第569話 約束を破ったのは

「アリリオもいるから外で食べるのは大変だし、結局ほとんどセシリオが仕事帰りに何か買って来てくれた物を食べてたのよ」



「やっぱりそうなるよねぇ、そろそろアリリオも薄めた果汁だけじゃなくて離乳食を食べさせていいと思うし、早く帰ってきて正解だったね!」



 家に帰ってきた私は、ビビアナとおしゃべりしながら昼食の準備をしていた。

 もう生後半年だからお粥さんの上澄みから試していいかも、だったらちゃんと出汁の旨味を味わわせて味覚を育ててあげないとね。



「鰹節……五国大陸に行くしかない……か」



「えっ!? アイル今五国大陸に行くって言った? 帰って来たばかりなのに!?」



「う~ん、カリスト大司教にもらった鰹節がもうないし、アリリオには美味しいものを食べてもらいたいからねぇ。作り置きも作りたいし、すぐにとは言わないけどひと月以内には行きたいかな。アリリオが本格的な離乳食を食べる前に! それにエルフの里の近くまでは転移魔法で行けるでしょ? だからそんなに日数はかからないと思うよ」



「…………転移魔法の存在は隠すんじゃなかったの?」



 ビビアナはジトリとした目を私に向けた。



「せっかく女神様がくれた能力を全く使わないというのも勿体ないと思うの……。王様にもバレたけど、秘密にするのを協力してくれるって言ってたし、何とかなるはずだもん」



 まだビビアナの視線が突き刺さっているが、数秒後に大きなため息が聞こえた。



「はぁ~……、食べ物の事になるとアイルは頑固だから言っても聞かないのはわかってるわ。だけどそうねぇ……、せっかく転移できるなら、アイルが五国大陸に到着したらあたしとアリリオも迎えに来てちょうだい」



「それいいね! 向こうが安全だって確認出来たら一緒にお買い物しよう! うふふ、そっかぁ、転移魔法使えばビビアナ達も一緒に色々お出かけできるんだね」



 いっその事、ビルデオに行った時に到着してからビビアナ達を迎えに来てもよかったのかもしれない。

 あ、でもその場合、セシリオが一人ぼっちになっちゃうから可哀想かな。

 今度の五国大陸はお買い物だけして、ビビアナ達を戻せば問題ないよね。



「ふんふ~ん、ふふふん」



 考えるだけで楽しくなってきて、鼻歌を歌いながら調理していると珍しくリカルドが台所へ入って来た。



「随分機嫌がよさそうだな。何かいい事でもあったのか?」



「あのねぇ、今度五国大陸に鰹節を買いに行こうと思ってるんだ。それで向こうが安全な国なら、ビビアナとアリリオを転移魔法で迎えにきて一緒にお買い物しようって話してたの。あっ、転移魔法を隠す云々うんぬんのやりとりはもうやったから」



 何か言いそうに口を開きかけたリカルドに、手のひらをビシッと向けて意見を制した。



「もうやったって……。はぁ……、何か苦労するとしたらアイルだから、本人がそれでいいなら構わないが」



 呆れたというより、全てを諦めたかのような顔でため息を吐くリカルド。

 恐らく食材に関して私が譲歩するとは思わないせいだろう。実際するつもりはないし。



 それから十日ほど経ち、しばらくは『希望エスペランサ』としてお休みする事を冒険者ギルドに告げて五国大陸へと出発する事にした。

 今回同行するメンバーはホセとエンリケの二人。



 ウルスカ内に私のレシピが広まっているせいか、リカルドとエリアスは調子を取り戻せるようにギルドの依頼を程々にこなすつもりらしい。

 長旅が多くて森に行く事が減っていたもんね。

 ラーメン屋が繁盛したせいで、ほぼ引退状態のバレリオとも一緒に依頼を受ける約束もしているとか。



「それじゃあ、馬車に乗ってからエルフの里の近くまで転移して、そこからは港町のウカサまで馬車で移動ね。ウカサで船に乗って五国大陸に行くんだけど、サブローが最初に現れたっていうアファトルガって一番遠いんだよねぇ」



「海路で行けたらいいけど、手前のルートは岩山で囲まれているから補給できる港もないし、大周りの海路より陸路で行った方が早く到着するよ」



 まだ行った事がない所には転移魔法で行けないから仕方ないとはいえ、五国大陸を縦断する事に対してブチブチ言っていたらエンリケに冷静な意見をもらってしまった。



「じゃあ手前の……ホルシアだっけか? そこから陸路で行くしかねぇだろ。それに向こうならではの美味いもんもあるかもしれねぇしな! それじゃあ馬達を迎えに行ってくるから、アイルは馬車の本体出しておけよ」



 馬を預けてある貸し馬屋の前まで来ると、ホセが馬達を迎えに行った。

 門前広場の邪魔にならない場所にストレージから馬車の本体を取り出す。

 ホセが戻って来るまで、私とエンリケで不具合がないかチェックしていると、不意に肩に手を置かれた。



「はぁはぁはぁ……、どうやら間に合ったようだね」



 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはウルスカにいるはずのない人物がいた。



「エド!? どうしてウルスカに!? 商会はいいの!?」



「ふふふ……、アイルが五国大陸に行くという情報は確認済みなんだ。私も一緒に行こうと思ってね。もちろん断ったりしないだろう? だって、先に約束を破ったのはアイルなんだから」



 そう言い放ったエドのい笑顔を見て、ビルデオからの帰りにトレラーガに寄るのをすっかり忘れていた事に気付くのだった。

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