第550話 エリアスと約束

「もうっ! エリアスってばどうして助けてくれなかったの!?」



 エドがいなくなって、まだ笑っているエリアスに詰め寄る。



「いやいや、何言ってんのさ。ああいうのは第三者が入れば余計にこじれるものでしょう? 僕は最善の選択をしたと思ってるよ? それにしても……ねぇ?」



 エリアスがチラリとまだ繋がれていた私とホセの手を見たので、そっと手を離す。



「ん? なんだ? 恥ずかしいのか? それとも……意識したか?」



 ホセは私の顔を覗き込んでニヤリと笑った。



「エッ、エリアス!! なんかホセが変なの! いつもと違う!!」



 思わずエリアスの背に隠れてホセの様子を伺う。



「ホセはねぇ、最近お爺さんに色々教わっているみたいだから。これまで孤児院の子供達と変わらなかったのに、少しずつ変わってきたよね。……やっと年相応になった感じ?」



「プッ」



 最後にポソッと言ったひと言に思わず噴き出してしまった。

 確かにこれまでのホセは子供っぽかったから、あまり男性として意識できなかったというのはある。



 しかしホセを男性として意識してしまうと困る事がある。

 それは気軽にモフらせてと頼めなくなる事だ。



 ただでさえ腹に顔をうずめて深呼吸するとか、最後の一線として我慢してる状態なのに、意識したら遠慮なくモフれなくなっちゃう……!!

 恋人になったら遠慮なく深呼吸だろうが、モフりまくろうが好きにできるかもしれないけど、それって身体が目的になるって事!?



「アイル~? どうしたの? 笑ったかと思ったら頭抱えてるし。情緒不安定だねぇ、ほら、ホセも対応に困ってるよ?」



 エリアスの言葉に顔を上げると、笑った私にアイアンクローをしようとしたのか、私の頭の上で手を広げたままホセが止まっていた。

 ジッと観察するように私を見て、少し口の端を上げてワシワシと私の頭を撫でると、この屋敷に泊まる時のいつもの部屋へ行ってしまった。



「なんだったの……?」



「うんうん、なんかいい感じに面白くなってきたみたいだねぇ。ビビアナがいないのが残念だよ」



「面白くないよ!? だって、ホセが変わってっちゃうのが落ち着かないってだけで……。はぁ、こういう時こそお酒が飲みたいのになぁ。エドの屋敷だと絶対許してくれないよね」



「そうだねぇ。じゃあ、たまには僕と外に飲みに行くかい? もちろん三杯までだけどね」



「本当!? エリアス大好き!」



 嬉しくて思わず抱き着いた。



「あはは、とりあえずこの屋敷の中でそういう言動はやめようか。僕の寿命が縮まっちゃいそうだからね。ちゃんと飲む前に僕にネックレスを預けるのが条件だよ?」



「わかった! 夕食を食べてから行く!? それとも夕食も酒場で食べる!?」



「こらこら、いつもここの料理人達はアイルが来るのを楽しみにしてるって知ってるでしょ? アイルが食べないって言ったらガッカリしちゃうよ」



「あ……、そうだね」



 ついお酒が飲めると思って浮かれてしまった。

 確かに毎回ここの料理人達は、私が商業ギルドに登録した料理のアレンジをしたり、完成度が高くなった料理を私に食べさせるのを楽しみにしている節がある。

 ぶっちゃけ今では彼らの方が上手に作れていると思うのだが。



「そうそう、エドガルドがアイルに新しい夜着を買ってあるって言ってたじゃない? 見に行こうよ」



 完全に面白がっているのがわかるが、確かに一人で見るのはちょっと怖い。

 ビビアナが一緒だったらビビアナ一択なのに。



 私がいつも使う客室にエリアスと一緒に部屋のチェックをしに行く事になった。

 そういえばビビアナが臨月になってから初めて来たから、半年は来てなかった事になるのか。



 相変わらず綺麗に整えられて清潔な室内に足を踏み入れる。

 パッと見はいつもと変わらない、問題はタンスの中だ。



「早く見ようよ!」



 好奇心を抑えようともしないエリアスに急かされてタンスを開ける。



「……あれ? 普通だ」



 思わずそんな言葉が漏れた。

 いくつか長袖や半袖という袖の長さの違いはあるけど、デザインは普通のボタン付きの上下パジャマそのものだ。

 ちなみにど真ん中にかかっていたベビードールは見なかった事にした。



「本当に普通のデザインだねぇ。きっと夏ならもっと刺激的なデザインとか準備してたんだろうけど、さすがにこの季節はまだ夜は冷えたりするから諦めたのかなぁ」



 エリアスもベビードールは見なかった事にしたようだ。

 口に出したら私に睨まれるのはわかっているからだろうけど。



 タンスの中を見ていたエリアスは長袖のパジャマを無造作に取り出した。

 そしてピタリと動きが止まる。



「さすが……エドガルド……ププッ」



 そんな呟きにエリアスの方を振り返ると、何だかパジャマに違和感が。



「んん? ね、ねぇ、気のせいかな? その夜着、透けてるように見えるんだけど」



「うん、透けてるねぇ」



 笑顔で頷くエリアス。

 エリアスが手にしているパジャマは総シースルーだったのだ。



「あ、確かこれってあの国……、アイルの言うバナナの国周辺で着られてる夜着だよ。見て回ってる時によく似たやつ見かけたし。あの辺は夜に出歩く習慣がないから、家の中では開放的な恰好する人が多かったはずだよ」


 そういえばエドの元同僚が醤油を持ち込んだりしていたっけ、もしかしてエドと連絡を取って旧交を深めていたのなら、それはそれでいい事なのかも。



 だけど……だけど……。



「コレはないでしょ!!」



「あははははは」



 私の叫びを聞いて笑い転げるエリアスをよそに、シースルーパジャマとベビードールをタンスの隅に追いやるのだった。



   ◇   ◇   ◇


’23.9.22

ウルスカにいるはずのエンリケのドッペルゲンガー発覚のため、550話と551話を修正しております。

せっかくエンリケにほっこりしてもらえたのに、申し訳ありません。(´;ω;`)

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