第44話 テーブル争奪戦

 昼食のお茶会は、そのまま午後のお茶会になった。


 みんなは思い思いに庭を散歩し、食べて飲んでをくりかえす。飲み物がなくなれば、また誰かが調理場へ取りにいった。


 わたしはひとり、ぶらぶらと冬の庭を散歩した。手入れの行き届いた庭は、冬であっても楽しい。


 庭の一角に、六角形の屋根をしたガゼボがあった。掃除婦たちが談笑している。掃除婦長のリタが、わたしを見つけて手招きした。


「ジャニス様」

「様は、よしてください」

「いいえ。いまそれを話しておりました。わたくしたち掃除婦は敬愛をこめて、最後までジャニス様とお呼びします」


 思いがけない言葉に、掃除婦たちを見た。みんな笑顔で、わたしを見ている。


「それでジャニス様、ほんとうに、もう来ませんの?」

「わたしの家は遠くて。無理だと思います」


 掃除婦たちは、残念そうな顔をした。


「エルウィン様」


 リタが、近くを通ったエルウィンを見つけ、かけ寄った。


「さきほどのテーブル、わたくしども掃除婦の部屋に、置いてもよろしいでしょうか?」

「リタ、なにって?」


 おどろくわたしを尻目に、リタはエルウィンにお願いしている。


「さきほどの? モリーが落書きしたという、あれか」


 リタは、うなずいた。


「この日の、良い思い出になります」

「ほう、どんな落書きだい?」


 エルウィンと一緒にいた大工長が聞いてくる。わたしは顔をしかめた。壊れた噴水にベニア小屋、これ以上、この城に汚点を残したくない。


 みんなで、テーブルを置いた場所にもどった。リタは、料理とテーブルクロスをどかして、モリーの落書きを見せた。テーブル一面に人の顔が書かれている。おそらく人。馬ではないと思う。


「どうでしょうか?」

「問題はない。使ってくれ」


 リタは笑顔で、わたしを見た。わたしは複雑な心境だ。わたしたちがテーブルに集まっているのを見て、ほかの人も集まってくる。ナサニエルが大工長に聞いた。


「どうしたんです?」

「掃除婦がこのまま使うってよ。代わり作れるか?」


 若き大工は、近づいてテーブルを眺めた。


「このテーブルなら、すぐ作れるよ」


 ふと、テーブルの上の落書きを見つめる。


「これ、おれらの作業場でも似合いそうだよ」

「作業台にはしません! わたくしどもの思い出としてです」


 リタが、とがめるような口調で言った。


「待って! あたしらだって、思い出あるのよ」


 メイドの姉妹が横から入った。


「なにやら、穏やかじゃないですね」


 庭師たちまできた。庭師長のスタンリーは絵を見て、モリーに聞く。


「モリー、この絵はだれかな?」


 モリーは、スコーンにジャムを山のように乗せて、ほおばっていた。口の端から、ぼとぼとジャムが落ちる。やめて、そのジャムは特別なんだから。


「モリー! だれを書いたの」

「エルウィン」


 それを聞いた四人の目線が、まじわった。


「ちょっと待ってくださる? わたくしが言いましたのよ」

「それを言うなら、かわりのテーブルを作るのは、おれだよ」

「まあ、いま、庭にありますからね。庭に」

「待ってよ、それなら乗ってるのは、あたしらの料理よ?」


 エルウィンがぽかんとして、わたしを見た。わたしも同じ気持ちだ。


「テーブルがあるので、アームレスリングではどうです?」

「なにそれ、男が勝つに決まってるでしょ」

「そんなに力自慢したいなら、あそこの石を動かしたら、おれは、あきらめるよ」


 ナサニエルは、石を指した。噴水の近くに転がっているコブシほどの石だ。庭師長は笑って近づく。あ、スタンリーそれ! という言葉を、わたしは飲み込んだ。


 庭師長は、笑いながら石を拾おうとした。びくともしない。今度は両手で引っぱる。顔を赤くするほど力を入れるが、石は微動だにしなかった。


「はい、脱落」

「あれは、どうなっているんだ?」


 エルウィンが不思議そうに、わたしに聞いてきた。


「たぶん、下をボルトで固定しているんだと思うわ」


 残った三人は、まだもめている。


「よし、それでは本人に聞こう」


 エルウィンはモリーに近づいた。


「モリー、あの三人にテーブルをあげるなら、誰がいい?」


 聞かれた娘は、ジャムの瓶に指を入れているところだ。残りが少ないらしい。その指をなめながら三人を見ると、ひとりを指した。


「リタおばちゃん!」

「モリー! あんなに遊んだのに!」


 カーラは悔しそうだ。


「ちなみにモリー、なんでリタなんだい?」


 モリーは、もう一度、瓶に指を入れながら答えた。


「お掃除が終わるとね、いつも枕の上にチョコがあるの!」


 リタは満面の笑みで、まわりの掃除婦と握手をかわす。くくっ、と大工長が喉を鳴らして笑った。


「若いの、年の功ってやつだな。修行が足りんよ」

「パットは、なにもやってないだろ」


 ナサニエルが口をとがらす。大工長は、にやっと笑った。


「お嬢ちゃん、プレゼントは、なにが一番良かった?」


 モリーが考える。


「木でできたハンバーガー!」

「パットが作ったやつだ! おれはドラゴンを作ったのに」


 ほらな? と大工長は、両手を広げた。


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