第三章
第15話 二日目の朝
夜明け前。いつものように目がさめた。
習慣というのは恐ろしい。いつもこのぐらいから家事をはじめる。でも今日は休み。それも城の中の天蓋ベッドで寝ているのだ。二度寝しようと、しばらく目を閉じる。
悲しいかな、いくら待っても寝れそうになかった。昨日から刺激が強すぎたせいかも。
二日前の日常が遠くに感じる。いや、飛行機に乗ったんだから、実際に遠いのか。
モリーを起こさないように、ベッドから降りた。窓辺のスノードロップにあいさつをして、庭を見てみる。まだ真っ暗。
特にやることもないので、となりのバスルームでシャワーをあびた。
今日の服は、メイド長のミランダが貸してくれた。おかげで三日連続に同じ服を着なくていい。履いてみると、スカートがぶかぶかだった。ベルトでごまかす。
メイド長には娘さんがいて、そのおさがりも借りた。上品なチェックのワンピース。そうそう、こういう服をモリーには着せたいの。ほんとは。
小さくノックの音が聞こえたので、階段の扉をあける。
はじめて見るメイドが立っていた。年は若く二十五、六ぐらい。身長が高く、長い黒髪をうしろで結んでいる。昨日は見なかった顔だ。日によって交替するのかもしれない。
「目がさめましたら、執事の部屋へどうぞ」
「ええと」
わたしは返答にこまった。モリーが起きたら、どうしようと思ったからだ。
「ここで監視しておきますので、どうぞ」
監視、という言葉に引っかかったが、うなずいた。メイドの顔に笑顔はない。考えると、陽気なメイド長とはすぐに仲良くなったが、わたしは突然の珍客だ。ここで歓迎される理由もない。
メイドに場所を教えてもらったが、お城はひろかった。何回か迷ったのち、執事の部屋についた。
扉があいていたので、そのまま入る。
部屋の中は壁一面に棚がびっしりだった。こげ茶色の深い木目で、ガラス扉がついている。
その棚の中には、古そうな書類や厚い本がぎゅうぎゅうに入っている。おそらく、この城に関する書類なんだろう。
棚のまえには大きな書斎机があった。上に置かれたラップトップだけが、この世界から完全に浮いている。
グリフレットが部屋に入ってきた。会計士だと思ったら、執事だったという食えない男。その執事の手には、何枚かの書類があった。
「チェン、という同僚は、ご存知ですか?」
「もちろん。あの子がなにか?」
「仕事に出ていません。ジャニス様の職場は少々混乱しているようです」
「ええ?」
チェンは真面目な子だ。無断欠勤など、するはずがない。
「最後に連絡を取ったのは、いつですか?」
「あの病院からです」
なにか、あったのだろうか? 電話口では鼻声だったけど、元気そうだった。
「派遣している者に状況を聞いてみました。わけのわからない言葉を口走ったそうです」
「あの子は、なにって?」
「ジャニスが誘拐された。です」
ぽかんと口をあけてしまった。
「連絡は、ありませんでしたか?」
はっ! と思いだす。わたしは飛ぶように寝室にもどった。
枕元に投げていたバックから、携帯をとりだす。携帯なんて、すっかり忘れていた! やっぱり電源は切れている。急いでコンセントにつなぐ。しばらくして電源が点いた。着信がずらっと。チェンからだ。
チェンにかけてみる。つながらない。何度やっても同じ。
隅のイスにすわっているメイドと目が合い、微笑んでおく。メイドは無表情で、わたしを見かえした。とりあえずモリーは、まだ起きそうにない。コンセントを引き抜いて、また執事の部屋にもどった。
「連絡は取れませんでしたか」
書斎机にすわった執事は、机の上の書類に目を落とした。書類には、チェンの名前が書かれている。そのほか出身地や職歴。どこから手に入れたのか、チェンの資料だ。
「あやしい人物ではないようです」
「ええ、もちろん。とってもいい子よ」
今の職場で、わたしの次に長いのがチェンだ。最初は、卵も焼いたことがない初心者だったが、家でも練習して料理ができる子になった。今では、あのダイナーで一番料理がうまいかもしれない。もちろん、わたしをのぞいて。
帰ったほうが、いいかもしれない。あの子が心配になってきた。
そのとき、机の上で充電していた携帯がふるえた。チェンからだ!
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