第39話 大工のひみつ
玄関に出た。大工長のパットが階段にすわっている。
「では、お願いパット」
大工長は腰をあげた。一団のうしろを見る。カーラとビバリーが、ついて来ていた。
「あんまり、大勢には見せたくねえんだがなあ」
そう言って歩きだした。北側にある雑木林の道を進む。通ったことがない道だ。林を抜けると、大きなコンクリートの倉庫があった。真四角で、巨大な箱のよう。
「これは、はじめて見るな」
エルウィンが、おどろいている。
「なにこれ? こんなのが敷地にあったなんて」
メイドのふたりも、目を大きくしている。
「わしら、大工たちが使う建物だ。じゃあ次に、庭師のほうへ」
大工長は、そう言って道を引き返そうとする。わたしは、大工長の前に立ちふさがった。
「パット! お願い、ちゃんと案内して」
大工長は嫌そうな顔をした。帽子を脱ぎ、あたまをかく。
「しょうがねえなあ」
そう言って帽子を被りなおす。ポケットからリモコンをだして、ボタンを押した。正面にある巨大な扉が、ゆっくり動きはじめる。そこには、様々な木材が保管されていた。立てかけている丸太もあれば、大きな棚に積み上げられた板もある。
「ここは、木の倉庫だ」
大工長が言った。みんなで倉庫に入っていく。高い天井を見あげた。三階建てぐらいの高さだろう。壁には、巨大な換気扇が二機まわっている。
「こんなに予備の木が必要なのか? 城はそれほど、傷んでいるとは思えないが」
エルウィンが、ふしぎそうに聞く。大工長が、ふり返って答えた。
「ここは、木を寝かせておるんです」
「寝かせる?」
「切ったばかりの木は、新しくて使えません」
「ちょっと大工だけ贅沢すぎない? あたしらは、昔からの貯蔵庫で我慢してるのに」
そう文句をつけたのは、メイドのカーラだ。たしかに材木置場にしては立派だ。大工長は、また帽子をとって頭をかいた。
「十年ほど前に、泥棒に入られちまって。木ってやつは思いのほか金になる。それから、この倉庫を作ったってわけだ」
「盗まれたのは、いくらぐらいの?」
わたしは聞いてみた。自宅のキッチンにつけた板は、八ドルほどだった。
「一万ドルぐらいのやつが、一〇本」
「一万ドル! 木の板が?」
「いや、板じゃねえ、丸太だ」
そうだとしても高い! 倉庫があるのは執事から聞いていた。まさか木の値段が、そんなに高いとは。
「あれが、盗まれなくて良かった」
大工長が、右の奥を指した。
「一番奥の丸太は、マホガニーだ。百年ほど前に先代たちが、キューバから仕入れた」
マホガニー。アンティークショップで目が飛び出るぐらい、高かったキャビネットを見たことがある。
「いまじゃ、ワシントン条約なんて面倒もあるんで、いいやつは手に入らねえ。値段は、聞かねえほうがいいぞ」
大工長は、わたしを見て、にやっと笑った。言われなくても、怖くて聞けない。大工長は次に左を指さした。
「左の壁に立てかけてあるのは、オーク材やパイン材。切った年代が、全部ちがう」
「なるほど、色合いか」
エルウィンは合点がいったようだ。
「色合いもそうですが、薬品で多少は、ごまかせます。面倒なのは目のつまり具合で」
「そこまで合わせるのか!」
「木目、というのは同じものがねえです。しかし、なるべく似たのを探します」
大工長は一団を連れて、さらに奥に進む。もう一度リモコンを押した。二メートルほどの高さの扉が、電動でひらいていく。
奥は作業場になっていた。三人の大工が、それぞれ作業台にむかっている。手前の作業台では、知った顔が木のドアノブを作っていた。数学者のような、くしゃくしゃ頭。若き大工のナサニエルだ。
「あら? それ、見たことがあるわね」
どこかで見たような、ドアノブだった。うしろから、カーラに服を引っぱられた。
「カーラ、ほんとよ? どこかで」
ナサニエルは、もう一個のドアノブを見せた。マジックで黒く塗られている。
「お嬢さんが、塗りました」
わたしは、口をあんぐりあけて、まわりを見た。みんなが、わたしを見ている。
「だから聞かなくていいのに」
うしろでカーラが、ぼそっとつぶやいた。モリーは、あとでしかるとして、わたしは今一度、片手をあげた。
「次! 次、行きましょう!」
大工たちも連れて、倉庫を出た。
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