第14話 温室のスノードロップ

 執事が帰りだしたので、あわててついていく。気になったことを聞いてみた。


「彼女の生まれ変わりは、どうやってわかるの?」

「ローズが言うには、彼女は生前の記憶を持って生まれるそうです」

「会えば、すぐわかるってこと?」

「左様です」

「そんなに上手くいくのかしら?」

「まあ、ローズのツメの甘さは私も感じます」


 執事は足を止め、ふり返った。


「ですが、エルウィン様は生きつづけている。もはや、他人がどうこう言える問題ではありません」


 それは言える。ひとつ、思いだしたことも聞いてみた。


「あの黒い革靴は、なんなの?」

「これもローズが言うには、顔は変わっても、心と足のサイズは変わらないそうです」


 これまた、うさん臭い。しかし執事が追加で解説してくれた。


「取り残されたガラスの靴だけ、魔法は解けませんでした。子供のころ、ふしぎに思いませんでしたか?」


 思った! わたしは力強く、うなずいた。


「それはつまり、彷徨さまよう魂とガラスの靴は、いまでも魔法でつながっているのです。そこで、ガラスの靴から型どったレプリカを作りました。コンマ一ミリの誤差もなく」


 なるほど、テスト用か! でも生まれ変わりが、外反母趾がいはんぼしになったらどうするんだろう。


「それにしても、ハイヒールでは、なかったのですね」

「そんなものを履いて踊ったら、捻挫ねんざしますよ」


 わたしたちはローズの墓をあとにして、お城へもどることにした。その帰りぎわ、庭のすみに温室があるのを見つける。


 入って良いと聞けば、もちろん入る。外からでも見えるが、温室の中は冬でも花が咲き乱れていた。


 一歩入ると、むせかえるような花の香り。思わず胸いっぱいに吸い込んだ。


 黄色に青、白。色とりどりのパンジーにビオラは元気良さそう。ポインセチアの赤もあざやかだ。


「こんなにあるなら、お城の中にも置けばいいのに」


 お城がどことなく生活感のない、ひんやりとしていたのを思いだした。


「花をでる、そんな余裕は、ないのです」


 執事も温室に入ってくる。すこし悲しげな顔で話し始めた。


「あてのない旅を続けるだけの毎日です。目覚めた直後は希望にあふれているでしょう」


 そう言って、優しくパンジーの花をつまんだ。


「しかし、徐々にすり減っていきます。やがて年の終わりになり、今回もだめだったかと失望をかかえて眠ることになります」


 傷んだくきを見つけたようで、ちぎると温室内のゴミ箱に捨てた。


 わたしは、彼と最初に会った姿を思いだしていた。まるでホームレスだった。かなり変わり者だと思っていたけど、すさんでいたのかもしれない。


「わたしとモリーを招いたのは、なぜ?」

「エルウィン様が我々、使用人以外と関わりを持つのは、ひじょうにめずらしいのです。こんな言い方は失礼かもしれませんが、エルウィン様への一服の清涼剤になればと」


 清涼剤か。そう言われて、むっとするような気持ちはなかった。わたしは置いておくとしても、小さい子供と接するのは気分転換になる。それに彼は、もうすぐいなくなるのだから。会えて良かった、そんな感情にちかい。


「こんな秘密をべらべらと、いいのですか? 言いふらすかもしれない」


 そんな気はないが、いたずら心で聞いてみた。なにしろ、この執事には、やられっぱなしだ。


「あなた様が? まさか。見ずしらずの男を夜通し守る女性です。勇気があり、めったにお目にかかれない高貴な人物と存じます」


 執事は温室にならんだ鉢の中から、スノードロップの鉢を、わたしに差しだした。


 スノードロップ。寒さに強いことで有名な、白い花だ。この花は下をむいて花びらがひらく。まるで夜の道を照らす街路灯のようで、わたしは好きだった。


「寝室に飾ってください。あなた様が持って入っても、なにも言われないでしょう」


 もらった鉢は、中央から細い茎が七本ほど伸びていた。まだつぼみが多く、いまは一つだけ花が咲いている。


 その夜、わたしは出窓のふちに置いたスノードロップと、夜の庭を眺めていた。


 たまに懐中電灯の光が見えるのは、巡回だろうか。思えばここの人たちは、あるじの城を、ずっと守り続けている。彼が眠っているあいだも、ずっと。


 大きな天蓋つきベッドで、モリーが寝返りを打つ音が聞こえた。わたしは、モリー以外に守るようなものは、なにもない。しかし・・・・・・


「百年か」


 だれに言うでもなく、わたしは、もう一度、夜の庭にむかってつぶやいた。

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