第29話 クリスマス・パーティーのはじまり

 しっかりと時間をかけて、招待客の出迎えが終わった。


 ほどなくして、ダンスホールの待合室に通される。全員が来賓だが、最小限の人は仕事をするようだった。


 待合室まで来て、どきどきしている自身の胸に気づいた。それもそうだ、あの「舞踏会場」に入るのだから。


 まわりの女性たちを見ると、ほほを赤くしたり、そわそわしているのがわかった。年齢に関係なく、みんな一緒ね。


 つかの間の静寂のあと、いくつかある扉が同時にひらく。近くの扉から入り、わたしは思わずうなった。まわりからも「わぁ」という、感嘆の声が聞こえる。


 ふき抜けのダンスホール中央には、それは大きいモミの木がそびえ立つ。そのてっぺんからは、ロープに結ばれた色とりどりの三角旗だ。それが壁へとつながっていた。


「きれいねぇ」


 となりのご婦人が、うっとりとツリーを眺めている。巨大なツリーは、まばゆい光を放っていた。


 ツリーに近づいてみると、金銀、または水晶の飾りが、全体に散りばめられている。これらは本物の金や銀だろうか。あまり考えると、落ちて壊れないのか心配になりそうで気にしないことにした。


 巨大なツリーのまわりには、なにもない。ここがダンスの場になるのだろう。よくできている。しかし、ほんとにうなったのは、その外周だった。


 床にがんじょうな布をしき、端はレンガをならべて止めていた。その上に枯れ葉をしきつめている。まるで秋の散歩道だ。


 その散歩道には、いくつものワゴンが置かれていた。あるワゴンの上には、パンとチーズが。またあるワゴンには、ローストビーフが。そのほか鶏肉のコンフィや、テリーヌといった手の込んだ料理もある。新旧のメイド長がそろった今日の料理は、さながら料理の博覧会だ。


 ワゴンに山盛りのミートソースを見つけた。これは絶対、モリーの注文。もちろん、ケーキもクッキーも山のように盛られたワゴンがある。


 ほかにも、いろいろと趣向がこっていた。鉢に植えられた腰ほどの高さの常緑樹。その横には木のベンチがあった。温室にあった花々も、あちらこちらに飾られている。そして、テントのような、麻布で作られた円錐形のオブジェ。そう、テーマは「キャンプ」だ!


 うまく考えたものね。これなら給仕の必要はない。また、立食パーティーのような堅苦しさもなく、自由気ままに食事ができる。


 急に会場が静まり返った。おくに大きな階段があり、そこへエルウィンとモリーが立っている。


 エルウィンが、モリーの背中をそっと押すのが見えた。


 モリーは大勢の人に圧倒されて、しゃべれないようだ。片手に紙が見える。それを読むんじゃないの? 


 かけ寄って助けるべきか。そう思った時だ。エルウィンが、しゃがんでモリーにたずねた。


「モリー、みんなに言いたいことは、ないかい?」


 やっとモリーが、もじもじと口をひらいた。


「あのね、モリーは玉ねぎがきらいなの。いつも残してママにしかられるの」


 会場の大人たちが、きょとんとした。もう見てられない。かけ寄ろうとした時、次の言葉をしゃべりはじめた。


「でも今日はね、ミランダも、クロエも、ビバリーも、カーラもフローラもレベッカもドロシーも、みんな朝からいっぱい、いーっぱい作ってくれたから、モリー、玉ねぎ、残さないから。みんなも、いーっぱい食べてね。ぜったい美味しいから!」


 拍手が起こった。会場内にいたメイドたちも、拍手を受けて照れている。


 エルウィンが手をあげたので、もう一度、静かになった。


「クリスマスツリーはどうだい?」


 モリーは手をたたいて、大きな声で言った。


「最高、最高なの! いままでで、いーちばん大きい」


 またしても拍手がわいた。会場のすみっこに、タキシード姿の庭師長がいる。まわりから庭師たちに拍手が送られ、満足そうな笑顔を見せた。


「ママ、ママ!」


 急に呼ばれて、あわてて手をふった。


「エルウィンがね、今日はみんな、帰らないんだって。モリーね、ぜったい寝ないから! 寝ないからね。おなかすいた。食べよう!」


 これには会場から大きな笑いと、より一層の拍手がわいた。ほうぼうで、酒瓶の栓を抜く音がする。パーティーのはじまりだった。


「いい子ですね、モリーは」


 ふりむくと、前メイド長がいた。


「ドロシー!」

「少し、お時間を拝借できますか?」


 ドロシーに連れられ、ワゴンの道を歩いていく。


「あの子から聞きだしましたよ。あなたの食べたかったものを」


 案内されたワゴンを見て「あっ!」と声がでた。大きな銀盆の上に、これまた大きな魚の形をしたパイが盛ってある。


「これは、スズキのパイ包み!」


 スズキ一匹を、丸ごとパイで包んだ豪快な料理だ。パイを焼くのは好きだけど、この料理は食べたことも、作ったこともない。また、こんな料理をだす店にも縁がなかった。


 ドロシーが器用にパイ皮を切り、スズキの身をほぐす。いくつかソースがあったが、まずは、なにもつけずに食べてみる。


「美味しい!」


 ひとかけ口に入れ、大きな声で言ってしまった。身がとてもやわらかい。魚に直接、火を当てないからだろうか。とても、しっとりとしている。


 それだけではない。ほんのりと香る香草が、かなり複雑だ。目を閉じて匂ってみる。


 だめだった。集中していでも、使用している香草すべてはわからない。


「良いところに目をつけますね。料理の本ではタイムぐらいしか書いていません。しかしハーブというのは、人それぞれ、独自の組み合わせを持つものです」


 わたしはなにか答えようと思ったが、ダンスホール内に、いきなり音楽が流れはじめた。


 会場の一角に、バイオリンやチェロを持った人たちが演奏している。おどろくことに、それは来賓者たちみずからだ。


「ここの人たちは、楽器の演奏もできるのですか!」

「城のあるじは眠っておりますからね、意外とひまも多いのです。ほら、練習する場所は、ここなら、いくらでもありますでしょ?」


 明るくて軽快なワルツが鳴り響き、ツリーのまわりで踊る人も出はじめた。これはすごい。すごすぎる。わたしは心の底から感心した。

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