第40話 庭師と農夫のひみつ

「ジャニス」


 木の倉庫から出るとエルウィンに呼び止められた。

 

「きみが見せようとしている物が、わかった気がする」


 エルウィンが、わたしを見つめた。


「どうする、このへんにしとく?」

「いや、案内してくれ」


 わたしは、うなずいて、あたりを見まわした。


「スタンリーたち、どこだろう」

「ツワブキの方、じゃねえかな。でっけえ葉っぱだ」


 大工長が、先頭に立って案内してくれた。森の中を歩いていくと、庭師たちがいた。木陰に大きな葉をした草がしげっている。葉は顔が隠せそうなほど大きい。くらべて花は小さかった。タンポポをひとまわり小さくしたような、黄色い花が咲いていた。これがツワブキね。


 庭師たちは、球根を植えているようだった。庭師長のスタンリーが土をはらって、わたしたちの前に立った。


「鹿かイノシシに、スイセンの球根をやられまして」

「アカシカだろう。この前もいた」

「スイセンの球根は毒があるので、いつもは目もくれないのですが、今年はエサが少ないのかもしれません」

「植えなくても、いいのではないか?」


 庭師長は首をふった。


「なるべく、環境を変えたくなくて。なにがどこに影響するのか、わかりません」


 わたしは、エルウィンと庭師長の会話に入った。


「スタンリー、毎年、どのぐらいの球根を植えるの?」

「さあ、正確に数えたことはありませんが、一二〇〇ぐらいでしょうか」

「一二〇〇!」


 若き大工が、びっくりしている。大工長が、そんな若者の肩を叩いた。


「わしらは老朽化との戦いだが、庭師は自然が相手だ。大した野郎どもだよ」

「それを言うなら、私より上がいるかと」


 庭師長はそう言って、みんなを連れて歩きだした。なんだろう? これはわたしの予定にはなかった。


 庭師長に連れられて来たのは、森を抜け、少しひらけたところ。同じ種類の木が、まばらにある。それぞれの木に二つか三つ、真っ赤な果実が残っていた。リンゴだ。


「バートランド!」


 庭師長の呼び声で、木の下にいる前執事を見つけた。わたしたち一団を見て、何事かとかけ寄ってくる。


「どうされました? こんな大勢で」


 昨晩に連絡をしたのは、現役の使用人だけ。偶然いた前執事を、おどろかせてしまったようだ。


 執事のスーツを着たバートランドもいいが、農夫姿もいい。優しさが、にじみ出ているようだった。わたしに、おじいちゃんがいたら、こんな人がいいなと思った。


「バートランドこそ、なにをしていたのだ?」


 エルウィンが、前執事に聞いた。


「いくつかが病気になってまして、この冬を越せるかどうか」


 前執事の言い方は、なんだか人間に対して言っているみたいだ。残っているリンゴをさわってみた。ちているかと思ったが、まだまだ固い。


「これ、もいでもいい?」

「ええどうぞ。鳥のために、何個か残しているだけですから」


 鳥には悪いが、一番おいしそうなリンゴを探した。リンゴは、いくつかの品種を作っているようだ。


 ひときわ小さいリンゴがあった。見たことがない品種だ。もいでみる。服でちょっと拭いて、かじった。うわっ! 声にださず、おどろく。


 話をしているエルウィンや前執事から離れて、うしろにいるメイドたちに近寄った。


 妹のフローラが一団に追いついていた。娘のモリーを見てくれる人が見つかったようだ。わたしはメイドの三人を近くに集めた。


「これ、食べてみて」


 カーラ姉妹は、わたしの言いたい意味がわかったようだ。カーラがリンゴをかじる。やっぱり姉が最初なのね。


 かじったカーラは目をむいて、わたしを見た。


「市販のものと、まったく違いますね」

「そう、酸味が強くて青々しさもすごい。カーラは、いままでに食べたことは?」

「ないです」


 フローラが姉の手からリンゴをもぎとる。一口かじると、やっぱり目をむいた。次にビバリーへとわたす。ビバリーがリンゴをかじった。


「きゃあ、おいしい!」


 わたしとメイド三人は、集団から離れて考え込んだ。


「これじゃない?」

「間違いなく、これでしょう」

「とんだ秘密がありましたね。材料から、ちがうなんて」

「これ、これってなんです?」

「ジャムよ!」


 ビバリーにむかって、押し殺した三人の声が重なった。わたしは前執事の方に、リンゴを見せた。


「ねえ、これ、なんて品種?」

「それに名前はありません。昔から、ここで栽培しているリンゴです」


 やっぱり。メイド三人と目が合った。一団の前へもどると、庭師長が、前執事に聞いていた。


「種小屋を見せてもらっていいですか?」

「お見せするようなところでは」


 それを聞いたエルウィンが、興味を示して言う。


「ぜひ見たいな。案内してくれるか?」


 前執事、いや、農夫バートランドは、ふしぎそうにしたが首を縦にふり、歩きだした。


「種小屋」と呼ばれた小屋は、思ったより近くだった。ほんとに質素な、小さい木造の小屋だ。それを見たエルウィンが、ぼそりとつぶやいた。


「ここは、たしかパイプ小屋だな」

「パイプ小屋?」


 わたしは聞き返した。


「ああ。使用人たちが、パイプや酒を楽しんでいた小屋だ」

「そうです。祖父の代で、使っていなかったここを、改築させていただきました」


 農夫バートランドはポケットから鍵をだして、入り口の南京錠を外した。中に入って目を見張った。壁という壁に、びっしり引出しが設置されている。薬棚か宝石棚のように引出しは小さい。


「いい腕してやがるな、昔の大工も」


 大工長は、そう言って引出しをなでた。


 農夫が、小さな引出しの一つを引いた。そこから、また小さな紙包みを取りだす。ひらくと種が入っていた。


「さきほど食べられた、リンゴの種です」

「じゃあ、この引出し、すべて種なのね!」


 庭師以外のみんなが、おどろく。


「それなら、野菜の種も保存すればいいのに」


 若きメイドが、ぼそっとつぶやいた。


「ふぞろいなんですよ、ここの野菜」


 さきほど、貯蔵庫で見た野菜を思いだした。たしかに、ふぞろいだった。


「それは、逆です」


 農夫のかわりに、庭師が答えた。


「種取りを毎年しているから、形がまちまちなんです。買った種であれば、大きさは均等になります」

「えっ、そうなの?」


 思わず、わたしが反応してしまった。庭師長スタンリーは、若いメイドの目を見た。


「なぜだか? わかるね」


 さきほど「ここの野菜はふぞろい」と言ったビバリーは、そう言われても考えこんだ顔だ。


「味を変えないため、か」


 メイドではなく、エルウィンが農夫を見つめて言った。農夫バートランドは、静かにうなずいた。


「まいったな」


 エルウィンが、上をむいて、ため息をついた。


「僕はとんだ、愚か者の王らしい」


 わたしは、なんと言っていいかわからず、みんなを連れて外に出る。バートランドと別れて、お城にむかった。

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