第558話 転移魔法の存在

 飛翔魔法で海上から船へと戻ると、乗客から歓声が上がった。

 きっと私が転移して来たところを見た人はほとんどいないはず、なぜなら皆怯えてクラーケンを見ていたか目を瞑っていたと思われるから。



 恐らく皆たまたま私が近くにいて、異変を察知して魔法で飛んで来たと思っているだろう。

 …………カリスト大司教達以外は。



「アイル様! ありがとうございます! 再びお目にかかれただけでなく、助けていただけるとは。これも女神様のご加護なのですね……」



「あ、うん。そうだね……。その、目立つから立って?」



 ひざまずくカリスト大司教達に苦笑いしてしまう。

 だって他の乗客達まで跪こうとしてるんだもん。

 巡礼者の姿をしているけど、やはり只者じゃないオーラは隠しきれていないようだ。



「カリスト大司教、ちょ~っとお話ししたいんだけど、いいかな?」



「ええ、ええ、もちろんですとも! 我々が使っている船室へ参りましょう」



 甲板の上の乗客達が口々にお礼を言う中、手を振って応えながら船内の客室へと向かった。

 その間、何と言い訳しようか必死に考える。



 湿度と気温の高い船内を通り、前回使っていた客室よりもうんと質素な部屋にやってきた。

 どうやら六人部屋だからちょうど教会関係者だけで使えているらしい。



「さて、アイル様、お話というのは先程の転移の事でしょうか? もしや……、ご自身以外の人物や物も転移させられるのですか?」



 ベッドのひとつに座るよう促され、座ったとたんにこれだ。

 カリスト大司教はわかっていると言わんばかりに優しく微笑んでいる。

 ここは誤魔化さずに協力を求めた方が賢い、これまでの経験上その方がいいだろう。



「うん……、少し前にね、女神様がこれまでは大きな魔法陣と大量の魔力を必要とした転移魔法を改良して、新しく転移魔法を作ってくれたの。まぁ、その分魔法式がかなり複雑だから余程の人じゃないとこれからも使えないだろうけど……。そんな転移魔法が使えるって世間に知られると大変な事になるのはわかるでしょう?」



 室内にいたカリスト大司教、聖騎士達、情報部隊の二人は神妙な顔で頷いた。



「商人はもちろん、外交している王侯貴族は飛びつくでしょうね。彼らは巡礼のように各地に立ち寄る事が目的ではありませんから。もちろん我々は出来るだけ知られないように……、いや、それよりバレた時に特殊な条件下でしか使えないと思わせた方がいいかもしれません」



「特殊な条件下?」



 意外なカリスト大司教の提案に首をかしげる。



「はい、例えば女神様の信徒の危機にだけ使えるとか。大勢の助けを求める祈りを感知した時だけ使えるとか……」



「ああ、なるほど。大勢の助けを求める祈りっていう縛りがあれば、個人の都合では使えないって事になるもんね。だけどそれだとやっぱり自由には転移できないなぁ……。私達は今パルテナの王都近くにいたんだけど、おじいちゃん……えーと、おじいちゃんの家名って……チャル……チャルト……」



「ああ、ウルスカでお会いしたチャルトリスキ前伯爵ですね」



 ずっと口にする事がなかったから、すっかりおじいちゃんの家名を忘れていたが、幸いカリスト大司教が覚えていてくれた。



「そう! 護衛の依頼でビルデオに向かってるところなの!」



「なるほど、転移魔法があるから護衛依頼を受けた、というところですか。でなければアリリオが小さいのにアイル様がウルスカを離れるわけがありませんからね」



 カリスト大司教が納得したように頷いた。



「えへへ、そういう事なの。だから本当は自由に転移魔法が自由に使えるといいんだよね」



「そうですねぇ……、他には自分以外を転移させるには魔力が多く必要で身体にかかる負担が大きいという事にすれば、無理強いしようとは思わないでしょう」



「それいい! さすがカリスト大司教! 頼りになるぅ~!」



「ははは、お役に立てたなら幸いです。しかしとりあえずは広まらないように気を付けた方がいいでしょう。とりあえずこの場からいなくなっても、飛翔魔法で飛んで行かれたと言っておきますからご安心ください」



「ありがとう。もしまた何かあれば通信魔導具で呼んでくれていいからね。今回も連絡してくれてよかった、もし知らないまま皆が死んじゃってたら、転移魔法の事を話してなかった事をずっと後悔していたと思うもん」



 想像したらゾッとして身震いした。

 そんな私の様子を見てカリスト大司教達はニコニコと嬉しそうにしている。



「我々の事をそのように気にかけていただき、ありがとうございます。アイル様との出会いは正に女神様の祝福に他なりませんね」



 一緒に数ヶ月旅をした人達を気にするのは当たり前の事だと思うんだけど……。

 どうやら異世界こっちではそういうところの感覚も違うようだ。



「あはは……。じゃ、じゃあ皆が待ってると思うから、そろそろ戻るね。この先も道中気を付けて」



「はい、アイル様も道中お気を付けて。いっそアリケンテまで転移してしまった方がよいのでは? 船の航路はいくつかありますから、どの船で来たかいちいち詮索する者もいないでしょう」



 いい事を聞いてしまった。

 それなら王都を過ぎてから転移するという選択肢もありそうだ。



「へぇ、皆に相談してみるよ。それじゃあまたね! 『転移メタスタシス』」



 思えば事件解決で気が緩んでいたんだと思うんだよね。

 出発地点はカリスト大司教達が誤魔化してくれると言ったけど、到着地点で目撃者がいるかもという考えが抜け落ちていたのは。

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