第四章

第20話 わたしの特技

 ぶつけた噴水の夢で飛び起きる。


 また夜明け前に目がさめた。今日こそ、ゆっくり寝ようと思ってたのに!


 悪夢というより、びっくりした夢で、まだ心臓が早い。気を落ち着かせようとベッドからおりて、窓辺のテーブルにすわった。


 外を見る。まだ真っ暗だ。ふと、テーブルの上に置いたスノードロップに、新しい花が咲いているのを見つけた。これで白く小さな花は三つ。ほかの蕾も膨らみはじめている。


 花とは、たいした生き物だ。この夜明け前の暗闇でも、わたしをなごませるのだから。


 城内はとても静かだった。娘の寝息だけが、かすかに聞こえる。いい意味で疲れているのだろう。一日中、遊びっぱなしだ。


 いつもなら保育園が終われば、わたしを待つだけの毎日。ところが、このお城では、いつでも誰かが遊んでくれる。おまけに、走りまわる広さには困らない。楽しくて仕方がないだろう。


 そんなモリーを起こさないように、わたしはそっとバスルームに行ってシャワーを浴びる。


 思えばわたしも、仕事をしないでいいだけでなく、家事もない。なにも考えないでいいとは、何年ぶり? 学生のとき以来かも。


 わたしにとっても、モリーにとっても、思いがけない休暇だ。それがここまで、さんざんだった。


 一日目、斧をふりまわした。二日目、また斧をふりまわした。どちらも、元は、わたしが悪いけれど。


 今日こそ、なにもなく一日が終わりますように! そう願いながらシャワーを浴びていると、思いだした。そろそろ、自分たちの服を調達しなきゃ。


 チェンと一緒に帰ることもできたが、年末まで、いるように勧められた。もちろんそうする。点けっぱなしのエアコンは気になったが、それどころではない。お城で生活している、そんな自分が信じられない!


 あらためて感動しながらバスルームを出ると、テーブルの上に服が用意されていた。下着も肌着も用意してくれていたが、思わず「もう」と言ってしまった。ジーンズでいいと言ったのに、ベージュのスカートと白いブラウスだった。嫌々ながら着てみたが、意外と着ごごちはいい。


 いや、良すぎる。ウエストはぴったりで、スカートの長さもちょうどいい。なによりブラウスが楽だった。思わず肩をまわしてみる。かた苦しい服は、どこか窮屈きゅうくつで苦手なのに、それがまったくない。まるで、わたしのための服だ。わたしの?


 いてもたってもいられず、階段をかけおりた。メイド長のミランダを探す。調理場で、お湯をわかしているメイド長を見つけた。


「ミランダ!」

「おやまあ、すいぶんお早いですね」


 メイド長は、わたしの服を見て得意げに笑った。


「どうです? 三〇ドルも」


 その言葉が終わらないうちに、抱きついた。もう嬉しくて、たまらなかった。生まれて初めて、自分のために仕立てた服を着たのだから。


「気に入りました?」

「最高!」

「既製品のサイズを、なおしただけですよ」


 なおしただけ! できる人が言うとそうなのか。わたしなら、はずれたボタンをつけるだけでも一苦労だ。お湯がわく音がしたので、メイド長を離した。


「ミランダ、いまはなにを?」

「ええ、これから、使用人たちの朝食を仕込みます」


 ふふ、と笑いが込みあげた。


「ジャニス?」


 神か魔法使いに感謝しよう、こんなに早く恩を返せるとは。


「ミランダ、わたしは朝食を作るのが得意なんだ!」


 わたしは笑いながら、気合いを入れてブラウスのそでをまくった。

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