第23話 モリーの招待状

 部屋にもどると、ちょうど掃除婦が出ていくところだった。もう部屋を掃除してくれたのか。


「あのー」


 声をかけた。か細く、小さな女性だった。白髪が多いのを見ると、わたしより二〇ほど上だろう。


「お世話になってるジャニスと言います。毎日の掃除はいいですから」


 掃除婦は、ほほえんで答えた。


「わたくしの仕事ですから。お気遣いなく」


 そのほほえみは、お客に対してのほほえみだ。


「ほんとに結構なんです。お客さんじゃありませんから」

「汚れたままだと、あとで困ることにもなります。どうかお許しを」

「では、わたしが掃除しますので」

「それは、おやめください。こちらにはこちらの、やり方がありますので」


 最後は真顔で注意された。あまり出しゃばるな、という意味かもしれない。


 モリーはメイド長から借りたペンで、クリスマスカードを書きはじめた。わたしがスケートの途中に、センターストアで買ったものだ。キャンディや靴下の形をしたカードが一〇種類ほどある。


 わたしは長椅子に寝っころがって、モリーを見守った。長椅子は昨日まではなかった。さきほどの掃除婦が置いていってくれたのだろうか。


 長椅子は猫のような足をした年代物だ。しなやかな曲線に深い木目の長椅子。


 お城の部屋に長椅子だ。雰囲気にとてもよく合っている。昔の王妃も、こうやって長椅子にすわり我が子を見守ったのだろうか?


 ふと、モリーが書いている文面を見て、クリスマスカードではないことに気づいた。


「招待状なの?」

「ママのは待ってね。モリー、いそがしいの」

「はいはい。ママは急ぎませんよ」


 モリーはカードが足りないと言ったが、とりあえず一〇枚すべてを招待状にした。誰にわたすのだろうか? と思ったが、やはり、まずはこの城のあるじ、エルウィンにわたすそうだ。


 この時間、エルウィンは主人用の食堂にいるらしい。ひろい城内を上へ上へと進み、最上階にある食堂についた。ノックをし「どうぞ」と言われて入る。


「わぁ」と思わず、ため息がもれた。部屋は豪華そのもの。


 たくさんの大きな絵があり、金縁のがくが光っていた。天井からは大きなシャンデリア。そのまわりには天使の絵が描かれていた。その中央に、二〇人はすわれそうな長いテーブルがあり、上座にエルウィンがいた。ひとりコーヒーを飲んでいる。


 モリーは走っていって、嬉しそうに招待状をわたした。クリスマスカードだと思ったエルウィンは、なかをあけて笑った。


「これはこれは。おまねきを頂戴ちょうだいし、有難ありがたき」

「エルウィン、言葉がへんよ」


 わたしは彼の口調に笑ったが、彼はおどろいた顔をした。


「そうか、帰郷して心のたがが緩んでいるな」

「いや、けっこう最初から」


 エルウィンは目をつむってうなった。


「気をつけよう」


 小さく声をもらした。本人としては、この一年でかなり練習したらしい。現代の言葉使いに自信があったそうだ。


「わ、わたしはチャーミングでいいと思うわ」


 あまりの落胆ぶりに、あわててフォローを入れた。


 ふとエルウィンが、わたしの持っていたカードに目を止める。


「ほかに誰か、わたすのかい?」

「みんなに配りたいらしいけど、一〇枚しかなくて」

「スタンリー!」


 モリーが、横から大声で言った。


「エルウィン、スタンリーってどの方?」

「庭師長のスタンリーだな。行こう、案内する」


 エルウィンに連れられ、部屋を出る。庭のはずれにある近代的な倉庫に行くと、ショベルカーが倉庫を出ようとしていた。これは大ごと過ぎる! クリスマス・ツリーという、娘のささやかな願いでいいはずだ。やめてもらっていい。


 庭師長は、わたしたちを見て急いで降りてきた。


「息子の同行を許していただき、ありがとうございます。どうしても、今日の仕事は見せておきたくて。おい、ジェームス!」


 ショベルカーの助手席に、一五歳ぐらいの男の子がいた。ぺこりとおじぎする。息子に見せたい仕事。そんなこと言われたら、やめてくださいとは言えない。遠慮するタイミングがなくなった。娘のひとことが、雪だるまのように大きくなっていく。


 庭師長は、息子をもう一度呼んだ。


「おい、降りてこい!」

「いやいい。急いでいるのだろう。用事は僕ではないのだ。モリー?」

「はい、どうぞ!」


 モリーはカードを差しだした。庭師長は招待状を読むと、目を細めて、うなずいた。


「ねえ、スタンリーさん、息子さんってその、エルウィンのことは」


 庭師長ではなく、エルウィンが代わりに答えた。


「家族に秘密を話していない人も多い。いずれは知ることになるが」


 なるほど! と思った。エルウィンを見る目がそっけない。知っていたら、その目でまじまじと見たいだろう。


 スタンリーと別れ、次にわたしたい人をモリーに聞いた。そろそろ、この名前が出そうだと思ったら、やっぱり出た。モリーの口から三番目に出てきた名前は、メイド長のミランダだった。

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