第561話 アイルのうっかり

「よくぞ参られた。チャルトリスキ前伯爵、『希望エスペランサ』の諸君」



 お城の謁見の間……ではなく、幸いプライベートな応接室での謁見となった。

 どうやら仰々しいのが嫌いな私と、お忍びという形でパルテナに来ているおじいちゃんに配慮してくれたのだろう。



 応接室の中には王様と侍従長だけなので、かなり信用してくれているのが伝わってきた。

 侍従長がお茶を淹れてくれて、王様が座るように促す。



「パルテナ王、お招きいただき感謝いたします」



 私達も挨拶を交わしてソファに座った。

 それにしても、ずっと預かっていた貴族服を着たおじいちゃんはカッコいい。

 普段から所作が綺麗ではあったけど、お城の中では更に洗練された動きなので見惚れそうだ。

 


 そんな私の様子に、ホセがちょっと不機嫌になっている。

 モフモフ毛並みを武器にできるのはホセだけじゃないもんね、だけどおじいちゃんは亡くなった奥さんが大事だから私を相手にするはずないのに。



此度こたびの招待は少々伝えておいた方がよい事があってな。どうも『希望エスペランサ』が……というか、賢者アイル殿が愛し子のいるウルスカの町を離れたという情報を手にした国が、ウルスカに向かっていると報告を受けたのだ」



「それってアリリオが……!?」



 王様の言葉に全身の血の気が引くような感覚に襲われる。



「落ち着け、ビビアナから連絡はないだろう? それにエンリケがいるんだから余程の事がない限り大丈夫だ」



「あ、そうだよね。何かあれば連絡してくるよね」



 すぐにリカルドが声をかけて落ち着かせてくれた。

 ホッと息を吐いた時、通信魔導具が仄かに光を放つのが視界に入った。



『アイル!』



 切羽詰まったようなビビアナの声が聞こえた瞬間、ほぼ無意識に私の口から呪文が紡がれる。



「『転移魔法メタスタシス』」



「「「「あ」」」」



 転移直前に仲間達の声がハモった気がするけど、ビビアナとアリリオが優先だ。



「アファトルガっていう国の使者が来てあたしとアリリオを招待したいって来て……って、アイル!?」



 予想をして主寝室に移動したら、どうやら当たりのようだった。

 突然現れた私を見て驚くビビアナ。



「ビビアナ、大丈夫!? 今ちょうど王様と謁見してて、どこかの国が私達がウルスカを出た隙に、アリリオを狙って来てるって教えてもらってたの! だからビビアナから連絡が入って心配になって来ちゃった」



「来ちゃったって……、まさか、王様の前で?」



「あ」



 この時になって初めて王様に転移魔法の事がバレたって気付いた。

 ビビアナは苦笑いしながら私の頬を撫でて抱き締める。



「全く……、あたしとアリリオの事が大好き過ぎるでしょ。しょうがない子ねぇ、ふふふっ」



 何だか久しぶりにビビアナに抱き締められた気がする。

 ホッとする温かさにうっとりしそうになったけど、それどころじゃない事を思い出す。



「ハッ! そうだよ、こうしてる場合じゃなかった! そのナントカって国の使者はどこに!?」



「今は玄関の前にいるみたい、エンリケが対応してくれているわ。間違っても覗いちゃダメよ、アイルがここにいる事がバレたら大事おおごとになっちゃうでしょ」



 廊下の窓から覗きに行こうとして、ビビアナに止められてしまった。

 確かに私がいないとわかってて来ているのに、ここにいる事がバレたら転移魔法の存在もバレる可能性がある。



 すでにパルテナ王にはバレちゃったけど。

 どうしよう、戻ったらきっとみんなからお説教確実だよぅ。



「だけどっ、いざとなったらビビアナとアリリオを守る事を優先するからね! それで転移魔法の事が世間にバレたとしても後悔はしないから!」



「ふぇぇ~」



「あらやだ、アイルの気合の入った声でアリリオが起きちゃったわね。うふふ」



「アリリオ~、起こしちゃってごめんね~。アイルだよ~」



 ベビーベッドで寝ていたアリリオが目を覚ましてしまった。

 確か赤ちゃんは三日くらいの短期記憶しかないって何かで読んだから、三日に一度は会いに来ているが、会いに来るたびに成長している気がする。



「……あ~」



 私に気付いて泣き顔のまま一時停止し、私の顔を掴もうとしているのか手を伸ばした。



「そーだよ、アイルだよ~。会いたかったよアリリオ~ん」



 伸ばされた手をかい潜り、ビビアナの肩越しに見えるアリリオの頬にチュッチュとキスをしていると、口に指を突っ込むように顎を掴まれ、グイッと押しのけられた。



 日々力が強くなってるねぇ、その成長が嬉しいよ。

 そんな風にたわむれていたら、主寝室のドアがノックされた。



『ビビアナ、開けていい?』



「どうぞ」



 エンリケの声だ、どこかの国の使者とやらは帰ったのかな。

 ドアを開けたエンリケが、部屋の中にいる私を見つけて目を瞬かせた。



「アイル!? いつの間に来たの!?」



「えっとね……」



 エンリケに謁見の間からここに帰って来たいきさつを説明した。



「あぁ……、そりゃあ戻ってから怒られるしかないね。おっと、アファトルガの使者だけど、帰ってもらったからね」



「もう来ない? 大丈夫そう?」



 私がいない間にまた来るのなら安心できない。



「大丈夫じゃないかな? このまま強引に事を進めようとした場合、アイルがどういう行動に出るかしっかり・・・・教えてあげたから」



「…………大丈夫ならいいや」



 エリアスを彷彿させるエンリケの笑顔を見て、深く聞く事は諦めた。



   ◇   ◇   ◇


明後日よりカクヨムコンテストがスタートしますね!

ラブコメだけで参加予定でしたが、悪役転生ファンタジーを思いついてしまって、現在頭の中でキャラクターが動き回っているのでチャレンジしたいと思います。

というわけで、申し訳ありませんがこの自由賢者の更新が二月まで月イチくらいになってしまいそうです……ごめんなさい。


連載スタートする時は近況ノートかこの自由賢者の最新話で報告しますので、よかったら読んでみてくださいね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る