第42話 モリー画伯

「ママー」 


 入り口から声が聞こえた。


 王の間の入り口に、執事に手を引かれたモリーが立っている。全ての使用人があつまる以上、執事にモリーを見てもらうしかなかったのだ。


 かけ寄ってくると思いきや、階段が面白そうなのか、エルウィンの元へ走っていった。わたしは執事に歩み寄る。


「ありがとう、グリフレット」


 執事は相変わらず涼しい顔でうなずいた。その姿をまじまじと見てしまう。今日、いろいろな秘密がわかったけど、その秘密をすべて知る男、そしてそれを統括する男。執事というのは、やっぱりすごい。


「それにしても、意外と職人というのは、お互いを知らないんですね」

「縄張り、でもありませんが、自分の仕事には干渉をきらいます。まあ、それでいいでしょう」


 わたしは、玉座をもう一度ふり返った。エルウィンの上にモリーがすわり、それをみんなが囲っている。


「モリーに手を焼きませんでした?」

「ええ、いい子でした。お絵書きが好きなようで。ペンを持たせると、ひとりでずっと書いておりました」


 わたしは血の気が引くのを感じた。


「まさか、目を離しませんでしたよね?」


 執事は言われている意味が、わからないようだった。


「リタ、お願い、すぐ来て!」


 わたしは掃除婦長をつれて寝室へ駆けもどった。モリー画伯が描いたさきは、テーブルだった。良かった! 床や壁じゃなくて。


 掃除婦長に見てもらい、心配は要らないと言われた。処理としてはスポンジでこすり、あとはヤスリをかけるらしい。


「ママー、お昼にしよー」


 ひとりで部屋にもどってきたようだ。わたしはモリーをにらんだ。


「ダメよ、モリー。このテーブルをきれいにするわよ」

「これは、わたくしどもでやっておきます。ジャニス様は、ご昼食を」


 そんな話をしていると、窓の外からにぎやかな声。見てみると、みんなが庭に出ていた。男性たちが長机を運んでいる。


 掃除婦長も窓に近づき、外を見た。


「ご昼食は、お庭のようですね」


 見ればエルウィンもいる。わたしたちの窓を見上げた。おいでおいでと手招きする。掃除婦長がテーブルのはしをつかんだ。


「このテーブルも、庭に運んでしまいしょう」

「これも?」

「はい。どうせ汚れるなら、これを」


 それもそうだと思い、一緒にテーブルを運ぶ。


 庭に置かれたテーブルに合わせ、モリーの落書きテーブルもくっつける。まわりには半分に切ったドラム缶が、あちこちに置かれていた。おそらく焚き火用だろう。


 テーブルクロスを持って、若きメイドが現れた。


「ジャニス、ドロシーが一緒に、ティーサンドを作らないかと言ってました」

「行くわ!」

「ママー」


 モリーが足にじゃれあってくる。


「午前中、遊べなくてごめんね」


 しゃがんでモリーのほほをなでた。


「でもママね、これから、最後の教えをあおぎに行かないと」

「ジャニス、それすごい言い方」


 若きメイドは笑った。


「モリー、温室を見たくないかい?」


 庭師長が手招きした。


「そうだな、僕も行こう。おいでモリー」


 エルウィンの元へモリーが走っていく。まったく! 甘えっぱなしなんだから。そう思って歩き出そうとしたが、ふと、エルウィンをふり返った。エルウィンが温室?


 その背中を少し眺めて、わたしは調理場へ走りだした。

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