第33話 クリスマス・プレゼント

 トーストとオムレツを食べ終わるころ、メイドがあらわれた。


 調理場へ一番乗りのメイドは、意外なふたりだった。若いビバリーと、メイド長の娘クロエ。ふたりとも困った顔をしている。その理由を聞いて、思わず笑った。


「母は、情けないことに二日酔いで、使い物になりません」


 そう言ったのは、メイド長の娘。クロエは若いのに、しっかりしてるのね。


 ビバリーも、もうしわけなさそうに続いた。


「あたし以外のメイドもです。みんな寝てるわ」


 朝食の支度ができそうもないと、ふたりはエルウィンにわびた。


「何時までパーティーは続いたの?」


 エルウィンが笑いながら言うには、おそらく明け方らしい。彼自身は、途中で切りあげたそうだ。しかし、一生に一度あるかないか、そんなパーティーだった。みんなが羽目をはずすのも無理はない。


 朝食には、誰もこないのではないかと思った。でもビバリーが言うには、となりの部屋は起きている音がしたらしい。メイドが使う業務帳で確認したところ、となりは前メイド長、ドロシーのようだ。


 なるほど。昨日のパーティーで、アルコールの誘惑に勝ったのは、数人ってわけね。子持ちのわたし、特殊な持病の城主、それに未成年ふたりと老婆ひとり、というわけだ。


「エルウィン様の朝食は、いま食べておられますので、あとはもう、それぞれ個人で」


 ビバリーの言葉を、エルウィンがさえぎり、わたしを指した。


「僕が言うのも、おこがましいが、この女性に頼んだほうが早くないか?」

「エルウィン様、さすがに素人の方には」


 小さなメイドの大人びた言葉を、今度はビバリーがさえぎった。


「クロエ、それ以上言わないほうがいい。あとで恥をかくから」


 いぶかしげな目で見る小さなメイドに、ビバリーが言葉を重ねた。


「食べたらわかるから。この人はね、もう朝食の女神って感じ」


 そこまで褒められると、なんだか背中が痒くなってきた。横からエルウィンが、おどろいた声をあげる。


「待て、ビバリーは、ジャニスが作ったものを、食べたことがあるのか?」

「はい! 昨日の朝。あんなに美味しいチーズサンドは、はじめてです」


 エルウィンが天をあおいだ。


「さもあらん。ひとりで食事をすると、やはり損をするだけだな」

「大げさよ」


 わたしは笑って立ちあがり、腕まくりした。


「じゃあ、今日は、三人でまわしちゃいましょう」


 未成年二人を連れて、わたしは調理場に移動する。なにを作ろうか、というところだが、この日は、あっさりにしようと思った。二日酔いが多いから。


 トマトとアボガドの野菜サンドを作る。スライスしてもいいけど、わたしは角切りにしたほうが好きだ。トマトとアボガドの大きさをそろえると、口の中で上手くまざり美味しさが増す。ここの卵で作った即席マヨネーズも利いて、なかなか会心のできだった。


 思ったとおり、二日酔いの群れは、起きてくる時間がまちまち。たいして混み合うことがないので、楽にまわせた。


はじを、かきました」


 弱々しい声にふり向くと、小さなメイド。クロエは食べかけの野菜サンドを手に、もうしわけなさそうな顔をして、わたしを見あげている。


 かわいい。思わず、あたまをなでてしまった。


 あらかたの朝食を作り終え、食堂を出る。エルウィンとモリーを探した。ふたりはクリスマスツリーの下で、山のようなプレゼントをあけていた。


 しかし意外や意外。会場はきれい。ワゴンや食器は姿を消していた。枯れ葉の道やベンチにテントといった装飾だけが、そのまま残されていた。みんな、すごい。酔ってふらふらでも片づけてから寝たのね。


 メイドのビバリーが、満面の笑みを浮かべて入ってきた。その腕に、大きなクマのぬいぐるみを抱えて。


 モリーが歓声をあげて、ぬいぐるみに抱きつく。もうやめて、ほんとに家に入らないから。


 わたしはひたいを押さえて、近くのベンチに腰をおろすと、エルウィンが来た。


「きみにもプレゼント、というわけではないが」


 そう言うと、ポケットからメモ用紙をだした。メモ用紙には、一件の電話番号が書いてある。


「ここを担当している弁護士だ。なにかと相談に乗ってくれるはずだ」

「これって」


 わたしが聞く前に、エルウィンが答えた。


「昨日、ドロシーから相談を受けた。力になってやれないかと」


 受け取って良いものだろうか。じっとメモ用紙を見つめた。しばらく考えたすえ、エルウィンの方へ返した。


「受け取れないわ、あまりに甘えてる」


 エルウィンは、残念そうな顔をした。


「それほど、大変な問題ではないの。わたしがちょっと、勇気をだせばいいだけ」

「勇気か」


 エルウィンは少し考え、首から小さなペンダントを外した。


「ローズから、もらったお守りだ」

「ローズって、あのローズ?」


 この城でローズと言えば、ローズの墓に入った本人だ。エルウィンは、うなずいた。


「ちょ、ちょっと待って。それって何百年も前の物でしょ!」


 どこかの博物館に展示されても、おかしくないような代物だ。


 もらえないわ! と断ったが、エルウィンが今度は引かなかった。しぶしぶ手のひらで受けとる。お守りは、その形から銀貨かと思ったら、見たこともない文字や記号が書かれていた。


「僕が聞いたのは、勇気と、慈愛をつかさどる意味らしい」


 首のうしろで結ぼうとしたが、細い革紐で上手く結べない。


「僕が」と言って、エルウィンがつけてくれた。どきっとしなかった、と言えば嘘になる。離れぎわ、彼の唇を見つめてしまった。わたしは心の中で、伝説の彼女にわびた。

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