第560話 素通りできぬ王都

 ガラガラと車輪が音を立てて街道を馬車が走り抜ける。

 ちょっとのんびりし過ぎたのか、もうすぐ王都の外門が閉まってしまう時間なのだ。



 入り口の行列の最後尾には正に今、門番の一人がここまでと締め切っているのが見えた。

 別にテントで野営してもいいけど、せっかく目の前に立派な宿屋があるとわかっているのなら、そちらに泊まりたいと思うのが人の心ってものだ。



「ああ~! 締め切られちゃったぁ~!!」



 御者をしていた私は思わず叫んだ。

 あと数分で到着できた距離なのに!

 そして私の声を聞いて御者席の小窓からおじいちゃんが前を覗く。



「なんだ、締め切られているのは列の長い一般の門だけではないか」



「へ? だって今日はガブリエルもいないし……」



「一応私も貴族だぞ。前伯爵ではあるが、貴族籍ではあるからな」



「あっ、そうか! だったら貴族門使えるね、やったぁ!」



 馬車をほとんど並んでいない貴族門側へと向かわせると、身分証を全員分出して久々に王都へと入った。

 それにしても今日の門番はほとんど確認してなかったなぁ。

 そんな事を宿屋の食堂で言ったら、エリアスに笑われた。



「そんなの当たり前じゃないか。だってアイルが御者をしていたんだよ? 君、賢者だって自覚ある?」



「一応あるけどさ、珍しくても黒髪黒目がいないわけじゃないってわかったじゃない? だから多少は警戒した方がいいと思うの」



「一応、なんだ……。考えてもみなよ、僕達が見せる身分証冒険者証ギルドカードでしょ? この国パルテナで黒髪黒目のAランク冒険者なんてアイル以外いないよ。しかも仲間に獣人のホセがいるし。まぁ、ホセじゃなくてもアイル含めて『希望エスペランサ』のメンバーの姿絵は出回っているから間違いようがないでしょ。偽者になろうと思って装わない限りね」



「まぁそうか、バナナの国ナジェールで捕まえた子も魔導具使う小細工もしてたもんね」



「けどよ、ずっとウルスカから出てないって知ったヤツらが似たヤツら集めて偽者やってたりしてな」



「やめろホセ、実際俺やエリアスの偽者が時々出てるっていうのは、ウルスカのギルマスから聞かされているんだぞ。狼獣人であればその内ホセの偽者になろうって奴も出るかもしれないぞ」



 軽口を叩くホセを、リカルドがたしなめた。



「でも偽者が出たなら一度くらい見て見たいかも。ふふふっ」



 だって私が入るまでは顔面偏差値トップな『希望エスペランサ』の偽者だよ!?

 どんな美形がやっているのか見てみたい。

 すごく残念な集団がやってたら笑っちゃうかも。



 その時食堂の入り口が開いた。

 偽者フラグ回収か!?



 そう期待したけど、入ってきたのはなんとラファエルだった。

 ラファエルは食堂内をキョロキョロと見回し、私達を見つけると優雅に歩み寄って来た。



「やぁ、皆。王都に来たならリニエルス邸うちに泊まればいいのに。ガブリエル兄さんにもそう言われなかった?」



「久しぶりだな。アイル、そんな事言われたか?」



 リーダーなのでリカルドが挨拶したが、すぐに私へパスが回された。



「ガブリエルにそういう気遣いができると思う? 後から聞いて、泊まればよかったのに~とか言うタイプじゃない?」



 私の言葉に皆が納得したように頷く。

 ほら、ラファエルだって一緒になって頷いてるじゃない。



「今回は依頼の途中だからな。遊びに来たのなら世話になっただろうが、今日は遠慮しておこう」



 リカルドがキッパリと断った。

 もうこの宿に腰を落ち着けた状態だもんね、今から移動するのはちょっと面倒くさい。



「うん、護衛依頼だってね。じゃあ帰りにでも寄ってよ。う~ん、王様にもそう伝えた方がいいかな」



「ちょっと待て、今王様と言ったか? なぜここで王様という言葉が出て来る? まさか……、俺達を呼んでるとか、そういうんじゃないよな……?」



 あ、珍しくリカルドが動揺してる。



「えっと、アイルが懇意にしているビルデオの貴族と、顔を合わせておきたいらしいよ。無理にとは言わないってさ」



「……それは断れないやつじゃない?」



「今後を考えるとそうだな」



 おじいちゃんに聞くと、重々しく頷いた。



「そうだよねぇ、今後色々発覚した時にフォローしてもらったり、迷惑かかるかもしれないもんねぇ」



 エリアスがホセに視線を向けてから、おじいちゃんに戻す。

 ビルデオの第一王子がウルスカにいるとなったら、ホセを担ぎ上げてこの機に政治の中心になろうとする貴族がいてもおかしくないもんね。



 会話に加わろうとせずにホセは運ばれてきた料理を次々に口へと運んでいる。

 自分は興味無いっていうアピールなんだろうけどさ。



「明日の午前中に謁見できるのであれば向かおう、朝までに返事がもらえるといいのだが……」



「わかった、すぐに知らせるよ」



 リカルドの決定に少し安心したようにラファエルが頷いた。



「ねぇ、お城にはカマエルがいるはずのに、どうしてラファエルが知らせに来たの? 知り合いから伝えるっていう配慮だとしたら、カマエルの方が早そうなのに」



「それが……、どうもエルフの里になかった魔導具がたくさんあるからって、これまであまり興味がなかったらしいけど、研究所に泊まり込んでずっと研究してるみたいなんだ。それと……あくまで噂だけど、所長がずっとべったりで離れないって話も……。兄さんを嫌ってた人だからてっきりエルフを嫌いな人だと思ってたけど、違ったみたい」



 ガブリエルが王都研究所の所長に嫌われていたのは、あのテンションで真面目な自分より優秀っていうのが気に入らなかったっぽいしなぁ。



 カマエルは一見すると長寿なだけあって沈着冷静で博識、恋愛に興味もないから周りの女性に興味も持たずに誰にでも平等(に無礼)な態度を崩さないから、研究バカタイプな所長に気に入られたんだと思う。



 エルフの里を出た理由を知ったらどう思うか知らないけど。

 これで問題は明日あるであろう謁見をどう乗り切るかって事だ、おじいちゃんとホセの関係を知られているかどうか話のキーポイントになる。



「何にせよ、カマエルが上手くやれているのがわかって安心したよ。ウルスカに帰ったらガブリエル達に伝えておくね」



「うん。それじゃあ王城に連絡してくるよ、帰りにはちゃんと寄ってね」



「わかった、帰りはモリルト辺りで連絡しよう」



 リカルドの返事にホッとしつつも、少し寂しそうにしながらラファエルが帰って行った。

 お仲間エルフが近くにいても、会えてないならこれまでと同じだもんね。



 ラファエルを見送り、食事を済ませた私達は部屋で謁見に向けて作戦会議とシミュレーションをするのだった。

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