第555話 盗み聞き

 王都方面に向かう道中の野営で、ふと目が覚めた。

 おじいちゃんと二人でテントを使っているが、隣にいるはずのおじいちゃんがいない。

 


 月明りが透けている程度の明るさだが、なんとなく物の形は把握できるのだ。

 寝ぼけた頭でぼんやりとおじいちゃんが使っている寝袋を眺めていると、サクサクと草の上を歩く音がした。



『アイルは寝てんのか?』



『ああ、ぐっすり寝ておるよ』



 どうやらホセとおじいちゃんが話しているようだ。

 この旅が終われば次に会えるのはいつになるかわからないもんね、ホセもおじいちゃんも寂しいのだろう。

 ほっこりしつつも、寂しさを感じながら再びウトウトと微睡まどろみ始める。



『どうやらトレラーガ以降意識はしてもらえておるようだな』



 ん? トレラーガ?



『そうか? その割には普段と変わらねぇ気がするけどよ』



『やれやれ、女心の機微きびを理解するのはまだ難しいようだな。あれは意識せぬよう意識して行動しておるようにしか見えんぞ』



『んんん? 意識しないように意識して……?』



『はぁ……。行動は指導してやれても、こればかりは経験を積むか感性がモノを言うから教えてやれん』



 もしかして私の事話してる?

 やっぱりホセの変わりようはおじいちゃんの指導だったのか。



『何してるの~? アイルの魔法で見張りは必要ないんだから……あっ、作戦会議?』



 クスクスと忍び笑いを漏らしているのはエリアスの声。

 一応声をひそめているけど、起きている私にはちゃんと聞こえている。



『そんなんじゃねぇよ!』



『しー! 大きい声出したらアイルが起きちゃうよ。だけどおじいさんがアイルとホセの子供を見たいって言えば案外あっさり落ちたりして……なんてね。あははっ』



『馬鹿者。こういうのは本人同士がその気にならねば意味がないだろう。周囲が勝手に盛り上がって外堀を埋めるようなマネをすれば、余計に反発したくなるのが人というものではないか? 特にアイルは絶対に嫌がるぞ』



 うんうん、だよね。おじいちゃんわかってるぅ!

 例えるなら焚き火の火種に息をかけ過ぎて消しちゃうのと同じだよ。



『わかってるよ。だからアイルが嫌がらねぇ程度に口説いてるんじゃねぇか。あの時もエドガルドのヤツが邪魔しなけりゃ、結構いい感じだったと思うんだよな』



『あ~やだやだ、惚気のろけかい? そんなに尻尾振っちゃってさ、さぞかし可愛い反応を見せてくれたんだろうねぇ』



 悔しそうなホセに、揶揄からかうようなエリアスの声。

 やめて、あの時のしどろもどろの私は忘れて欲しいの。



「うぅ……」



『シッ!』



 思わず漏れた私のうめき声に対して、ホセが咄嗟に反応した。

 やばい、起きてるがバレると色々と面倒な気がする。

 私は寝てるの、起きてないよ。



「うぅ~ん……」



 ゴロリと寝返りを打って、静かに呼吸を繰り返す。

 どうやら三人は少し離れて話し始めたらしく、なんとなく声は聞こえるけど内容はわからなくなってしまった。

 しばらくすると、本当に眠くなってきていつの間にか朝になっていた。



「ふわぁ~……。あ、おじいちゃんおはよう」



 まだ薄暗いテントの中で寝転んだまま身体を伸ばして隣を見ると、笑顔のおじいちゃんがいたので挨拶する。



「おはようアイル。昨夜は聞きたい話を聞けたか?」



 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべるおじいちゃん、そういう顔するとホセと血縁者って感じがするよ。

 だけど昨夜の私は寝ていたの、だから話なんて知らないもん。



「話?」



 首を傾げてキョトンとした顔をしたが、おじいちゃんは笑いを噛み殺している。



「アイルが起きている事には気付いていたぞ? 本当に寝ているアイルの寝返りはもっと激しいからな。時々痛そうな音がするくらいに」



 なん……だと……!?

 いや、確かに宿屋で壁際のベッドに寝た時、壁に足をぶつけた痛みで目を覚ます事とかあったけど!



「でも私は話なんて……」



 モゴモゴと口の中で言い訳をしていると、おじいちゃんに頭を撫でられた。



「ホセに関しては私も前向きに考えてくれたら嬉しいが、アイルの気持ちが一番だ。ビルデオでアイルに噛まれたつがいの傷を周りに見せびらかすくらいに本気だからな」



「へ!? あれは寝ぼけた私に噛まれたのを怒って、反省させるために治癒魔法かけさせなかったんだよ」



「ククッ、まぁあの頃のホセであればそういう態度を取っただろうな。だが普通は好きでもない相手に番の噛み傷を付けられたら、ポーションを使ってすぐに治してしまいたくなるものなんだぞ? ホセが傷を治させなかったのであれば、その傷を消したくなかったからだろう。番以外に付けられたものであれば、本能的にかなり嫌悪感を抱くらしいからな。……私は妻以外に付けられた事がないから経験した事はないんだが」



 少し照れたように最後にひと言付け足した。相変わらず亡くなった奥さんを好きなんだねぇ。

 だけど、という事はあの頃にはホセの思い込みじゃなくて、本当に私の事好きだったのか……。

 皆の前で全否定した事を今更ながらに反省する。



「私って悪い女かもしれない……」



「ぶふっ! ははははは! ……ゴホン。ま、まぁ……、男でも女でも少しくらい悪い方が魅力的なのではないか? できればビルデオに帰るまでに結論を出してくれると、私としても一人でヤキモキせずに済むんだがな。まだ先は長いからゆっくり考えるといい。そろそろ朝食の準備をせねば催促しに来るのはないか?」



「そうだね。今日の朝食は何にしようかな~」



 話している間にすっかりテントの中も明るく朝日に照らされていたので身体を起こす。

 とりあえずホセを意識しないように意識するのをやめてみようかな。


   ◇   ◇   ◇

アイルは少しずつトラウマから解放されているようですね。


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