第34話 スケート小屋
昼食後、エルウィンがあらわれない。
メイド長に聞いたところ、眠ってしまったらしい。牛舎はやめて、昼からは部屋で遊ぶことにした。
せっかくなので、ツリーの下に置かれた山のようなプレゼントから、いくつかを部屋に運ぶ。
しゃべるフランス人形や、騎士が描かれたカードゲーム、手作りの木のおもちゃなど。あっという間に、部屋はぐちゃぐちゃ。
なにか入れ物はないかと聞くと、木製のチェストが部屋に運びこまれた。
ご多分にもれず、年代物のチェストだ。こんな古い家具に、おもちゃを入れていいのだろうか。バチが当たりそう。そう思っていたら、中にしまったフランス人形が「メリー! クリスマス!」と叫んだ。あわてて取りだし電源を切る。心臓が止まるかと思った!
メイド長から、お茶の差し入れもあり、あとはぼんやりと暇をつぶす。ぼんやりしすぎて「ママ聞いてるの!」と、何度もモリーにしかられた。
エルウィンの残り時間が少ない、ということはわかっていた。日がせまると、こんなに、さみしい気持ちになるのか。でも明日には会えるだろう。この時は、そう思っていた。
ところが次の日も、エルウィンの姿はなかった。
今日は、なにをしようか? と考えていたところ、庭師長のスタンリーがやってきた。
「お嬢さん、スケートでもしませんか? いいのができたんです」
いいのが?
よくわからなかったけど、凍った池まで来て、いいのがわかった。
池のほとりにあったのは急ごしらえの、小さな小屋だ。
「ありあわせの木材で作っただけですよ」
スタンリーはそう言うけど、それでも風よけには充分。池側に壁はなく、スケートをするモリーを見守ることができた。おまけに小屋の中には、まきストーブまである!
「昨日、大工の連中が作ってくれたんですよ。お嬢さん、スケートが好きでしょう?」
ありがたかったが、そこまでしてもらうと心苦しくもあった。
「おう、来たか」
ふり返ると、庭師長の息子ジェームスだった。手にはスケート靴を持っている。
「こいつ、スケートは、なかなか上手いんですよ」
やっぱり
「みんなに、これ以上ないってぐらい、お世話になりっぱなしで」
庭師長は首をふった。
「これを作った大工たちも、気がまぎれますよ。言い伝えで知ってはいますが、なにもかもが、はじめてなんです」
それを聞いて、はっとなった。この人たちも、わたしと変わらない。エルウィンとの別れはみんな、はじめてだ。
「つらいですね、それは」
庭師長は、お城をふり返り、顔をしかめた。
「ええ、思っていた以上に。北の塔の扉が動くまで、半信半疑だったのに」
「北の塔?」
「ほら、あの塔です」
庭師長は二つの塔のうち、時計のない北側の塔を指した。
「いまは通常の寝室ですが、百年の眠りにつく部屋は、あの最上階なんです」
塔の一番上、大きなステンドグラスが見えた。あそこが部屋だろう。
「一月一日の〇時です。執事、私、メイド長が、言い伝え通りに塔の前で待ちました」
「三人だけ?」
「ええ。あまり大勢で待つのも、失礼かと思いまして」
そうだろうか。まあ、お祭りさわぎで迎えるのも、ちがう気がする。
「がちゃ、と鍵が動いた時には、正直、縮みあがりましたよ」
庭師長が怖がったのも無理はない。わたしなら失神している。
「こっちから、あけられないの?」
「できません。鍵は内側だけです。眠りを
そうか。眠ったエルウィンの部屋に、泥棒でも入ったら大問題だ。
言われて見れば、時計塔には窓があるが、エルウィンが眠るための北の塔には窓がいっさいない。
「緊張のきわみで待っていた私たちに、彼は、なんて言ったと思います?」
「思いつかないわ。待たせたな、とか?」
庭師長は、大げさに首をふった。そして、扉をあける真似をして言った。
「すまない、トイレの場所が変わっていたら、教えてくれないか?」
わたしは思わず吹きだした。
「ひどいわね」
「ええ、こっちは百年待っているんです。もっとあるだろう? と思いましたね」
「彼にしてみれば、いつもどおり、なのかもしれないわね。そして彼らしくもある」
「その通りです」
庭師長は、うなずいて眉を寄せた。
「旧世界の領主です。どんな暴君でもありえます。ところが出てきたのは、いまの時代に滅多に会えないような好青年でした」
エルウィンは青年という年ではないが、わかる気がする。気づかいや優しさが、いまの時代の人間とは、どこかちがうのだ。
「私も、ほかの者も、あっという間に
庭師長は大きく、ため息をついた。
「それが、たった一年で」
庭師長の肩を、わたしはさすった。わたしでも胸が締めつけられるのだ。ここの人は、もっとだろう。
「みんな、いまは耐えているのね」
庭師長が、ちょっと苦笑いした。
「そうでもありません。ミランダは諦め切れないのか、革靴を持って、出かけてしまいました」
あの、ガラスの靴のレプリカ。メイド長の気持ちは、わかる。でも残りの日で、伝説の彼女が見つかるとも思えなかった。
ざっ! と氷を蹴る音がして、おどろいて顔をあげた。ジェームスが小屋の前に来ていた。
「誰かがキスすれば、解けるんじゃないの?」
「ジェームス!」
少年は、父の怒声を涼しい顔で流した。
「そこまでして、あの人は幸せなの?」
「おい!」
庭師長のしかる声を、わたしは止めた。少年には難しい問題だが、ごまかしてはいけないとも思った。
「ジェームス、それは彼にとって一番重要なの」
「わからないな。おばさんは、わかるの?」
わたしは首をふった。
「わからないわ。わたしは、そこまでの恋をしたことがないから。でもジェームス、決して間違ってはないの」
すべりだそうとしたジェームスを、わたしは止めた。
「待ってジェームス。スタンリーが明日、あなたを捨てると思う?」
ジェームスが、庭師長のほうを見る。
「ないと思う。父さんだから」
「それはちがうわ。我が子を捨てる親なんて、いくらでもいる。スタンリーが、あなたを捨てないのは、あなたを愛しているから。ちがう?」
ジェームスは面白くなさそうに顔をしかめた。
「おばさんだったら、話は早かったのに」
そう言い残して、すべっていってしまった。わたしは出すぎた真似をしたことを、庭師長にわびた。
「いえ、息子には昨日から色々と聞かれましたが、うまく答えられなくて。あなたが言ってくれて良かったと思います」
庭師長は、二度目のため息をつき、言葉を重ねた。
「なにもわかっちゃいない子ですが、ひとつ同意見があります。あなたなら良かったのに。私も、そう思いますよ」
それには、わたしも苦笑するしかなかった。
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