第553話  ヨッパライル降臨 [三人称]

「あれ? アイル、もう三杯飲んだはずなのにあんまり酔ってないんじゃない?」



 不思議そうにアイルの左隣に座るエリアスが、首を傾げてアイルの顔を覗き込んだ。



「あのねぇ、普段はいつでも部屋行って眠れる状態で飲んでるでしょう? こうやって外で飲む時はふだんより気を張ってるせいか、酔っぱらうのがおそいの。それにみはられてる感じがすごいし」



 アイルは視線だけで右隣に座るホセを示した。



「なんだよ、別に止めてねぇだろ? 今夜はエリアスが責任持って面倒見るって言ってんだ、オレは何も言わねぇって。飲みたきゃ飲めばいいじゃねぇか」



「おぉ……! ホセからそんなかんような言葉がでてくるなんて!」



「おま……っ、オレを何だと思ってやがる」



「ええ~? それは」「お待たせいたしました」



 本日四杯目になるカクテルがアイルの前に差し出された。

 先程までは果汁の多いロングカクテルだったはずが、今回は量は少ないがアルコール度数の高いショートカクテルに変わっていた。



「せっかくだからこっちも飲みたいでしょ? はい、乾杯」



「エリアスがいつもよりさんわりましでイケメンにみえるよ。かんぱい」



 エリアスが掲げたグラスにカチンとグラスを合わせ、久々のキツいお酒にありついたアイル。



「くぅぅ、これこれ。このしょくどうと、いをやくようなかんかくがたまらないんだよね~!」



「あはは、思ってたより酔ってたのかな? この一杯を飲めば記憶飛んじゃいそうだねぇ」



「ケッ、よく言うぜ。それが狙いなんだろ?」



「やだなぁ、僕一人だったら飲ませなくても聞き出せたのにさ。二人が来るから……」



「うへへへ、うんうん、おいしいねぇ……」



 ホセとエリアスの意味深な言い合いも、酔ってふわふわとしたアイルには届いていない。

 最初に飲んでいたカクテルと同じ勢いで飲んでしまった四杯目は、最後のひと滴がアイルの口に流れていったところである。



「もぉない……」



「お待たせいたしました」



 ションボリしたところに新たなロンググラスが差し出された。



「わぁ~ぃ。……んん? じゅーしゅ?」



「ジュースじゃないよ、さっきのカクテルと比べるからジュースみたいに感じるだけだよ」



「しょっかぁ……、しょれならしょーがないれ、ちゅぎはしょぉとがのみたい……な(そっかぁ、それならしょうがないね、次はショートが飲みたいな)」



「そうだね、だけどすごく酔っぱらっちゃうから、それが最後の一杯になるよ?」



「うぬぅ……」



 しょうがないと言いながらも、しっかり上目遣いでショートカクテルをねだったアイル。

 しかしアイルは気付いていない、今飲まされているのがただのジュースだと。



 何度も酔っぱらったアイルを見ているエリアスの観察眼は、どの状態になれば数分後に泥酔状態になるかしっかり見極められるのだ。

 今回エリアスがアイルを飲みに誘ったのも、実のところホセの態度の変化に戸惑うアイルの本音を聞き出すためである。



 ただ、二人きりで本音を聞き出すはずが、リカルドとホセの登場で酔わせなければ聞き出せなくなるという計算違いが発生してしまった。

 ちなみに本音を聞き出さないという選択肢はエリアスには無い。



「もういいかな? アイル、アイルは最近のホセをどう思う? まだ子供?」



「うぅん? しゃいきんのほしぇはせいちょうしたれぇ、こまるよぉ……(最近のホセは成長したね、困るよ)」



「えっ!? どうして困るんだい?」



 目をキラキラさせて更に聞くエリアス。

 ホセは聞いていないフリをしつつも、しっかり耳がピクピクと動いている。



「ほしぇはしゃいきんおしゅのにおいをしゃしぇりゅれしょぉ、いしきしゃしぇりゅらけしゃしぇてしゃぁ……じゅりゅぃ……(ホセは最近雄の匂いをさせるでしょ、意識させるだけさせてさ……ずるい)」



「お前がそれを言うか!?」



 ホセは反射的に反論しようとアイルの方を向いた……が。



「ホセ、もう寝てるよ……。ぷぷっ、よかったね、意識したってさ。一歩前進したんじゃない?」



「確かに以前の『ありえない』からは前進しているようだな。おじいさんの教えの効果か」



 エリアスとリカルドがニヤニヤしながらホセを見る。



「チッ、まぁ確かに爺さんのおかげでオレのどういうところがガキくせぇのか、わかるようにはなったけどよ。あと、アイルが目に見えて動揺してるのが面白れぇ」



「ふぅ、まだうわつらだけで中身はお子様だねぇ。そこは動揺してるのが可愛いって言うんだよ」



 エリアスの言葉でムッツリと不機嫌な顔になったホセに、二人は笑いを噛み殺す。



「さて、アイルが風邪をひく前に戻ろうか。ネックレスは着けずにいてやるんだろう?」



 自分達のお酒を飲み干したのを見計らって、リカルドが撤収を提案した。



「まぁね、今回はわざと酔わせちゃったから、起こす事になったら可哀想だし。じゃあホセ、アイルを背負ってね」



「ああ、このくらいの距離なら背負うまでもねぇよ。アイルは軽いからな」



 ホセはアイルを起こさないように、自分に寄りかからせてそっと抱き上げた。



「ふふふ、背負うと可愛いアイルの寝顔が見れないもんね?」



「そんなんじゃねぇよ!」



「しー。大きい声を出したらアイルが起きちゃうよ? それにね、尻尾は正直だからバレバレなの」



「…………」



 今度は反論できずにムッツリとするホセに、満足そうに笑みを浮かべて支払いを済ませるエリアス。

 すっかり夜もけていたが、エドガルドの日頃の努力のおかげで夜道も安全だ。



 四人が屋敷に戻った時、その功労者が自室の窓から血涙を流さんばかりの表情で睨みつけていたのを、三人は全力で見ないフリをした。

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