第38話 エルウィン城ツアー

 みんなの朝食が終わり、食堂は静かになった。

 

 がらんとした食堂で、城主エルウィンを待つ。


 娘のモリーはフローラにまかせた。カーラとビバリーは、調理場で片付けをしている。


 テーブルにすわっていると、ビバリーがコーヒーを持ってきてくれた。ビバリーは、いい子。地元で会ってたら、きっと友達になってただろう。


 明日の朝は、もう出発。これが、ここでの最後の朝食。しみじみと食堂のあちこちを眺めながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。


 壁に真鍮のフライパンが、ならんで飾ってあるのを見つけた。昔のフライパンだ。使ってはいないだろうけど、ぴかぴかに磨かれている。ここは、料理を愛する人があつまった調理場だ。わたしの勤めるダイナーでは、使っているフライパンでさえ、磨かれていない。


「早いな、もう皆は済んだのか」


 そう言いながら、エルウィンが入ってきた。


「それに、いい匂いだ」


 城主は、わたしの前に腰かけた。


「おはようエルウィン。フレンチトースト食べる?」

「それは楽しみだな。ぜひ」


 一度席を立って、エルウィンのフレンチトーストを作った。


 彼が食べ終えるまで、わたしはコーヒーを飲んで待つ。


「ビバリーの言葉は大げさではないな。きみは朝食の女神だ」


 ナプキンで口元を拭きながら、エルウィンが言った。


「ありがとう。それでね、エルウィン。お願いがあるんだけど」

「ほう、なんだろう」


 エルウィンは姿勢を正した。


「これから、少し付き合ってもらえる?」

「それは構わないが、どこかに行くのか?」

「エルウィン城のガイドツアー!」

「僕の城を? 誰が行くのだ?」


 わたしはエルウィンを指した。


「ガイドツアーと言うからには、僕がガイドすればいいのだな?」


 わたしは、首をふった。


「では、ガイドは誰が?」


 わたしは自分を指さした。


「きみが?」


 エルウィンが腕を組んだ。


「まったく、意味がわからないな」

「行きましょ。あなたの時間は貴重だわ」


 わたしは席を立った。エルウィンも立ちあがる。ガイドってどうやるんだろう。片手をあげてみる。


「エルウィン城、ガイドツアーへようこそ!」


 エルウィンが首をかしげた。


「では、どうぞこちらへ!」


 先頭に立って調理場にむかう。メイドのふたりは片付けの手を止め、わたしたちの前にならんだ。


「こちらは、メイドのカーラとビバリー」

「ジャニス、ふたりの名前なんて、もちろん知っている」

「エルウィン! ガイドの途中よ」


 エルウィンは、ふしぎそうに眉を寄せ、でも、うなずいて口を閉ざした。


「では、カーラ、案内を」


 カーラは、わたしたちを連れて、調理場の勝手口から出た。出てすぐとなりの木戸を指さす。


「こちらは、貯蔵庫になります」


 入った貯蔵庫には棚があり、カゴに野菜がぎっしり入っていた。多いのは玉ねぎだ。大小いろいろな玉ねぎが保管されている。玉ねぎ嫌いのモリーがいたら絶叫するだろう。大型の冷蔵庫も三機あった。肉などを入れるらしい。


 カーラはさらに奥の部屋へ案内した。書棚があり、びっしりと本がならんでいる。


「これまでのレシピです」


 エルウィンが考え深げに、あごに手をやった。


「こんなにあるのか」


 カーラは、書棚から一冊の本をだした。


「これが一番新しいレシピです」


 ページをめくる。


「最新は、モリーとドロシーによる、七色のババロア」


 エルウィンが、顔を近づけてレシピを見た。


「食べたいものがあれば、今後も、いつでもメイドに言ってください」


 カーラはレシピを閉じ、エルウィンに一礼した。わたしは、またガイドのように片手をあげた。


「では、次に行きましょう!」


 まだふしぎそうなエルウィンを連れ、わたしたちは貯蔵後をあとにした。

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