第9話 メイドのミランダ

 外は雪が降っていた。飛行機の小さな窓からでも、それはわかった。


「街まで、服を買いに行きますか?」


 グリフレッドが聞いてきた。


「その街までは、何分?」

「四時間ほどあれば」


 窓の外を、もう一度見た。雪はシンシンと降っている。


「もうなんでもいいわ。寒くなければ。なにかあります? 男物でも」

「では、こちらで用意しましょう」


 グリフレットが一礼して去っていく。かわりに採寸用のメジャーを手にした、ふくよかな婦人があらわれた。年は、わたしより一〇ほど上だろう。


「服がいるそうですね。採寸しておきましょう」

「ミランダ、きみまでいたのか!」


 エルウィンがおどろいている。ミランダと呼ばれた婦人が笑った。


「お好きなポークローストをだしましたのに。お気づきに、なりませんでした?」


 なるほど。あの機内食は、ご婦人が作ったのか。どうりで美味しいわけだ。


 ジェット機内の別室で、ミランダに採寸をしてもらった。


 ミランダの家も、先祖代々、エルウィンの家に仕えているらしい。しかも、いまのミランダは「メイド長」なんだそうな。「長」がつくということは、何人か部下のメイドがいるはず。いったい、エルウィンは何人を雇っているのだろう? 相当リッチな家だ。


「ジャニス様と、モリー様の服は、明日までには用意できると思います」

「さ、様、は結構です。ミランダ婦人」


 あわてて言ったが、メイド長は顔をしかめた。


「わたくしとしては、はじめてのお客様ですのよ」

「呼ばれるたびに、落ちつかなくなりそうです」


 わたしは窓の外を見ているモリーを指した。


「それに、あれは絶対つけあがります。目にあまれば、遠慮なくしかってやってください」


 モリーにも聞こえたようで、こっちをふり返った。


「良い心がけでございますね。それでは、わたくしのことはミランダと。モリーも、そう呼んでね」

「うん!」

「まあ、かわいい! どんな服にしましょうかね」


 まかせておくと、高価な服を買いそうだ。


「娘も、わたしも、ジーンズとジャンパーのような安物で結構です」

「お代金は、よろしいのですよ?」

「それなら、なおさら三〇ドル以下の安物で」

「おやまあ。ひさしぶりに小さい女の子の服を、見立てられると思いましたのに」


 そんな話をしていると、飛行場に二台の車が入ってくる。一台はリムジンで、もう一台はライトバンだった。


 エルウィンにうながされ、リムジンに乗る。ここまで、一度も税関らしきものを見てない。「ほんとうの金持ちは、税関なんか通らない」という、ちまたの噂は事実なのかも。


 シューと音を立てて、運転席と後部座席をわける壁がさがった。こんなシーン、はじめて実物を見る。


 リムジンの運転手といえば、制帽をかぶった中年のイメージがあったが、意外と若い男だった。あごに無精髭も生やしていて、いままでの執事やメイド長とはタイプがちがった。


「どっか、寄るところありますか?」

「ボブ、こちらは、しばらくウチに滞在するジャニスとモリーだ」


 ボブと呼ばれた運転手は、ルームミラーでちらりと、わたしたち母娘を見た。それでも興味なさそうに、もう一度言った。


「寄りますか?」

「いや、いい。家に帰ろう」


 ボブは、なにも言わず壁をあげた。


「僕を迎えに行く飛行機に、乗せてもらえなかったようでね。むくれているらしい」

「くそ、あのババア!」


 運転手の声が隔壁のむこうから聞こえた。ミランダのことだろう。


 言葉は荒いが、運転は安全そのもの。リムジンはすべるように走りだした。


 車が走りだすと、かなりの田舎なのがわかった。いくつかの住宅地を抜けたが、それほど大きくもない。対向車もめったに見なかった。


 エルウィンとモリーは、無言で窓の外を眺めている。


 モリーは知らない土地にわくわくしているのだろう。エルウィンは無表情だ。ひさしぶりの家なのか、そうでもないのか、よくわからなかった。いまだに、イエローのジャンパーを着ているのは笑える。まったくリムジンに合ってない。お金持ちは、意外に無頓着なのかも。


 私のほうは少し、なんとも言えない不安があった。場ちがいなのではないか? という不安かもしれない。背伸びをして、高級レストランに行くようなものだ。かなりの寝不足と疲れもある。飛行機の中で無理をしてでも寝れば良かったと、今になって、ちょっぴり後悔した。

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