第22話 モリーの願いごと

 勝手がちがう調理場にも、だんだん慣れてきた。


 そう思っていると、とつぜん、食堂内の人たちから拍手がわき起こった。城のあるじが来たのかと思いきや、ちがった。入ってきたのは小さな王女? いやモリーだ!


 娘のモリーは、ピンクのドレスを着ていた。ふわふわのチュールを重ねたデザインが、なんともかわいらしい。あたまにはシルバーの髪飾りまでつけていた。モリーが調理場のわたしを見つけて、かけよってくる。そのうしろからメイド長も入ってきた。満面の笑みで。


「やりたかったことが叶いましたわ。すっきりした!」

「普通の服でもいいのに。でもありがとう」

「大人用も着せてみたいのですけどねぇ」

「それは辞退します」


 メイド長がむくれていると、一気に一〇人ほどが入ってきた。これはコーヒーを入れなおさないと。


「手伝わせましょう。カーラ、フローラ、ビバリー!」


 メイド長に呼ばれた三人のメイドは、さっと口元をハンカチでぬぐうと、自らの食器を持って立ちあがる。


「さあさあ、お姫様は、朝ごはんにしましょう」


 メイド長はそう言って、モリーの手を引いてくれた。


「さすがです。あなたたち、母娘おやこは」


 背後から急に声をかけられて、びっくりした。


「グリフレット! おどかさないでよ」

「目立たぬのも、執事の重要な資質です」

「それにしても、みんな朝早くから元気ですね」


 わたしの言葉に、執事が首をかしげた。


「それはそうでしょう。準備がありますので」


 今度は、わたしが首をかしげる。なんの準備だろう。


「おや、ご存じありませんか? ご令嬢のご活躍を」

「モリーの?」


 聞けばちょうど、わたしとメイドのカーラが、白ワインを飲んでいた時の話。モリーと食事をしていたエルウィンは、ふと「クリスマスにプレゼントはいるかな?」と聞いたらしい。あまりに色々ありすぎて忘れていた。今日はクリスマス・イブだ。


「なんと言ったんです? モリーは」

「みんなでクリスマス・パーティー」

「それは」

「はい。無理だと、我がきみは申しあげたそうですが」

「まさか、ごねました?」


 執事は大きく、うなずいた。


「それは見事な、ごねっぷりだったそうで。スケート靴やおもちゃといった代案も、一切拒否です」


 ごねる姿が目に浮かぶ。しかも最後には泣く。


「これには、我がきみも折れるしかありません。そこからさらにツリーや食べたい物など、あれやこれやの」


 もう、いたたまれなくて、聞くのがつらい。わたしは食堂を見まわした。それで、こんなに朝から人が多いのか。さきほどの庭師と思われる三人は、追加のチーズサンドをほおばりながら、図面をかこみ熱心に話し込んでいる。


「あれは西の森から、モミの木を切りだす計画です。庭師たちが昨夜、一番良いモミの木を探しだしました」

「そんな大げさな!」

「当然です。おそらく何百年ぶりかの晩餐会」


 真剣な顔で執事は言い、眼鏡をあげなおした。


「今宵は、使用人一同の矜持が、かかっております」

「きょうじ?」

「誇り、いや、使命とも言えましょう。ご期待を」


 あっけに取られるわたしを置き、執事は去っていった。


「フローラ! 言ってくれれば良かったのに」


 うしろで食器を洗っていたフローラに言った。フローラは、エルウィンとモリーが食事をした席にいたはずだ。


「すいません! 反対されるかと思って」

「もう!」


 わたしはそう言いながら、フランパンに火を入れる。


「ジャニス、あまり妹を責めないでください。あたしも大賛成です」


 カーラが何も言われずとも新しい皿をだした。


「今日は、アラームより早く起きました。こんな緊張感、はじめてです」


 カーラが真剣な顔で言う。わたしはただ、もうしわけないばかりだ。


「ちゃちゃっと気楽にやって。お願いよ」


 モリーが満足すればいいだけだ。軽いパーティーにしてもらおう、わたしはそう思った。


 

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