第551話 使用人ルシアのお願い

 使える夜着と使えない夜着を選別し終わり、夕食の時間まで二人でおしゃべりをして過ごした。

 そういえばエリアス二人だけで話す機会ってあんまり無かったかも。



 今話してる話題はエリアスの実家の事。

 チラチラと話に聞く事はあっても、詳しく聞いた事がなかった。



 これまで聞いた事があるのは、兄姉と五歳下に妹がいるという事。

 あとは農村の出身というくらいかな?



「確かリカルドとはこのトレラーガで知り合ったんでしょ? それまでの生い立ちが私からしたらまだ謎のままなんだよね。出身地はここから近いんだっけ? 一度行ってみたいなぁ」



「ん~、アイルが行ってもつまらないと思うよ、特に美味しい物もないただの農村だから。リカルドやホセみたいな出自でもないし、何の秘密も無いからね。あ、でも高貴な顔立ちとはよく言われるかな」



「…………」



 それってただのイケメンなだけなのでは。

 確かに着飾らせたら王都の夜会にいても違和感ないんだろうな。



「だけど近いってどのくらい?」



 私みたいな島国出身と大陸出身だと距離感が全然違うっていうのはよく聞くから、感覚がズレてるかもしれない。



「逆にアイルはどれくらいだと近いって思うの?」



「う~ん、この世界に来るまでは一時間以内なら近いっていう感覚だったけど、この世界で移動に何日もかけるようになってからは日帰り出来たら近いって思うかも。ウルスカとトレラーガでちょっと離れてるって感覚かなぁ」



「へぇ、一時間で近いなんて、ウルスカと森くらいの距離じゃないか。僕の実家はトレラーガから馬車で三時間くらいかな、だから今のアイルの感覚でなら近いって言えるね」



 エリアスってば、何度もトレラーガに泊まったりしてるのに実家に寄ろうなんて言った事ないよね。

 だけど半年の休養期間に実家に帰っていたんだから、家族仲は悪くないはず。

 近くに来たから顔を見せに寄るっていう発想が文化的に無いのかな?



「一回くらい見に行ってみたいかも」



 ビビアナの生まれた村は過疎化が酷くて五年前に廃村になったって言ってた気がするから、家族に会ってないのはエリアスとエンリケだけだ。



「え? それはやめた方がいいよ。アイルが行ったら姉と妹のオモチャにされてる予想しかできないから」



「オモチャだなんて……」



「そうだねぇ、僕が小さい頃には姉の服を着せられてたって言えばわかる?」



「あ……っ。あ~、うんうん、理解した。可愛いく生まれた弟の宿命だよね」



「もしかして……。アイルって弟がいたよね?」



 ジトリとした目を向けてくるエリアス。



「う、うん」



 あれはお母さんが私の小さい時の服を取っておいたのが悪いんだ。

 可愛いから着せただけで、別にいじめようと思ってやった訳じゃないし。



『夕食の準備が整いました。食堂へいらしてください』



「はーい! ほらエリアス、夕食だってさ。お腹空いたし、行こう」



 ノックと共にドア越しに聞こえた、ほんのり幼さの残る少女の声に返事をして部屋を出る。

 このメイドさんは私とエドが出会う前からこの屋敷にいる子で、確か名前はルシアだったかな。



 最初に見た時はまだまだ子供という感じだったけど、ここ一年で随分お姉さんらしくなってきた。

 恐らくもうすぐ成人くらいだろう。



 私達の前を歩いて先導していたが、突然足を止めたかと思うと私に向かってひざまずいた。

 一瞬さっきのエドが脳裏をよぎったけど、なにやら思いつめた顔をしている。



「アイル様! どうかお願いです! エドガルド様にこのまま私をこの屋敷で働かせてくれるように言ってもらえませんか!? これまでは成人したら屋敷を出て他のところで働くのが当たり前でしたが、アイル様がここに立ち寄ってくださるなら許されるかもしれません。ここ以外を知らないので、このまま働きたいのです」



 潤んだ瞳で切実に訴えられてしまった。



「とりあえず立って。言うのはいいけど、エドの屋敷の人事に私が口を出していいものかなぁ。あくまで決定するのはエドだから、あんまり期待しないでね」



 手を差し出して立ち上がらせると、ルシアは勝利を確信した笑顔を見せた。



「大丈夫ですよ。アイル様がこれからも孤児院から連れて来た幼女をはべらせるつもりなのか、と聞いていただければそれで解決するはずですから」



「おお……、なかなかやるねこの子。この屋敷で働くならこれくらいの子の方が向いてると思うよ。僕もそう話を持っていけるように協力するから」



 腹黒なエリアスに認められたようなので、余程の事がない限り大丈夫かも。

 そして食堂に行くと私達以外は全員すでに揃っていた。



「お待たせ。あっ、この匂いは料理長の得意料理だね。角兎ホーンラビットの赤ワイン煮込み!」



「当たり。他の料理はアイルに教えてもらったものにしたらしいよ」



 エドが流れるような動作で私の椅子を引いてくれた。

 恒例の私以外が食前酒を飲み、順番に食事が運ばれて来る。

 いいもん、後でエリアスが飲みに連れて行ってくれるもん。



「そういえばアルトゥロもだけど、この屋敷の他の使用人も、初めて来た時に比べると大きくなったよね~。考えてみたら料理人以外はほとんど子供じゃなかった? 大きくなったら、また新しい子供を入れるの?」



 食事の途中でエリアスが私をブッ込んだ。

 私はわざとジトリとした目をエドに向ける。



「…………いいや、私とアイルにとって・・・・・・・・・迷惑な行動をしない限り雇い続けるつもりだよ。皆をもてなす・・・・なら大きい方がちゃんと仕事もできるだろうからね」



 なにやら少々含みを感じさせる言い方だったけど、とりあえずルシアの解雇の危機は去ったようだ。

 食事が終わってから、ルシアにお礼を言われたけど、私は何もしてないよ?



 そんな事より今からのお楽しみタイムに心を躍らせ、玄関でエリアスを待つのだった。



   ◇   ◇   ◇


’23.9.22

ウルスカにいるはずのエンリケのドッペルゲンガー発覚のため、550話と551話を修正しております。(´;ω;`)

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