第552話 行きつけのバー

「お待たせ。じゃあ行こうか」



 玄関に現れたエリアスは、自然な動作でエスコートの肘を差し出した。



「さすがエリアス、女の子の扱いに慣れてるね~」



 少し気恥ずかしくて、揶揄からかう物言いをしてしまう。

 日本では恋人同士じゃないとしなかった腕を組むという行為を、こうしてエリアスとしているのは変な感じがするのだ。



「誉め言葉として受け取っておくよ。じゃあ僕のおすすめのバーに行こうか」



「へぇ? 酒場じゃないんだ?」



「やだなぁ、いくら相手がアイルでも、女の子と二人なのにそんな野暮な事しないよ」



「いくら相手が私でもって言い方は酷くない?」



「妹を連れて行くとしてもって意味だと思ってくれていいよ。中身はお姉さんだって言ってたけど、普段のアイルを見てるとそうは思えないからね」



「うぐぅ」



 確かに本来の私より、明らかに子供っぽい言動が増えているので言い返せない。

 こうして話しながら歩いているけど、ちゃんと私が路地側にならないように気遣いしてくれているのでゆるそう。



 昼間は馬車が通る大きい道路側が危険だが、夜は引き込まれたりする路地側が危険なのだ。

 十分程歩くと、こじんまりとしているがオシャレな外観のバーに到着した。



 普段通り通り過ぎて気付かなそうなので、隠れ家的バーかもしれない。

 こういうところは知る人ぞ知るって感じでわくわくする。



 エリアスがドアを開けると、カランカランとカウベルが鳴った。

 照明は全て間接照明の魔導具で、大人の雰囲気漂うお店なせいか少し緊張してしまう。



 エリアスは慣れた様子でカウンターに向かうと、自分の分と私の好みのカクテルを注文してくれた。

 私の好みを知っているからとはいえ、スマートだ。



「すごく場慣れしてない? モテる男は違うね~」



 ニヤニヤしつつ、ネックレスを外す。

 せっかく飲むなら状態異常を無効化されては困るのだ。



「そりゃあ、『希望エスペランサ』が結成される前にはこの町に住んでいたわけだし? ある意味僕の庭みたいなものだからね。それよりそのネックレス、渡して、ほら」



 私の目の前で掌を上にしてひらひらさせ要求した、これを渡すというのは私を正気に戻すのはエリアスの気分次第という事になってしまう。

 だけどまぁ、エリアスならホセほどは厳しくないだろう。渋々渡すとエリアスは革袋に入れて自分のポケットに押し込んだ。



「お待たせいたしました」



 ロングカクテルが二本差し出される。



「ゆっくり楽しめるようにショートカクテルはやめておこうね」



「うん。これも凄く綺麗な色だね」



「僕の瞳みたいに?」



 確かにエリアスの碧眼のように綺麗な色だけど、そのキメ顔に噴き出した。



「プッ、普通そういうのは君の瞳のようにって言うところじゃない?」



「だけどアイルの瞳だったら黒じゃないか、黒いカクテルなんて飲みたい?」



「うぅ~ん、確かにそれはちょっと嫌かも……」



「でしょう?」



「はいはい、それじゃあエリアスの瞳にカンパーイ!」



「あはは、乾杯」



 カチンとグラスを合わせてひと口飲むと、爽やかな中に甘さを感じる完全に好みの味だった。

 もうひと口含みつつ、店内全体を見回そうとして視界に入った人物に思わずカクテルを噴き出した。



「ブゥッ!! ゲホゲホゲホッ、ゴホッ、ゴフ……ッ」



「うわっ、何!? むせたのかい!?」



 思い切り私が噴き出したカクテルの犠牲になったエリアスが、驚きながらも背中をさすってくれる。

 おお、ここでも気遣いを見せるとは、エリアスがモテるのも頷けるよ。



「ゴホッゴホッ、ご、ごめん。『洗浄ウォッシュ』……あっち」



「なんで二人がいるのさ!?」



 私が指差した方を見てエリアスが驚きの声を上げた。

 なんとお店の目立たない隅の席に、ニヤニヤと笑うホセとリカルドがいたのだ。



 二人は私達が気付いたとわかると、隅の席を立って私達を挟むようにカウンターの席に座った。

 リカルドがビールの入ったジョッキを掲げて笑いながらエリアスのとなりでホセとアイコンタクトを取る。



「言った通りだろう? エリアスならアイル相手だろうと、女性と二人きりなら酒場に連れて行かないって」



「さすが、オレ達より付き合いが長いだけあるな」



 私とエリアスを挟んだまま、二人はガコンとジョッキをぶつけ合った。

 ほろ酔いになってるみたいだけど、いつからこの店にいたんだろうか。



「全く……、道理で夕食の後におじいさんしか見かけなかったわけだよ。さては食堂から直接この店に来たね?」



「正解だ。この店の常連だったのはエリアスだけじゃないからな。俺も久々に来たくなったからホセを誘っただけだ」



 エリアスにジトリとした目を向けられているが、リカルドは全く気にせず飄々ひょうひょうとしている。

 普通に見えるけど、結構酔っているようだ。



「二人共、一緒に飲むのはいいけど、邪魔しないでね! 今日は久々に許されたお酒なんだから!」



 せっかくジャッジの甘いエリアスだけだと思っていたのに、この二人がいたらキッチリ三杯までしか飲めないじゃないか!

 内心地団太を踏みながら一杯目のグラスを飲み干す。



「誰も邪魔するなんて言ってねぇだろ? エリアスと飲みに来たんだ、エリアスが許すなら飲めばいいじゃねぇか。エリアスが責任取ってくれるならオレ達は問題ねぇよ。なぁ、リカルド?」



 ホセは明らかに面白がっている。

 私としても邪魔されなければ問題ないけど。

 しかし私は気付くべきだった、これも彼らの作戦だったと。

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