第8話 グリフレットの役職
「お目覚めに、なられましたか」
「ああ」
「なにか飲まれますか?」
「水を一杯」
グリフレットが一礼して去っていく。エルウィンは、わたしたちの前にすわった。
「大丈夫なの?」
「この時期になると、たまになる」
「持病のせいで?」
「まあ、そんなところだ」
聞きたいことが山ほどあるが、とりあえず、あの男だ。
「あの会計士は、なに?」
「グリフレットか。僕の
「執事!」
生まれてはじめて目の前で聞いた言葉かもしれない。TVの街頭インタビューで「執事をしてます」なんて人も見たことがない。
その執事が、コップに水を入れて持ってきた。
「グリフレット、なぜ」
あるじであるエルウィンの言葉を無視して、執事はわたしたちに聞いてきた。
「お昼は食べられますか?」
「食べるー!」
まっさきに答えたのはモリーだ。わたしも頼むことにした。正直、しばらくなにも食べていない。
出てきた食事は、これが機内食? と思うほど充実した昼食だった。
「あのね、エルウィン」
わたしが聞こうとすると、執事がそれをさえぎった。
「エルウィン・ヘレリック・イリンガス様です。由緒ただしきイリンガス家の当主で」
給仕をしながら、グリフレットが説明しはじめた。美味しい食事がまずくなるほど、執事のていねいな説明は、よくわからない。
要約するとこうだ。エルウィンの家は、代々続いている領主、いまで言うと資産家であると。ご両親はすでに他界していて、兄弟もおらず、いまはひとり。
「イリンガス家の歴史は古く」
「僕のことは、もういい」
さらに話そうとしたグリフレットを、エルウィンが制した。
そういえば、今までエルウィンは自分のことを、ほとんどしゃべらない。お金持ちというのは、ことさら自分のことを語りそうだけど、彼はちがうのね。
それより、グリフレットとの会話を思いだした。エルウィンの家族を聞いた時に「さあ、そこまでは」と言った。よくも平気で言えたものだ。
「ねえ、なんであの執事を雇ったの?」
グリフレットが退室したのを見計らって、エルウィンに執事のことを聞いてみる。
「僕の家に、代々仕える使用人だ」
代々仕える? 聞きなれない言葉が、また出てきた。では、グリフレットのお父さんも執事だったのかというと、ちがうようだ。
「執事」というのは、使用人を統括するリーダーのような役職らしい。エルウィンの家では、前の執事が退職するさいに、次の執事を指名するそうだ。
「執事の前は、何だったの?」
「うちの顧問会計士だ」
あらま、グリフレット会計事務所とは、あながち嘘でもないのね。
「なにを考えているのか、わかりにくい人だが、信頼はできる」
彼が微笑んだ。あやしんでいるのが、わかったらしい。
「もうすぐ年末だ。休暇は取らないのか?」
エルウィンがふいに聞いてきた。
「そうねえ」
ちょっと答えに困った。たまたま今日は、代わってもらえただけだ。
「休暇が取れると、いいけど」
「手前どもから、代わりを派遣すれば、よろしいかと。人材派遣のリストは、ご用意してございます」
グリフレットが、そう言いながらコーヒーを持ってきた。
「それにしてもグリフレット、よく近くにいたな。あとをつけてたのか?」
「もちろんでございます」
グリフレットは満面の笑みで答えた。
「薄汚いバッグに、GPSを埋め込んでおいたのですが、信号がとだえまして。あれには焦りました」
思い当たる節が、大いにあった。エルウィンは「まいったな」とばかりに首をふり、わたしにむきなおった。
「ここまで連れてきてしまった。せめてウチで、ゆっくり休んで行ってくれ」
まったく、いまの状況を理解はできていない。でも、とりあえず、うなずいた。これは誘拐されているのだろうか? とも思ったが、考えるのをやめた。わたしとモリーを誘拐しても、このジェットの燃料代にすらならないだろう。
そんなジェット機は、順調に飛んでいるようだった。仮眠を勧められたが、寝れるわけがない。環境になれないからだ。ビジネスクラスにすら、乗ったことがないのに。
もう一度食事をし、モリーが三回目のおやつを頼もうとして、わたしに怒られたころ、とても小さな空港についた。
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