第573話 動かない心と身体

「ホセ、アイルの様子はどう?」



「ダメだな、ずっとどこかぼんやりしてる。自分を庇ってエドガルドが死んだせいで、精神的な衝撃が大き過ぎたんだろう。盗賊を殺した時ですらかなり精神的に参ってたくらいだ、親しくした奴が死んだのは初めてだしな……」



 目を覚ました時、私は宿屋のベッドの上だった。

 ホセもエンリケもすごく心配して話しかけてくれているのがわかるのに、私の口は動かなかった。

 なんだか頭の芯がマヒしたみたいになって、思った通りに身体も動いてくれない。



「とりあえずこの町の冒険者ギルドへ行って、ウルスカとトレラーガのギルドに連絡は入れておいたよ。エドの遺体は凍結魔法をかけて俺のストレージに収納したから、凍結魔法をかけなおしていけばウルスカまで綺麗な状態で持ち帰れるはずだよ。アイルが凍結魔法をかけた事にすれば俺の事はバレないだろうし」



「ありがとな。さすがにこの状態のアイルにエドガルドの遺体は収納させられねぇし、ウルスカに到着する前に出しておけば誤魔化せるだろ。問題は……、どこにいたかを誤魔化せなくなったのが痛ぇな。本来かかる時間よりうんと早くウサカにいた事がバレちまったわけだしよ」



 エドの……遺体……。

 信じたくない言葉が耳に届く。



「……どうやら俺達の会話はちゃんと聞こえてるみたいだね。ホセ、アイルが泣いてる」



「クソッ! あんな変態のために泣くな……なんてのはお前にゃ無理だな。どれだけ泣いてもいいから、いつもみたいに話してくれよ、こんなんじゃ口説く事もできねぇだろ」



 どうやら私は泣いていたらしく、ホセは自分の背嚢はいのうからハンカチを取り出し、優しく流れ落ちる涙を拭いてくれた。

 ごめんねホセ、私も話したいんだけど身体が言う事をきいてくれないんだ。



 二人の話によると、エドを殺した男は捕まったらしい。

 賢者の殺害未遂に、交易都市の有力者の殺害、これだけで貴族であろうと処刑になるのは間違いないという。



 翌日に私達はウサカを出発してウルスカへと向かった。

 最初は食事をしようにも、口に突っ込まれないと食べられなかったのが、少しずつ身体を操作できるようになり、三日目には前に出されたら食事もできるようになっていた。



 五日目、指示をされたらストレージに物を出し入れできるようになった。

 だけど魔法が使えない、というか言葉が出ない。だから洗浄魔法もエンリケに頼りっぱなしだ。



 七日目、今日も・・・ホセが獣化して添い寝してくれた。

 いつもならホセに跨って顔を埋めて両手で撫で回すところだけど、私の手はそっと毛並みを撫でる事しかしなかった。



 十日目、エルフの森も過ぎ、このまま馬車で移動を続けるとあと半月はかかる。



「なぁ、まだ魔法は無理か? 転移魔法だけでも使えればいいんだけどな。悔しいけどよ、オレよりビビアナに慰めてもらったら早く回復しそうな気がするんだよなぁ」



『確かに……、ビビアナとアリリオに会えればかなり心は復活しそうだよねぇ』



 ホセが御者席のエンリケと話していて出した名前に、私は自分の心が動いたのを感じた。

 ビビアナ……アリリオ……会いたい。



「『転移メタスタシス』」



「『えっ!?』」



 二人の驚く声を聞きながら、私達はウルスカの近くの街道まで転移した。

 門まで行くと、驚かれながらも町に入り馬車のまま『希望エスペランサ』の家まで向かった。

 馬車の音で気付いたのか、ウルスカに残っていた仲間達が出てきた。



「エンリケ! エドガルドが死んだというのは本当か!?」



 自分で歩くとすごく遅い私を、ホセが抱き上げて馬車を降りた途端聞こえてきたリカルドの声。

 罪悪感で思わず身体が強張る。



「お前のせいじゃない。アイルが罪の意識を持つ必要なんてないんだ」



 ホセが優しくそう言ってくれたけど、私が転移を使わなければ、あの時あの貴族と会わずに済んだんじゃないかとか色々考えてしまうのだ。

 罪悪感に追い打ちをかけるように聞こえてきたのはアルトゥロの声。



「アイル、いったい何があったんだ? あんたがついていたなら魔法でなんとかなったはずだろう!?」



「待て、アルトゥロ、まずは話を聞くという約束だろう!? そんな風に問い詰めたら話せるものも話せなくなる」



 私に喰ってかかったアルトゥロをリカルドが羽交い絞めにするように止めてくれた。



「話は俺がするよ、まずは馬車を片付けて馬達を貸し馬屋に連れて行かなきゃ」



「馬達は僕が連れて行くよ。アイルの様子もおかしいし、先に休ませてあげたいからね」



 エンリケとエリアスが話し、リカルドはアルトゥロを連れて家に入って行った。

 そしてホセに抱き上げられた私を心配そうに見るビビアナと、ビビアナの腕の中から不思議そうに私を見ているアリリオ。



「……おかえりなさい。色々あって疲れたでしょう? 部屋はすぐに休めるように掃除してあるわ、まずは寝てから食事にしましょう。せっかくの可愛い顔が酷い事になってるわよ?」



「あぃ~」



 ビビアナの優しい言葉と、アリリオの私を呼ぶ声。

 私は家に入る前に大きな声で泣き出してしまった。



「うわぁぁぁぁぁん!! ビビアナ! ビビアナぁ!! 私っ、私……っ」



「あらあら、家に帰って安心したのね。ホセ、早く部屋へ連れてってあげなさい」



「ああ。それにしても……お前は本当にビビアナが好きだな。アイツが男じゃなくてよかったぜ」



 泣きじゃくる私を運びながら、ホセが不満そうに独りごちた。

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