第45話 最後のツリー
「最後は、僕が作ってみよう」
エルウィンの言葉に、みんなが
夕食は、ダンスホールを使うことになった。エルウィンはメイドたちの手を借り、大きな鍋をコンロにかける。スープを作るらしい。この大鍋のスープは、昔に狩猟場で、よくやったそうだ。
「床が傷みます!」
執事グリフレットは反対したが、大工たちが反論した。
「そんなもの、おれたちがいくらでもなおす!」
その一言で決まった。
大鍋を、お城でぐつぐつ煮る。場所といい古い大鍋といい、まるで魔女が作る毒鍋だったが、匂いは素晴らしい。ガーリックとジンジャーの匂いが、とても食欲をそそる。
これが最後の夕食。エルウィンだけでなく、この場にいるすべての人と別れがたかった。みんなとしゃべっていると、あっという間に鍋はできた。深めの皿に、鶏肉のかたまりとジャガイモを入れてもらう。
ベンチの一つに、モリーと腰かけた。残念ながら、エルウィンの料理は、おいしいとは言えなかった。でも、いい思い出にはなった。みんなも満足そうに食べている。
食べていると、執事があらわれた。
「明日の飛行機は、午前一〇時の出発でよろしいですか?」
わたしは、お皿をベンチの上に置いて、執事とむきあった。
「そのことなんですが、空港の近くに、ホテルなんかありません?」
執事は首をひねった。わたしの言った意味が、わからなかったようだ。
「飛行機の中で、新年を迎えたくないんです。この城でなくとも、この地で新年を迎え、そしてお別れしたいのです」
今度は理解してくれた。うなずいて、しばらく考える。
「街とは反対の方向にオールド・ヴィレッジ、と呼ばれる観光地があります。そこなら宿泊施設もありますし、年末でにぎわっているでしょう。いかがです?」
にぎわってなくていい。静かな場所で休みたかったが、あまり無理も言えない。
「ママ、明日帰るの?」
「そうよ。そろそろ、おうちに帰りましょうね」
「やだ!」
モリーは、かけだして行ってしまった。
「泊まるのはそこでいいです」
執事に伝え、モリーを追う。モリーは人のあいだをすり抜けて逃げまわった。走るたびに、せっかくしきつめた枯れ葉が舞う。スタンリーたちが作った散歩道が台なしだ。
会場の中央で、エルウィンがツリーを見あげていた。モリーは走り寄り、その足に抱きついた。
「モリー!」
わたしの声に気づいたエルウィンは、モリーを抱えあげた。
「どうした? お姫様」
モリーは答えず、エルウィンの首に、ぎゅっとしがみつく。
「明日帰るので、ちょっとすねてるのよ」
「そうか」
エルウィンは、そう言うと、ぎゅっとモリーを抱きしめ返した。
「また来てもいい?」
モリーが首から手を離して聞く。エルウィンはモリーを降ろし、しゃがんでモリーの両手をにぎった。
「ドロシーを知ってるね」
モリーがうなずく。
「もう九二歳だそうだ。モリーも、うんと長く生きてれば、また会えるよ。うんと長く生きて欲しい。心からもう一度会いたいと願っているよ」
おそらく、意味はわからなかっただろう。でも、もう一度会いたいと言われて、モリーは納得したようだった。
モリーに感謝すべきかもしれない。他人がさきに泣くと、けっこう自分の涙というのはひっこむ。自分ひとりだったら、込みあげてくるものを抑えられそうにない。
「ほら、最後にクリスマスツリーをよく見ておこう」
モリーが、エルウィンとつないだ反対の手を、わたしに伸ばしてきた。わたしはその手をにぎり、ふたりと同じように、ツリーを見あげる。
まんなかにモリー。三人で手をつないで、ツリーを見あげた。
こんな気持ちでツリーを見あげることは、もう生涯ないだろう。
「ありがとう、ジャニス」
彼がわたしの方をむいて言った。わたしは笑顔を作って答えた。
「さようなら、エルウィン」
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