第559話 記憶操作
「え……っ!? 賢者様!?」
「黒髪黒目……、本当だ! 今いきなり現れたぞ!」
合流予定地へ転移したところ、他の人がいるという考えがすっかり抜け落ちている事に気付いたのは、その場にいた冒険者や商隊の人達が私に気付いて騒ぎ出したからだった。
あわわわわ、どうしよう! このままなし崩しに転移魔法の事がバレたら、面倒な事になるのは目に見えている。
「も~! アイル! 隠蔽魔法を解除する時は場所を考えなきゃダメでしょ!?」
少し離れた場所から聞こえたエリアスの声に、安心して腰が抜けそうになった。
エリアスの機転に感謝しつつ駆け寄る。
「ごめんごめん、ちょっと間違えちゃった~」
ああ、仲間達の呆れた視線が痛い。
合流すると、エリアスにガッチリ肩を掴まれ、ひそひそと耳打ちされる。
「これで貸しは全てチャラだよね? こぉんな大きなミスをフォローしてあげたんだからさ」
「う……、はい」
これまでにエリアスが余計な事したり、
転移魔法の事が誤魔化せるなら安いものだから諦めるしかない。
実際エリアスの言葉で私がいきなり現れたのは、隠蔽魔法を解除したせいだと思われてるようだし。
風に乗って聞こえてくる騒めきに、隠蔽魔法という言葉が聞こえて来る。
「アイル……」
「はいっ、ごめんなさい」
剣の手入れをしていたリカルドに名前を呼ばれて、ピャッと背筋が伸びた。
「向こうは大丈夫だったのか?」
「あ……、うん。結構ギリギリだったけど間に合ったよ。せっかくだから今夜はクラーケンを使ってイカバター醤油を作っちゃおうかなぁ。だったらリニエルス邸に寄ってキッチンを借りて、そのお礼にクラーケンをお裾分けする方がいいかな!? 私達もラファエル達も美味しい物が食べられて、皆が喜ぶもんね!」
「違う。いや、無事の確認もだが、転移魔法の事は皆に知られてしまったのか? そうならここで誤魔化したとしても、王都に行った時に知られているかもしれないからな」
「あっ、そっちの事ね。えっと、カリスト大司教達には知られちゃったけど、誤魔化してくれるって! 他の船の乗客達は、私が飛翔魔法で飛んで来たと思ってたみたい」
向こうでの出来事を説明すると、皆安心したように息を吐いた。
「それじゃあ僕がさっき誤魔化しておいて正解だったね」
「うむ、さっきのはエリアスの英断だったな。問題を解決した直後が一番油断してしまう時だから、アイルは今後も気を付けるのだぞ」
「はぁい」
おじいちゃんの注意はきっと経験からなのだろう、とても実感が籠っていた。
「そうそう、あとね、もしもバレた時は条件というか、制限があるって事にしておいた方がいいってアドバイスもくれたよ。自分以外を転移させるためには魔力をたくさん使うから、身体に負担がかかるって事にしておくとか」
「ははは、さすがはカリスト大司教。これまで王侯貴族と渡り合ってきただけの事はある。確かにそうすれば女神が遣わした賢者に無理をさせようとはせんだろうからな」
話していたら、グゥ~ッと誰かのお腹の音が耳に届いた。
「周りのやつらの飯の匂いで腹減っちまった。オレ達も飯にしようぜ」
「そうだね、すぐに準備するよ」
どうやら腹の虫の主はホセのようだ。
今休憩しているこの場所はキャンプ場にもなっているので煮炊きしやすいように、かまどが数か所に設置されている。
そのためあちこちで調理しているグループがいて、周辺にはいい匂いが漂っていた。
「なぁ、クラーケンは回収してきたって言ってたよな? だったらよ、やっぱイカバター醤油食いてえんだけど。ああ、でもチーズイカ焼きも美味いんだよなぁ~」
「もぅっ! そんな事言われたら食べたくなるじゃない!」
ホセのせいで私の口とお腹までイカバター醤油とチーズイカ焼きを受け入れる状態になってしまった。
「本当だよね~、もう今回はそれでいいんじゃない? アイルが疲れてないなら僕も食べたいな、作る時間がかかるのはわかってるから待つし」
エリアスの言葉に賛同するように皆が頷く。
私はストレージから魔導コンロを出した、普段私が作っているチーズイカ焼きは、小麦粉をだし汁で溶かした生地を使うので、火で焼くかまどだと火力調整が難しいのだ。
ストレージから取り出した調理台に魔導コンロを二つ置き、クラーケンを切り分けると片方はフライパンで溶かしバターに塩胡椒、もう片方は油に塩胡椒で焼いていく。
ジュワワ~っといい音をさせながらその身を縮めていくクラーケン、バターの方には仕上げに醤油を垂らして完成。
空いたフライパンに洗浄魔法をかけると、油をひいて生地を流し込む。
生地が焼けてきたら焼いたクラーケンとチーズ、お好み焼きの時に使っているソースとマヨネーズをかけて半折りにしたら完成だ。
小麦粉の生地を使っているから、パンもお米も必要なくて楽なんだよね。
一枚焼き上がるごとに誰かが順番に取りにきて持って行く。
全員分とおかわり分をいくつか焼いて食事を開始した。
「あちち、ほふほふ……。久々に作ったけど、美味しく出来てるね! …………お酒飲みたい(ポソ)」
イカバター醤油はお酒を飲みたくなっちゃうから困るよねぇ。
チーズイカ焼きもビールに合うから、今夜ちょっと飲もうと提案してみようかな。
「だけどさぁ、調理中に匂いを撒き散らして注目を集めたから、きっと周りの人達はアイルが現れた時の事忘れたと思うんだ。結果的にホセのリクエスト聞いて正解だったかもね」
チーズイカ焼きを頬張りながらエリアスが言った。
確かによくわからない魔法より、自分でも作れる美味しい料理なら皆そっちに興味を持つもんね。
出発する時にその場にいた人達に、さっき作った料理のレシピが商業ギルドに登録されている事を教えたので、きっとその事で私の登場シーン何て記憶の彼方になっただろう。
美味しいは正義なのだ。
◇ ◇ ◇
今月中にカクヨムコンテストに向けて新作で初のラブコメを書く予定です!
今後も変わらない更新を目指しますが、もしかしたらちょっと間隔がいつもより空く時があるかもしれません。
その時は追い込まれてるんだな、と生温かく見守って頂けたらと思います。
異世界じゃないお話を書くのは初めてでドキドキですが、そちらもご一読いただけると幸いです。
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