第三者視点
バリトンサックス奏者がいなくなってから、初めての合奏。最初のチューニングからサウンドは変わってしまっていた。
違和感を覚えたらしく、顧問はもう一回チューニングをやり直させるが変わらず。
「……やりましょう。頭からお願いします」
「「「はいっ!」」」
最初から最後までコンクール曲を吹いてみる。しかし何か物足りない。
部長は顧問をじっと見て、「バスパートだけで合わせてみてください」とお願いした。
ファゴット・バスクラリネット・ユーフォニアム・チューバ・コントラバスだけで、同じ音・同じリズムで吹いているところをやらせてみる。
そこにいた皆が息を飲んだ。
低音楽器どうしがまとまっていなかったのだ。
「やっぱりな、トランペット……!」
部長はクラリネットを片手にスタッと立ち上がる。
「ろくにバリサクの役割も知らないで、あんなこと言うんじゃねぇよ! バリサクはな、いかにも木管らしい音のファゴットやバスクラと、金管楽器のチューバやユーフォをつなげるための楽器なんだよ!」
顧問は小声で「そっか……そういうことか」と顧問らしからぬ呆れる言葉を吐く。
「縁の下の力持ちかもしれないけど、バリサクがいなくなったら、土台である低音が崩れるんだっつーの! これで分かっただろ!」
体を震わす部長の荒々しい声は、下の階の職員室まで届くほどだ。
「あの子が『Bの方がうまい』って言わなかったからって、『元はサックスじゃなかったから耳が悪いんじゃね?』って罵ったあげく、『バリサクは要らない』だって? ふざけんな!!」
はぁ、と部長はひと息つく。
「バリサクいないんじゃ金賞とれねぇし、そもそもそんなこと言うヤツらと一緒に吹きたくねぇよ!」
この後、音楽室から楽器の音が聞こえることはなかった。
数日後、部長は後輩であるバリサク吹きの家を訪ねた。またおどおどした表情で後輩は出てきた。
「どう? 部活から離れて心は軽くなったか?」
「……はい」
「やっと部員に、バリサクの大切さが分かってもらえた。また一緒に吹かない?」
「えっ……私をやめさせたんじゃなくて……?」
勘違いをしている後輩に、部長はこれまでのことを伝える。そして、退部届とともに入部届も一緒に渡した理由を。
「私には一旦部活から離れて心を休ませて……バリサクがいない合奏で、部員にバリサクの重要さを分からせる……。そんなことが」
「勘違いさせてしまったのは申し訳ない。でも私から話を聞いて、また一緒に吹きたくなったら入部届を書いてほしい」
後輩はまた目に涙を浮かべるが、それは嬉し泣きだった。
「低音楽器ってバンドの中心だろ? しかも低音の芯を作ってるのが木管低音楽器。バリサクはバンドの一番中心なんだよ」
そう言うのは、吹奏楽の花形であるクラリネット奏者。低音楽器など「リズムが簡単でいいよねー」と言ってしまいそうな立場である。それなのに。
「バリサクを抜くとどうなるんですか?」
「とにかく酷かったな。そもそも土台の低音がまとまってないから。バスクラとファゴットの音が浮いちゃって、そっちばかりに耳がいっちゃう」
「そうなんですね……」
ぶっきらぼうで怖そうな部長だが、人のことをよく見ていて、なおかつ自分の担当以外の楽器のことも分かっていた。
口の悪ささえ直れば、本当に非の打ち所がない人である。
後輩は涙をぬぐって、玄関の扉を閉めた。
吹奏楽部に白い一枚の紙が提出された。即受理され、部唯一のバリトンサックス奏者はまた戻ってきた。
緊張した面持ちで音楽室に顔を出した後輩。その姿を見るやいなや、部員に「おおっ」とどよめきが起こった。
「あの……『バリサクは要らない』とか言ってごめんなさい」
「そもそも『どっちがうまい?』って変な質問をしたことも……」
トランペットの先輩二人が頭を下げてきたのだ。
「パートリーダーとして止めなきゃいけないのに、止められなくてごめんなさい」
先輩三人に囲まれ、一様に私に頭を下げている。
「いえいえ、少し休めたのでいいです」
大丈夫と言いたいところだが、まだあの時の痛みは残ったままである。
数日後、楽器がすべて揃った状態で全体合奏を再開した。
「先輩、どうしてそんなにバリサクのことを知っているんですか? 先輩はクラパートなのに」
無事に部活へ戻れたお礼をした後、後輩は気になっていたことを尋ねていた。
「さぁね」
「じゃあ他のパートの役割とかも分かるんですか?」
「一応、それなりには」
やはりぶっきらぼうなのは変わりない。後輩が話しかけているというのに目をそらしている。
「私がただ、疑問に思ったらなんでも調べたい性格なだけ。趣味だし自己満。知っておいて損はないし。ほら、こうやって役に立ったから――」
「すごく尊敬します。知識もあって、実力もある先輩で。ちょっと怖い人だと思ってましたけど」
部長はフンと鼻で笑った。
「口悪ぃし、人を褒めるのが得意じゃねぇんだ。そのせいだろ」
どうやら褒めることだけではなく、褒められることも苦手なようである。
この一連で根は優しい人だと分かった後輩は、部長が照れ隠ししていることはお見通しだった。
「ほら、練習場所に行くぞ。ベースラインの命なんだからな」
「はい!」
金管楽器と木管楽器のいいところ取りの楽器、サックス。低音のしっかりした芯を作るバリトンサックス。
ただ聞くだけでは分からないその音も、音の大事な要素の一つなのだ。縁の下であることに変わりはない。
だが、必要だから存在するのであって、吹奏楽に要らないものはないのだ。
部活、やめたら? 水狐舞楽(すいこ まいら) @mairin0812
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