プレゼントの中から持ちだしたものだ。箱の裏に書かれた城下町のイラストをわたしに見せる。
「モリー、しまって」
娘に注意して歩きだす。たしかに、いい雰囲気だ。こじんまりした村でかわいい。細かいところもこだわっていて、お店の看板は木だし、道路はアスファルトではなくレンガが敷きつめられていた。
「ワーオ」
わたしとモリーは同時におどろいた。レンガ道の上を黒塗りの馬車が通ったからだ。
とりあえず、予約してもらったホテルを探す。馬のフンを掃除していた甲冑を着た人に教えてもらい、場所がわかった。
にぎやかな通りからは少し外れた、小さなホテル。ここなら、落ち着いて寝ることができそう。グリフレットの配慮に感謝だ。ところが、ホテルのスタッフから、今日は村でカウントダウンのイベントがあると教わった。この村にあるお店は深夜まで営業し、カウントダウンで花火もあがるらしい。
あまり観光をする気分でもないのだが、モリーが「花火見たい!」と言う。部屋にいても、花火の音は聞こえるだろう。その音に背をむけて、がんばって寝るというのも、むなしいだけかもしれない。
「ちゃんと、お昼寝できる?」
「できる!」
モリーの「できる」ほど、当てにならないものはないが、夜ふかしを許すことにした。日中は出歩かず、ほとんどホテルの部屋ですごした。
モリーは、よほど花火が見たいのか、めずらしくお昼寝してくれた。わたしも昼寝しようと思ったが、今日の〇時にエルウィンが眠ることを考えると、なかなか寝つけなかった。
お昼寝から起きると、もう夕方。外へ出かけることにする。
通りに出て、人の多さにおどろいた。日が暮れてからのほうが、圧倒的に多い。さらにおどろいたのが、フリフリのドレスや燕尾服を着た人とすれちがうことだった。
よく見れば、村のあちこちに貸衣装屋がある。たしかに、この村でドレスを着て写真を取れば、かなり雰囲気がでそう。
また大通りには、ホットワインやパンとチーズといった、食べ物の屋台が出ていた。銀細工や、革の小物入れといった露店もあり、多くの人で賑わっている。
そんな露店の中に、見知った顔を見つけた。会えなかったメイド長、ミランダだ!
ミランダは、クロスをかけたテーブルに、靴をひとつ乗せている。その横に、お金を投げ入れる編みカゴを置いていた。そしてテーブルの前には看板があった。
「幸運の靴、あなたも
かなり考えた手ではあると思ったが、あやしむ顔をして、通りすぎる人が多い。
「ミランダ!」
「まあ、ジャニス! モリー!」
ミランダと抱き合ってよろこんだ。わたしは靴を指さして言った。
「いい手を考えたわね」
「そうでもありません。一日に一〇人ぐらいしか、履いてくれませんわ」
ミランダは渋い顔をしたが、わたしはミランダを心の底から尊敬した。これを無駄な
「履いてみます?」
ミランダは笑ってそう冗談を言ったが、わたしは首をふった。
「気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとう、ミランダ」
そう言っていると、若い女の子たちが、むこうから歩いてくるのが見えた。わたしは大げさに、おどろいてみせる。
「わー、これはすごい! 何年前の靴なんだろう」
女の子たちが、こちらを見た。
「ありがとう、良い物を見せてもらったわ!」
これまた大声で言って、ポケットから小銭をだし、編みカゴに投げ入れた。わたしが去ったあとに、女の子たちがミランダに話しかけていた。うまくいった。
そろそろ、ほんとに空腹になってきた。通りに面したレストランに入ったが、あいにく予約でいっぱい。いくつかの店をまわって、やっと席にありつく。
苦労して得た食事のわりに、モリーは半分ほど食べると飽きたらしい。ハンバーグをつついて遊びはじめた。
「モリー、ちゃんと食べなさい」
「やだ! ママのご飯の方がいい」
お褒めいただいたのは嬉しいが、声が大きい。少しあせる。わたしの感想としては、価格と味が、まったく釣り合っていなかった。わたしのほうのハンバーグなんて焦げている。まあ観光地だ。がまんしよう。しかし、この料理を、もし前メイド長のドロシーが食べたら、なんて言うだろう。
「これを作られたのは、どなたでしょうか?」
涼しい顔をして言いそうな気がする。わたしはドロシーに怒られないような料理を作り続けよう。それがきっと、ドロシーへの恩返しになる気がする。
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